なぜドット絵作家が、海外ファンからの課金支援で生活できるようになったのか?
見出し画像

なぜドット絵作家が、海外ファンからの課金支援で生活できるようになったのか?

どこかノスタルジアを感じさせるドット絵・GIFアニメを発信し、国内外から支持されるイラストレーターの豊井さん。

彼が主に扱うモチーフは、特別で非日常的な何かというよりは、日本で暮らす人なら日常的に見かけるような、生活の中にありふれた景色です。

画像1

画像2

画像3

画像4

*画像は全て豊井さんのTumblrアカウントより引用*

アニメーションの動き自体は単調なようで、思わずついじっと見入ってしまい、いつの間にか時間が経ってしまっているような、人を惹きつける作風が魅力です。

そんな作品を描いて生活する豊井さんですが、実は絵の仕事の収入が不安定で、生活保護を受給していた時期もあったといいます。

しかし、現在は海外発のクリエイター支援サービス「Patreon」(パトレオン)で500人を超えるパトロンから金銭的な支援を受けているおかげで、絵の仕事に集中できているそうです。

なかなか安定しなかったイラストレーターとしての活動が、上手く回り始めるまでの8年ほどにわたる経緯を、インタビューして聞きました。

豊井
イラストレーター・GIFアニメ作家。2013年頃よりブログサービス「Tumblr」を中心にドット絵やGIFアニメの投稿を開始し、国内外から根強い支持を受ける。2019年には、『ピクセル百景 現代ピクセルアートの世界』の表紙を担当。ネット好きのギークが集まるシェアハウス「ギークハウス」の元住人。

窮状を発信すると、世界中のファンから支援されるように

ーー豊井さんは、いつからネットで活動をしているんですか?

豊井:僕がネットにドット絵やGIFアニメを上げ始めたのは8年くらい前で、当時はTumblrを使っていました。

ドット絵やGIFアニメを描き始めたのは、幼い頃にレトロゲームをやって育ったことがきっかけで、身の回りの風景をレトロゲーム風に描くのが好きだったからです。

そうやって描かれた僕の絵は、どうやら生まれた国は関係なく、僕と同じように日本のレトロゲームをやって育ち、日本での生活に憧憬みたいなものを持った人たちに刺さったみたいで、Tumblr経由で絵が海外に広まっていきました。

それから絵を見てくれる人が増えるのが嬉しくなって、絵を載せ続けているうちに海外のファンの方が増えたんですよね。

Twitterでは現在6万人フォロワーがいますが、海外の人の割合は高いと思います。

ーー豊井さんと同じような趣向の人が世界中にいたから、海外のファンが多いと考えているんですね。

豊井:スーパーファミコンとかの影響で、同じタイトルをやった人が世界中にいるんですよね。音楽と光景と、それだけじゃない体験を、ほとんど同じように体験しているって、なかなかないことです。

しかも、子供時代の記憶って、その人の嗜好にすごく密接なんですよね。それが同世代間で、死ぬまで共有しあえる仲間がどこかにいる。それを思うだけで安心感を覚えます。

自分を支援してくれるパトロンもそういう方が多いようです。

ーーなるほど。豊井さんはPatreonで500人を超えるパトロンから支援を受けているんですよね。

画像5

*500人以上に支援されている豊井さんのPatreonトップ*

豊井:そうです。今はPatreonで毎月7~12万円ぐらいの間で増減する収入を得つつ、余裕があるときにクライアント仕事をしたり、趣味の絵を描いたりする生活をしています。

僕の場合、クライアント仕事だけだと収入を安定させるのが難しくて、次の仕事がくるかどうかも不安になり、作品づくりへの集中力が落ちてしまうんです。

だから、生きる上で、Patreonがセーフティネットになっています

ーー豊井さんのTwitterを見ていると、最近は絵を印刷したグッズも制作されているんですね。

画像6

*豊井さんの絵が印刷されたアクリル板。画像はTumblrより引用*

豊井:これ、10月からは一般販売を始めたんですが、最初はパトロン限定で先行販売をしていて。

僕のファンは海外の人が多いんですが、先行販売の8割ほどが海外からの注文でした。

ーー海外に濃いパトロンが多いんですね。どういう経緯で、今のような状況になったのでしょう?

