見出し画像

あの日のこと

1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きた日、
僕は江東区の豊洲に住んでいた。

事件の重要な舞台のひとつである、
築地本願寺は通勤の通り道の近くにあった。

朝10時頃、寝ていた僕は電話で起こされた。
電話をかけてきたのは、
伝説のバンド、あぶらだこの、
カリスマボーカリスト、長谷川裕倫さんだった。
なぜか当時親交があったのだ。

長谷川さんは、普段しゃべる時は少しドモるのだが、
ドモりながら「テレビを見てみろ」と言った。
テレビをつけると築地本願寺の空撮の映像が流れていた。

そして窓の外からは、その映像を撮影している、
ヘリコプターの音が聞こえていた。
その時長谷川さんとどんな会話をしたかは覚えていないが、
テレビに映し出されていた空撮の映像と、
窓の外から聞こえて来るヘリコプターの音、
そして長谷川さんの独特のしゃべり方の印象、
それらが相まって、まさに「世紀末」という感じの記憶である。

そして2005年の3月20日、福岡西方沖地震があった。
その日僕は福岡県春日市にある実家に呼び出されていた。
墓参りに行くためだった。

両親を車に乗せて、
大野城市にある墓地まで墓参りに行った。

地震はその行きか帰りの、
車での移動中に起きていた、らしい。
らしいというのは、
揺れにまったく気がつかなかったからだ。

墓参りを終えて実家のマンションに戻ると、
マンションの各階の廊下に大勢の人が出ていた。
一目で「普通と違う」という状況だった。

部屋に戻ると家中の食器や本などが、
すべて床にぶちまけられ、
割れものはすべて粉々に砕けていた。

実家は春日市にあるのだが、
ちょうど実家のマンションの下を、
「警固断層」が通っていたのだ。

これだけの惨状なので、もし全員が部屋にいたなら、
誰かはなにがしかの怪我をしていたに違いない、
というような状況であった。

御先祖様が守ってくれたのか?
あるいは母親はキリスト教徒なので、
エホバかイエスが、守ってくれたのか、
もしそうならば、地震を起こしたのは誰なのか?

それもエホバかイエスなのか?
マッチポンプなのか?

と日記に書いている。
この頃はまだ「人工地震」という概念を知らなかったのだ。

ちなみにこの地震の時に一時断水して
自衛隊の給水車がうちにも来たのだが、
その水の入ったタンクを9階の自宅まで昇り降りして汲んで、
それ以来足が悪くなったと母が言っていた。
その母は2021年に亡くなった。

そして2003年3月20日は、
イラク戦争において米英軍の空爆が始まった日だ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?