空虚な神様

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 母の声を背中に、私は玄関を出た。
 今日も心臓が騒がしく鳴っている。暫く歩くと私は立ち止まり、上着の胸ポケットから折り紙の御守りを取り出した。私が織った、私だけの御守りを、両手で握り締めて、目を閉じ、心を落ち着かせながら、冷えた空へと祈りを込める。
 今日はいじめられませんように。
 スっと目を開いて、深く息を吐くと、私はその御守りを胸ポケットに閉まった。これが小六の私の毎日の朝の日課だ。そして、私の神様の誕生。
 学校に着くと、私は誰の視野にも入っていなければいいなという気持ちで、自分の机にランドセルを置く。私のいじめは、机に悪口を書かれたり、ゴミ箱に教科書を捨てられるといった、わかりやすいものじゃない。父は昔、そういったいじめを受けていたみたいだけれど、私のは地味で曖昧なものだ。
 私の机と、隣の人との机は2cmほど空いている。
 これは私のいじめっ子への配慮であり、私はあなたに触れないので、あなたも私にソッとしてという気持ちの現れだった。私をいじめる人たちは、私に対して「変」だとか「気持ち悪い」といった評価を下す。そしてその言葉の前には大抵「なんか」というあやふやな言葉が入る。
「なんか」ってなんだ。そんなことを言うのなら、私だって周りの人たちがほとんど理解できないし、それを理由にいじめを行うのは「変」だし「気持ち悪い」だと思った。ともかく私は人から汚い物扱いを受けていたので、運悪く私を嫌う人たちの隣の席になると、こうして机を2cmほど空けていた。これは私からしなくてもされることなので、いっそ私から行うようになった。
 学校生活は、私にとって繊細なものだ。なるべく誰にも触れないようにして、自分の机の空間だけを守り、休み時間は本を読むことで外の世界を遮断する。この方法は姉から教えてもらった。それまで、休み時間にいつもやることのなかった私は、フラっとトイレに行ったり、別の階で時間を潰したり、校庭の端のほうでボケっとしていた。一人で遊具で遊んでも空虚さが膨らむだけで、なにひとつ楽しくなかったのだ。
 本のなかには、色々な性格と個性を持った『人間』がいた。心が引っ張られて、気付くと私はその住民になっていた。同じ時を過ごし、同じ心を抱いて、同じ幸せを分け合った。
 時に、本は、私に力をくれる言葉を教えてくれる。私に生きる術や、勇気を与えてくれる。楽しみも、悲しさも、痛みも、恐怖も、幸せも、夢も、愛も、全て、本のなかでは言語化されて解決に導いていた。
 そして、気付くと私も物語を考え始めていた。私の物語には、たくさんの不幸な人たちがいて、安易な願いを持ったり、人を羨んで傷付けあっていた。自分がいちばん可哀想だと信じて疑わなくて、人のことを考えていないから、大切な人も簡単に失って独りぼっちになるのだ。
 私は彼らを殺すのが好きだった。
 でも、考えているうちに私と彼らは同調して、気付くと私は彼らを救う方法を考えていた。私の頭のなかでは壮大なテーマが繰り広げられて、人間哲学が構成されていき、光の当て方を知ろうとしていた。それは途中何度も失敗を繰り返して、彼らは何度も不幸になった。自分が悪いのに、どうして彼らはいつも人を恨むのだろう。原因を作ったのは自分なのに、どうして彼らはそこから目を背けて逃げ出すのか。乱暴に心を砕くのか。
 弱虫。意気地無し。臆病者。
 それなのに、きっと彼らは愛が欲しいのだ。
 愛を誰より恐れているくせ、愛を欲しがっている。愛とか信じていないのに、どこかで期待している。そういった恐怖と期待が、彼らを動かして乱暴者にさせ、傷付くのはいつも彼ら自身だった。大昔に彼らは、間違った愛で殺されたのだ。だから、人の殺し方しか知らなくて、それが正解だと思っている。長く深い業だった。
「どこ見てるの?」
 私は声がして、振り返った。その人は私に不気味そうな眼差しを向けていた。私が見上げていたのは天井だった。私がどこか遠くを見ていたからって、この人になんの関係があるのかと思ったが、口にはしなかった。私はその疑問に答えずに、空想の世界に戻った。
 現実と空想は、時にリンクする。いじめっ子の数は三人だし、大柄な人、小柄な人、細身の人だ。テンプレートは現実を基盤に作られている。大柄な人が君主と思われがちだが、実質小柄な人が王様だと私は思う。我儘で繊細な小柄な人を守るために、大柄な人はいて、彼は王様に遣える忠実な僕だった。細身の人は、実はそこまでこちらに興味がない、ただ平和な居場所を守っているだけだろう。四人の場合も、さらに増えても、二人の王様と僕以外は、それほど重要じゃない。なにせ、王様と僕の目がある前では私を避けるのに、それがなければ私に触れても平気な顔をしているのだから。