豊井:それをちゃんと説明しようとすると、まず僕がどんな人間かを話さないといけないので、ちょっと長くなってしまうんですが……。

ざっくりと話すと、僕は子どものころから感情や衝動的な行動が抑えられず、注意欠陥な上に、神経過敏で臆病という、面倒くさい性質でした。

いわゆるADDとかHSPとかですね。当時から結構な問題児だったんじゃないかと思います。常にアクセルとブレーキ同時に踏んでるような……めちゃくちゃ騒いでしまうけど、心の中ではずっと周囲に謝っているみたいな感じで。

それでいつも疲れていて、父もそういうことには理解がなかったのでまったく折り合いがつかず、家での居心地も悪かったんですよね。

それで高校受験も適当なところを志望し、早退と遅刻をどうにか駆使して怒られないようにサボり続けて。そうして図書館で絵を描いたり、自転車で海や山に行ったりして過ごしていたら、結局中退になってしまいました。

それからいろいろあって、当時……10年前ですが、Twitterのつてを頼って上京して行き着いたシェアハウスで、自分と同じような問題を抱えている人たちと初めて出会ったんです。

そこで居候のような暮らしをしていたのですが、そこにはプログラマーやデザイナーが多かったので、自分も何か作れるものを作ろうと、ドット絵を頑張るようになりました。

TwitterだけでなくTumblrでも絵を公開するようにしたら、海外で結構広まったようで、付く「いいね」の数がどっと増えました。それは嬉しかったんですが、精神的には不安定なままで、ろくな生活もできず、絵もほとんど描けない状態が続いていました。

病院に通うほどのお金も元気もなく、悪循環に陥っていたのですが、知人に強くすすめられて生活保護を申請し、受給したんです。

それからはお金に余裕ができ、食事や睡眠を摂ったりと、暮らしが少しずつ、絵もより多く描けるようになっていったんですが、生活保護を受けていることへのプレッシャーというか……。

今思うと馬鹿みたいですけど、役所に行くだけで過呼吸を起こしていたんですよね。何のために来てるんだよっていう。

そんなある日、TumblrのコメントでPatreonをすすめられたんです。登録してみるとすぐにパトロンが集まってくれて、そのときは月に2〜3万円の収入が得られるようになりました。

ーーそれまで豊井さんの絵を見ていたファンの人たちがすぐに支援してくれたんですね。

豊井:ただ、生活保護の受給者がお金を稼ぐと、国が保障する最低限度の生活じゃなくなってしまうので、国にお金を返さなきゃいけません。

けれど自分の場合は、少しでも役所の人にお金を渡すのがストレスの緩和になったので、しばらくは生活保護を受けながら、パトロンからのお金を役所に持っていく生活をしていました。

その後、生活保護を受けていること含め、自分の現状をTumblrに書いたら、それだけでパトロンが一気に増えて。

当時は月に13〜15万円くらい集まり、「これで俺も一端の社会人だ!」と興奮してしまい……思いつきで生活保護をやめて一人暮らしを始めました。それもまあうまくいくわけなく、それから家賃の安いところを転々として、今に至ります。

画像7

*豊井さんはPatreonで「help me」と率直な思いをつづっていた*

ーーそんな経緯だったんですね。国内にもPatreonと同種のサービスが複数あり、基本的にクリエイターが支援を受ける対価として限定コンテンツを公開するものですが、豊井さんはどんなものを載せているんですか?

豊井:それが、完全に限定のコンテンツなどを出せているわけではなくて……。

いつも支援してくれるお礼として限定のつもりで絵を描くんですが、結局人に見せたいからTwitterなどでも公開しちゃったりするんです。だから、現状は先行公開することがせめてもの特典みたいな感じになっています。

もちろん、それで離れていっちゃう人は当然いるんですけど、そのままパトロンでい続けてくれる人も多くて。

しばらく更新できていないときに「絵を見せられなくてごめんなさい」みたいなことを投稿すると、「頑張って」「大丈夫」「あなたの全てを愛しています」みたいなコメントが英語で来るんですよね。

ーーパトロンの人たちは、対価としてのコンテンツを求めているというよりは、純粋に豊井さんを応援しているというか。

豊井:ほんとに助けるためだけの支援をしてくれているんですよね。パトロンは増えたり減ったりしながら少しずつ入れ代わっているんですけど、4〜5年間ずっと支援してくれている人もいます。

なので「これをすると支援額が増える」みたいな決定的なことは言えないのですが、Twitterだけではなくいろいろなプラットフォームにコンテンツを投稿してみることが大事なんじゃないかとは思います。

画像11

生活基盤ができて、描ける作品の質も変化した

豊井:でも、Patreonで生活はしやすくなったんですが、僕が絵を描くために必要だったのはお金だけではなくて。

ーーどういうことでしょう?

