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バッハとゴッホは名前が卑怯だ


はじめに 名前のインパクトについて

お笑い芸人さんなんかがそうなのだが、芸名やコンビ名で奇抜な名前をつけることがある。とにかく目立ったり、自分を売り込んだり、あるいはより戦略的に自分がどんなキャラであるかをイメージさせるような名付けが古今東西を問わず行われてきた。

自分で自由に名付けられるから、そうしない選択を含めて色々な方法や表現が可能な世界だ。

ところが、そうした名前のインパクトをおのずから持っている連中がいる。

それがバッハとゴッホだ。

バッハ

まずバッハについて考えてみよう。

バッハ
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハン・ゼバスティアン・バッハ#/media/ファイル:Johann_Sebastian_Bach.jpg

冷静に考えてやべーだろこの名前は。強そうだ。この前のオリンピックでバッハ会長みたいなキャラが出てきたのだが、実に会長に馴染むネーミングだ。なんか強そうだし権力を持ってそうだ。

バッハについては実力ももちろんある。音楽の授業で一度は習うほどの存在だ。

実は髪型も結構やばいのだが、今回の趣旨とは逸れるのでひとまず措いておこう。

バッハは音楽一家に生まれて、いちばんの著名な存在なのだそうだ。バッハの血族をバッハ一族とかバッハ家とか言う。これも強そうだ。ゾルディック家みたいなインパクトがリアルに行われている。バッハ一族のバッハのところをゾルディックに変えると途端にドイツの暗殺一家になるというライフハックがある。

こんな感じでバッハ家は音楽家を輩出しまくってきた。

そしてバッハはそん中でもいちばん著名であるため「大バッハ」とよばれて、子息4人を「小バッハ」と呼ぶと言う。

大バッハ。やばすぎる。「大」の語感もいいし「バッハ」の語感も述べてきたとおり良い。

ゴッホ

ゴッホもやばい。強そうだ。バッハもそうなのだがファミリーネームからの流れも良い。

ゴッホ
https://ja.wikipedia.org/wiki/フィンセント・ファン・ゴッホ#/media/ファイル:VanGogh_1887_Selbstbildnis.jpg


ゴッホについてもほぼバッハと同じ議論になってしまうので贅言は避けようと思うが、ここで注目するべきは最近学者のコッホだ。

コッホ

コッホは細菌学で重要な発見をした人物で、結核菌やコレラ菌を最初に見つけた人物として知られる。間違いのない実績を残したのだが、ゴッホと比べると濁音が少ない。

コッホ
https://ja.wikipedia.org/wiki/ロベルト・コッホ#/media/ファイル:Robert_Koch.jpg


名前だけで考えるとなんかコッホはゴッホの中ボスみたく感じてしまう。

ゴッホのせいで幾ばくかコッホは損をしていないだろうか。いつも不安に思ってしまう。

おわりに 武田信長

武田信長といういかにも強そうな名前の武将がいる。

武田信玄や織田信長より100年ほど前を生きた武将だ。いかにも全国統一しそうな名前だが、室町期の関東で一介の武将として生涯を過ごした。この頃関東ではずっと鎌倉公方とか関東管領とかが派遣されてきた京都の軍勢含めて小競り合いをしており、武田信長の生涯も戦いと共にあったようだ。武田信長は色々な主君に仕えて日本統一とかはせずに一生を終えたけれども、子孫はたくさんいて地域に根付いていったのだそうだ。

バッハとゴッホの名前のインパクトに圧倒されそうになる時、私は懐から武田信長を取り出す。そして武田信長の生涯をじっくりと考えながら(あまりにいろんな戦闘が室町の関東ではあったから色々思い出すことが多くて助かる)、バッハとゴッホの名前以外のところを考えて、名前のインパクトを希釈している。


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