黒羽ひみと

言いづらいことだってときには話したい。

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最近の記事

愛と優しさ

 愛の色を思い浮かべよ。  と、言われたら私は桃色を想像する。  優しさの色を思い浮かべよ。  と、言われたら私は水色を想像する。  愛とは優しさではない。  優しさは、誠実さのことで。愛とは、愚鈍である。優しさは突き放すものであり、愛は包み込むものである。優しさは厳しさを持ち合わせ、愛とは許しをもたらす。  誠実さと愚鈍さ。  突き放しと、包み込み。  厳しさと、許し。  それらを両立するには、感情と理性のバランスが必要不可欠である。  優しさには理性がいるが、愛には感情

    • 空虚な神様

      「行ってきます」 「行ってらっしゃい」  母の声を背中に、私は玄関を出た。  今日も心臓が騒がしく鳴っている。暫く歩くと私は立ち止まり、上着の胸ポケットから折り紙の御守りを取り出した。私が織った、私だけの御守りを、両手で握り締めて、目を閉じ、心を落ち着かせながら、冷えた空へと祈りを込める。  今日はいじめられませんように。  スっと目を開いて、深く息を吐くと、私はその御守りを胸ポケットに閉まった。これが小六の私の毎日の朝の日課だ。そして、私の神様の誕生。  学校に着くと、私は

      • 離別

         一枚の手紙ついて、私はいまでも思い出すことができる。その内容こそ記憶していないが、宝箱が描かれていた。手紙の贈り主は、私が幼少の頃に住んでいた家の、近所に住んでいた幼馴染の男の子である。私より一つ歳下の彼を、私は『あっくん』と呼んでいた。  あっくんは、姉が一人いる三人家族の生まれで、当時、我儘で傍若無人な私とは違い、いつも眉を八の字にしてオドオドしていた。色でイメージするなら明るい緑色を思い出す。私とあっくんは、ほとんど毎日二人で遊んだ。よく覚えているのは、乗用玩具に乗っ

        • 墓参り

           この所、墓参りに行っていない。  私は生まれてから、三人の墓を目にしたことがある。一つは父方の祖父と祖母、二つ目は母方の祖父だ。幼少の頃、父方の祖父を亡くしてから、私は初めて墓参りに行った。  墓参りには、父、母、姉、兄、私の家族五人全員で行き、お供えものは果物が入ったバスケットを持って行った。花束も買っていたかもしれないが、私が覚えていないのは、その果物が美味しそうで、帰って食べることを楽しみにしていたためだろう。  幼少の私はその道具について知ることがなかったが、墓園で

          変わりたいけど、変わるのが怖い。だから変えてくれる何かを待っている。

          初めまして、黒羽ひみとです。 読書はインプットからのアウトプット、ということで大好きな太宰治さんの作品を読みました。 いきなり長編は難易度が高いので「待つ」という掌編作品について。 この作品は、およそ四ページしかない短い作品です。しかし、何か心の奥底に入り込んでくる恐怖を感じました。 テーマでいえば題名の通り「待つ」でしょう。けれどこの主人公、何を待っているのか分かりません。 主人公は駅のベンチに腰を降ろして、いつも待っているのですが、主人公自身、誰を、何を待ってい

          変わりたいけど、変わるのが怖い。だから変えてくれる何かを待っている。