豊井:発達障害の生きづらさと、それによってこじれた性格がそのままだったんです。

だから、神経を落ち着けて絵を描くための場所と、普段から雑談したり困ったときに相談できる人が必要でした。

住居はそれまで安く住める場所などを転々としてきたんですが、実家にいられなかった原因である父が亡くなって、安心して暮らせる環境になったので、実家に引っ越したんです。

これはつい最近の話です。

ーーなかなか住環境が安定しなかったんでしょうか。

豊井:それまでも、ただなんとなく引っ越していたわけではないんですけど……。自分が根本的に健康になるため必要な課題を、一つずつ潰そうとしていたんですよね。

例えば、人の出す音や声にすごく敏感で、集合住宅なんかに住んでいると耳に入ってくる物音がものすごいストレスで、逃げるように山奥の空き家に引っ越したんです。

物音どころか車の音も、人の声すら殆どない場所なので、音に過敏な自分には天国のような場所だったのですが、今度は孤独がすごすぎて1年半で諦めてしまいました。

地元の人にも、「あれは未来ある人が一人で住むような家ではない」とか言われてたし。

画像8

*豊井さんが和歌山県の山奥の空き家で暮らしていたときに描いたGIFアニメ*

ーー人と離れてみたけど、やっぱり孤独はキツかったと。

豊井:それに、虫や獣が出まくるので絵を描くどころじゃありませんでした。屋根の上でサルの集団が騒いでたり、トイレに蛇が出たり。

その次は、人と接する時間が大事なんじゃないかと思って、東京で知人づてでシェアハウスに住み始めました。

僕は学生時代からずっと誰とも本音の会話ができていないような感覚があって……事実、そういう性格だったんですが、同年代の感覚の近い人たちと過ごすようになって、初めてコミュニケーションというものが何なのか実感したんですよね。

そうして、遊びながらときどき仕事をする生活を続けているうちに、少しずついろいろな面で健康になっていったんですよね。

ーーさっき教えてくださった、絵を描くために必要な要素がもう一つ揃ったんですね。

豊井:そうです。やっぱり孤独は辛くて、人とのコミュニケーションは僕にとってとても大切なものでした。

ただ、シェアハウスの生活は楽しかったんですけど、今度は逆に、絵には集中できなくなってしまって……。人の存在にすごく過敏なので、どうしても人といるだけで疲れるんですよね。

それでどうしようかと思っていたときに、たまたま実家が住める環境になったので引っ越して、最近初めて、万全と思える状態で絵に集中できるようになったわけです。

ーーすごく長い道のりでしたね。

豊井:住む場所の選び方がいちいち極端だったんですよね。「山奥に一人で住んで、どれだけ孤独を感じるのか」とか、そういう自分の限界を試してみたかった気持ちも多少あるのですが。

まだ東京に部屋を借りてはいるし、他にも連絡をとれる知人友人が数人いるので、実家にいても孤独だと感じることは減ったし、普通の地方都市にある一軒家なので、極端なデメリットもなく仕事もしやすいです。母とは関係も良いですし。

今、自主制作のグッズを作れているのも、環境が整ったからできていることなんですよね。例えば、アクリルパネルに絵を印刷したあと、角が鋭利で危ないので削るんですが、これはそのための機材を置くスペースや、作業音を出せる環境がないとできません。