 王様はテストの点数が高く、塾にも通っており、中学はみんなとは違うところへ行くらしい。
 これは、それほど珍しい話じゃなかった。
 王様は、私のテストの点数を気にしているところがあり、僕はそれを察していたのか、探ってきた。けれど私は、以前は塾に通いたいと思っていた時期もあったが、お金の問題で叶わず、きっかけこそ忘れたが、頭が良くなっても虚しいと感じて勉強への興味をなくし、ほとんどを空想に時間を割いていたため、それほどテストの点数はよくなかった。僕は、私のテストの点数を知ると、フーンという顔をして王様と比べて褒めていた。僕はいつも王様の頭の良さを褒め称えており、実際王様は頭の回転が早く、口では勝てなさそうなことが窺えた。
 私と王様の差は、歴然だった。
 ところで、私にはひとりだけ友達がいた。在り来りな苗字で鈴木と言った。学校のことをほとんど諦めていた私とは違い、鈴木はなんとかしようといつもチマチマ動いていた。私はその内容を知らなかったし、知ったら「そんなことをしても意味ないのに」と、思っていた。人の噂話や評価について改めようという気が私にはなかった。
 鈴木は、テストで私より高い点数を取ったり、私が賞を落とすといつも必死になって励まそうとしていた。私は確かに落ち込みはしていたが、テストについては彼女が自分の点数の良さを喜んだらいいと思っていたし、賞は落としても人生に関わるわけじゃないと思っていた。私は鈴木と楽しい時間を過ごせたら満足で、他のことは考えたくなかった。ただ私には、自分の気持ちを言語化する能力がなく、人より反応が鈍かったため曖昧な反応になった。
 彼女はわかりやすく優しい人だった。私が人から「臭い」と言われたら、匂いを嗅いで「臭くないよ」と言うような人だった。私は匂いには好みがあると思っていたので、好みじゃないだけだろ、と考えていた。実は私の世界は単純だったのだけれど、いつも息が詰まったように言葉が出て来なかった。大丈夫だよ、と言いたかった。それだけでも言える人であったなら、きっとなにもかも壊れずに済んだのだ。壊れていたのは、私の物語の人たちではなくて、私の帰る家だった。
 私は友達ができると、家を嫌うことが多々あった。夕方は好きではなくて、鈴木との時間で止まってしまえばいいとすら思っていた。
 私の家はバラバラだった。
 ひとりで黙々と生活を守る母と、鬱病で寝たきりの父と、物語の世界に執心な姉と、たまに泣かされて帰ってくる兄。いつ空中分解しても不思議じゃないと感じていた。いまさら父に、元気になって働いてほしいとは思っていない。母が子供たちの問題に気付かないのは仕方ないし、姉が家族に無関心でも、兄がどこでどんな友達と一緒にいるかなんて、私には関係ない。私だって、このまま、なにも『変わらないこと』を望んでいる。
 だから、御守りを作った。神様に願った。学校さえ切り抜けられるなら、生きていけるなら、私は他にはなにも要らなかった。
 小学校を卒業すると、いじめは終わった。
 御守りの役目も終わり。結局、神様が力を貸してくれたのかは知らないし、少なくとも私は御守りがあることで毎日頑張ることができた。
 中学生になると、私の考え方も変わり、人と関われるようにならないと、と考えていた。私は、その場の好奇心と、変わりたい気持ちで演劇部に入った。いつでも誰かが近くにいてくれるわけじゃないことくらい、私にもわかっていた。毎日の活動量が増えると、疲労も増した。家に帰ると、制服から着替える途中で、倒れるように眠るようになった。小学生の頃のいじめで積み上げた感情が登下校の途中で、ぶり返し、私は「死にたい」と思った。許してなんかいなかった。誰も、なにも、全て、憎くて、仕方ないに決まっている。いじめっ子たちも、家族も、自分自身も、私を構成する世界の、社会の全てが嫌いだ。自殺して、感情の全ての吐き溜めを紙に宿して、社会的に抹殺してやりたいと思っていた。
 全部まとめて消し去ればいい。
 ただ、それでも、まだ私には理性があった。
 二十歳まで。二十歳までは、頑張る。
 それでも駄目なら、全てを記して消える。
 姉が社会人になり、トイレで泣いていた。
 私は苛立って、冷たいことを言った。
 兄が父を悪く言った。母はなにも言わない。私は、あの人がいつもなにを考えて生きているのか、わからなかった。幼少期から、仕事に追われていて、忙しそうで、父をどう思っているのか、私が、こんなことを考えて生きていることを知っているのか。あの人は私を見るとき、よく悲しそうな顔をしていた。幼稚園の送り迎えをするときも、私が外から色々持って帰って、話をするときも。化粧のときと、ピアスやネックレスを選んでいるときは綺麗だった。それから職場にいるときの彼女が好きだった。憧れていた。だから、私は、平気だった。まだ、太陽を見上げることができた。
