33-イヤマさんの話

 これまでに僕は、強烈な念力を出す人に3人、そこそこの念力を出す人に数人会っている。この世には「人の頭の中を読む人」や「念力を出す人」がいて、「人の頭の中を読む人」がやることは、レントゲン撮影のような行為なので、されていても気付かないこともあるようなのだが、「念力」というのは衝撃波のようなものなので、それを受ければなにがしかの身体反応がある。

 元々「念力」というものの存在を念頭に置いていない人は、なんだか調子が悪いなあとか、頭痛がするとか、吐き気がする、寒気がするなどと感じている人もいるかもしれない。「念力」というのは「気合い」のようなもので、スポーツ、特に武道系のスポーツの試合で、ほぼ同じくらいの実力の者同士が試合した時、最終的に勝った方は、気迫が上回っていたという評価をされることがあるが、それも一種の「念力」である。

 僕が初めて「念力」というか、現在の科学ではまだ解明されていない
不思議な力の存在に気付いたのはイヤマさんという女性を車の助手席に乗せて走っていた時のことである。

 それは、ある仕事の打ち合わせの帰りのことで、時間は深夜の2時頃、小雨が降っていて、僕が運転しており、助手席にイヤマさんが乗っており、後部座席にはハガくんという男性が乗っていた。

 仕事とはいっても半分は趣味のような、映画の上映会の準備の打ち合わせで、夜10時頃から知人の家で始まり、和気あいあいとした座談会のようなものだったのだが、その家になぜか外国の土産物の人形が逆さまに吊るしてあって、イヤマさんはそれを見て、何か嫌な、マイナスな気持ちになったらしく、帰り道、一人で家に帰りたくないと言い出したのである。

 もし僕がイヤマさんと二人きりだったら、それはまた違う意味の「もっと僕と一緒にいたい」という意味として受け取っていたかもしれないが、僕はハガくんのことも送って帰らなくてはならなかったし、そもそも、そんな「いい感じ」の雰囲気ではなかった。

 イヤマさんの家が近づくにつれて、イヤマさんは「帰りたくない、帰りたくない」と強く言うようになり、「家に帰ったらキッチンに髪が長い女の人が正座して待っているような気がする」とまで言い出した。これはもう怪談である。しかし、僕もハガくんもけっこうなホラー好きだったので、目の前にそういうホラーな人がいることに関しては、怖いというよりは、むしろ興味があった。怖がっているのはイヤマさんひとりだった。

 世の中には、こういうタイプの自己主張をする女性がいる。「私ってよくみんなから変わってるって言われるんです」みたいな感じの、マイナス要素を売りにしようとするような「不思議ちゃん」とかいう類いなのだろうか?きゃりーぱみゅぱみゅとかあのちゃんみたいに、そこそこ可愛かったり、ある程度のしっかりした考えを持ってやっている人ならばそれなりに好感を持てるのかもしれないが、イヤマさんは「あなたはちょっとアウトだぞ、ウザいだけだぞ」というようなタイプの女性であった。

 それで、なんとか強引に家に送り届けて、今日は解散ということにさせてもらおうと思っていたのだが、あと少しでイヤマさんの家に着くという時、急に僕の身体に鳥肌が立って、運転に集中できなくなった。

 僕は半ば無意識に近くの道を左折してしまい、結果として彼女の家から遠ざかることになったのだが、すると僕の鳥肌はスッとひいた。イヤマさんは相変わらず「昔こんな怖い夢を見たんです・・」というような、何の目的で話しているのかわからない話をしている。

 僕はその話を聞き流しながら左折して、もう一度左折して、また、彼女の家に向かう道に戻った。するとイヤマさんはまた「怖い、帰りたくない」と言い始めて、僕の身体に鳥肌が立ち、僕は手前を左折してしまうのであった。

 結局僕は、イヤマさんの話に反応しているのだろうかと思った。平気なつもりでいるのだが、実は内心は怖くて、だから鳥肌が立っているのではないだろうかと思った。しかし、鳥肌が立ったりひっこんだりする理由がわからなかった。

 同じことを三回くらい繰り返しただろうか?三度目に僕の身体に鳥肌が立った時、僕は自分の左側、つまり、助手席側だけに鳥肌が立っているということに気がついた。身体の左半分だけに鳥肌が立つなんていうことがあるのだろうか?僕の知っている「科学的知識」では説明できないことだったが、実際に僕の身体には左側だけに鳥肌が立っている。身体の左側だけが、ゾワゾワと、何か落ち着かないのである。

 それは、身体の左側にストーブが置いてあって、左側は熱いくらいにあったかいのに右側はスースー寒いといったような、物理的に何かのエネルギーの影響を受けているような状態であった。

 これはただごとではないと僕は思った。後部座席のハガくんに助けを求めたかったのだが、彼は先程から、話に適当に相槌を打っているだけで、僕の変化、というか僕のピンチにはまったく気が付いていないようだった。僕もなんとなく「さっきから身体の左側だけに鳥肌が立つんです」とは言い出せなかった。イヤマさんが「見~た~な~」という感じで、豹変するような気がして怖かったのである。

 結局僕は「わかりました。気持ちが落ち着くまでしばらくドライブしましょう」と言って、イヤマさんの家の前を通り過ぎた。彼女の家は福岡市の別府橋のあたりにあったのだが、そこを通過してそのまま202号線を西へ行き、今宿の海岸のあたりに車を止めてしばらく話していたらうっすらと夜が明けてきた。

 後部座席のハガくんはぐっすり眠っていた。やっとイヤマさんも落ち着いたらしく、今度は家に帰ってくれた。これが、僕が科学では説明できない力の存在を認めざるを得なくなるきっかけの出来事であった。1996年頃の話である。ちなみに後になって知ったのだが、イヤマさんはある宗教(真如苑)の熱心な信者だった。

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