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【レビュー】Novogen

crevasseで手に入れたZINEについてのレビュー(私的で主観的で根拠に欠く)のようなもの。劇的な科学と医療の発展についてと人類への名もなき献身者たちへ想いを馳せつつ。

text /堀千晃 (写真家)

Novogen /Daniel Szalai (2018)

この写真集はページをめくる前、装丁の時点で印象的だ。冊子にしてはしっかりしすぎているし、本にしてはどこかカタログのような雰囲気を保っていて、取り立てて凝っているとも言い切れないが存在感がある。そして表紙と裏表紙の鶏の目。その視点の定まらなさは眺めているとどこか不安を覚える。

内容としては、医薬品開発のために必要な卵の生産者である同じ遺伝子を共有する鶏たちの顔写真の羅列、そして卵の行方、それほど長くないテキスト、そして再び顔写真の羅列の構成となっている。
crevasseの紹介文によれば鶏たちの顔写真は卒業写真のようである、というような一文があるが役目を終えると一羽残らず処分される点では遺影のようでもあり、また医療産業の従事者であるという点では社員証の写真、そして冷淡に受け取れば優秀な製品一覧のようでもある。または、ごく単純に見分けのつかない鶏の写真でしかないかもしれない。

どのような角度から鶏たちや本について読み取るのか、それは手に取った人の価値観や問題意識などパーソナルな要素に大きく左右されることになると思う。
扱うテーマが本来なら動物愛護や命の倫理、医療の舞台裏といった固定的な要素に終始する可能性が極めて高いものであるにも関わらず、あくまで抽象的でサイエンスフィクションのような風貌を保っている点は特出すべきだろう。おそらく読者の受け取り方に委ねることで、読者の思考性を奪わない配慮なのではないだろうか。作者の注意深さや洞察力を感じることができる。
私は個人的体験を出発点に、医療と人間の業という点からあまり長くならないよう注意しつつ、感受した点を書き述べたい。


日本に生まれ暮らすおおよそすべての人が医療の恩恵を受け生きている。もし普段健康であまり病院に行かなかったとしても、生まれてすぐに予防接種を受けるルーチンが組まれていて、成長後も体調が悪ければまず選択するのは薬局で売薬を買うことか病院への受診だろう。
特にこの数年では、新型コロナウイルスの予防接種の必要性が繰り返し唱えられ、多くの人が大挙して医療施設に押し寄せた。我われの欲する健康な生活のため、医療と薬そしてワクチンは切っても切り離せない存在である。

病院で処方される薬やワクチンなどは例外なく、動物実験や治験をクリアして患者に至る。実感は伴わないが無数の命の犠牲が人ひとりの命のために投入され続けている。そして治験は別として、実験動物たちはそのような運命を了承してはいない。彼ら彼女らの短く一方的な結末を考えると、生半可な動物愛護者としては胸が苦しくなる。しかし、一方で病気に苦しむその瞬間はただ助かりたい、苦しみから逃れたいその一心だけだ。病気が治る新薬の発売を望み、日毎たくさんの種類の薬を頬張る。健康へのあくなき渇望。人というのは矛盾した感情を同時に抱え、そしてその感情を自らのために必要に応じて消し去ることができる。
本の中の鶏たちは、そういった人間の矛盾の外側で淡々と今日も短い命を捧げているのだろう。

健康と長生きを求める人間たちへの生贄。
私は健康への渇望を手放すことはできないが、消えていった命への意識を今一度呼び起こしたいと思う。それに気づかせてくれたのは、この写真集だった。彼女たちも確かに生きていたのだ。そしてもう誰もいない。

作者からの強烈な一個のメッセージを感じ取れなかったからこそ、長く読めた一冊だったように思う。


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