 私が学校をサボったのは、部活で仲良くなった友達が自傷行為をして、部室に来なくなってから一ヶ月が過ぎたときだった。寒空のなか、鞄を地面に置いて、しゃがみ込み、ひたすら時間の経過を待った。先のことについて、私は冷静に、怒られたら家出をしようと考えていた。死ぬかもしれないけれど、締め出しをされるのは、父が元気だった頃はよくあった。頼りになりそうな大人や、友達を薄ら思い浮かべて、なにもかも駄目ならやはり死ぬほかなかった。地獄みたいだ。
 家に帰ると、私は姉の布団に入った。
 ジッとしていると、電話が掛かり、それは学校からのものだった。暫くすると、また、電話が掛かった。母の声がして、私は受話器を取った。
「もしもし」
「……」
「ひみと?」
「うん」
「お父さん?」
「ひみと」
「学校行かなかったの?」
「うん」
「いま、学校から電話が来て、登校してないって言うから。いや、家にいるならいいんだ」
 私はこの、最後の言葉に泣きそうになった。
「大丈夫?」
「ん? うん……?」
 母は、それからお昼に帰ってくると言って電話を切った。
 家にいるならいいんだ。
 私はこの言葉に、愛に近しいものを感じた。
 緊張が解けて、私は布団に戻り、泣いていた。
 母が、帰ってきたときには落ち着き、理由を訊ねられて、私は黙り込んだ。その日、とある発表会があったため、先生からは、それが原因じゃないかと言われたらしい。先生の予想は、それほど外れてはいなかったけれど、きっかけに過ぎず、諸々の原因は、“全て”にあった。ただそれを、私は言語化する術を持たなかった。私はそれからポッキリ気が折れていき、教室に通わず相談室に行くようになった。同じ部活の友達がいた。彼女の存在は、それから私の支えになり、光となる。なので、光と呼ぶ。
 光の家は、家庭崩壊していた。彼女のプライベートに関わるため、多くを書くことは避けるが、そのため病気にも掛かっていた。光は自分の自傷行為を隠さず、打ち明けてきた。腕を切り、その血を瓶に入れるのが彼女の趣味だった。私が実際の光景を見たことはなかったが、彼女の友達は写真に載せているのを見たらしく悪口を言っていた。私はその悪口が酷く不愉快だった。ある日、光はOD(薬の大量摂取)をして、私に話し掛けてきた。私は彼女が死ぬのではと恐れて、状態を訊いた。不安を抱いてから、私は自分の悪食を後ろめたく思った。私は自分が「死ぬ」と決めているのに、彼女に「死んでほしくない」と、思っている。責任のない意思だ。
 私は、それから「死ぬ」をやめた。
 光に生きてほしかったのだ。
 そして、彼女の幸せを願った。
 されど、神様はなにもしないと知っていた。
 私は、神様になりたい、と思った。
 せめて、私はどうしたら素晴らしい人間になれるかを考え始めた。
 聖書に出会ったのは、中学校の帰り道だった。
 勘違いを避けるため一応言うと、なにも宗教を信じていたわけじゃない。ただその聖典には、愛について記されていた。私にとって「愛」というのは、万能薬だった。
 聖書には、隣人を愛しなさいと、書かれていた。さすれば、神様からの愛を受け取れるのだと。私は、家族を恨まず、これ以上困らせないようにすると、決めた。そして、生まれたとき、私たちは生きる権利を得て、死ぬ権利を持ったのだと。それは、父親すらも剥奪することはできないと。だから、私はもし光が最悪「死」を選んだとしても、ずっとそれを受け止めて、忘れずにいようと心に決めた。
 私は、私の理由に彼女を利用していると知っていた。それでも確かに彼女は私の理由で、なによりも必要だった。だから、私が愛を知ることで、彼女が自分を大切にする未来に連れて行きたかった。
 ともかく、私は自分の人生を歩むことに重点を置いた。私が歩めないのに、どうして線を引くことができるのかと思っていたからだ。それでも私は、歩むことに不得手で、常に空虚に駆られていた。私はまた、自分の神様を創った。今度の神様は、願いは叶えてくれない。ただ、私のことを見守り、私が人として間違えそうになったら咎める神様。
 私はただ、その神様に感謝している。
 神様は、きっとほとんどの願いを叶えてくれない。誰にも手は貸さないし、全てを人間たちに任せている。ということは、自由ということだった。それは恐らくこれ以上ないほどに優しくて、許されているのだ。空虚な神様よ。なにも言わず、ただ私の歩む道を応援しておくれ。

あとがき
 現在、二十歳は超えています。生きています。素晴らしい人間ではありませんし、人を恨むこともあります。誰かを救ったことはありますが(言われた)救いとは自己完結の世界で、幻ではないでしょうか。だから、特別なことはしなくてもいいんです。物事は移ろいます。ただそれだけなんです。

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