機材を買う費用もかかりますが、Patreonのおかげで収入があるからこそ、「とりあえず買ってみる。ダメだったら売ればいいから」という選択を余裕を持ってできます。

今話していて思ったことですが、お金、場所、友人が揃ったことで、心の余裕も生まれたんでしょうね。いつのまにか精神的にも少しずつ安定するようになっていました。

画像9

*豊井さん(のお母さん)がグッズを制作している様子*

ーー創作活動に向き合う上で、とても大切なことだと思います。

豊井:山の家しかり、シェアハウスしかり、実家しかり、すべて「偶然のつて」なので参考にならないかもしれないですが……。

ーーそう感じる人もいるかもしれませんが、総じてクリエイターさんにとってすごく参考になるお話だと思いますよ。

豊井:そうですね……何にせよ、こういった奇妙なつてというのは、人と関わらないと得られないんですよね。やっぱりSNSが偉大という話でもあると思います。

そんなふうに、仕事をするのに必要なだけのお金の余裕があって、絵にも集中できて、誰かとコミュニケーションも取れて、といろいろ満たされてみると、いつの間にか描きたい絵も全然違ったものになっていましたね。

ーー面白いですね、作品の質が変わったと。

豊井:自分は、和歌山に住む前までは人や情景というよりも、モノと技術が好きでした。

なので好きなモノを並べて、どうにか整合性のあるテーマを考え、色のバランスを取って、視線誘導を散らして...…とやっていたら、いつの間にか絵というよりもパズルを解いてるようになってしまって。

しかも自分が一番描きたかったのは、その中のたった数ドットの、「海の向こうにうっすら見える灯台」とかだったりするので、なおさら苦しくて。

でも、山に住んだあたりから、群衆を描くのが好きになったんですよね。あとなぜか丸い輪郭が好きになってドット絵じゃない絵も描くようになったり。

それからも、東京のシェアハウスでできた友人と過ごしてるうちに、なんてことない行きつけのスーパーをそのまま描いてみたらすごく新鮮で楽しかったり。

ーーすごく素敵な話です。

豊井:その後、実家に戻って落ち着いてみると、それまでの自分の振れ幅をどれも好きになって、リラックスして絵が描けるようになったんですよね。

ここまでうまく好条件が揃うと、流石に「がんばらなきゃ」ではなく「がんばりたい」と思えてしまうんですよね。こうなると、問題を一つでも抱えているときより、作業効率も健康度も段違いです。

今思えば、初めて居候させてもらったのも、自分が社会福祉制度にアクセスできたのも、山の家も、その後のシェアハウスも、すべて人に助けてもらったおかげでした。他にも、言い切れないほど沢山の助けがありました。すごく幸運な人生だったと思います。

ですが、ここまで人に助けてもらえたのは、常に助けを求めていたからでもあります。自分はTwitterやTumblrで、かなりみっともない形で、弱音を吐いたり、助けを求めたりし続けてきました。

ただ、意識的にやっていたというより、抑えが効かなかったり、単に厚かましい性格だっただけとも言えるんですが。

実際、見るに耐えかねて離れていったフォロワーさんはすごく多かったです。見方によってはほとんど自滅行為でした。

けど逆に助けてくれる人もいるんですよね。世の中ほんとにいろんな人がいるんです。

ーーありのままの自分を発信することで、豊井さんの助けになってくれる人とつながれたんですね。

豊井:障害やら家庭の問題で人生のスタートをしくじると、いつまでも歪みを抱えて自立できないどころか、貧困も相まって悪化していくだけ、ということが起こります。特にクリエイターってそういう人が多いです。

ものすごい才能があるのに、バイトと精神科の通院で一杯一杯になっているような人が自分の身近にもいます。でも、これは本人だけでなく社会にとっても間違いなく大きな損失です。

なので、困窮している人は、自分の抱えている問題を過小評価せず、助けを乞うていくべきだと強く言っていきたいです。たとえば生活保護だって、受給までを手助けしてくれるNPO団体などが調べれば見つかります。

自分にはまだ人を助けられるような大層な余裕はありませんが、せめてこういう情報を共有したりしながら、そのうちファンや、知人や、世間に対して何か少しでも貢献することができたらいいなと思っています。

最近は昔に比べて、そういう前向きなことを考えている時間が多いです。

画像10

--------------------------✂︎--------------------------

豊井さんの自主制作グッズが販売中。売り切れ中の商品も、順次在庫が追加される予定です。
https://1041uuu.myshopify.com/

豊井さんが絵をアップしているTumblrはこちらから。
https://1041uuu.tumblr.com/

Patreonで豊井さんのパトロンになるにはこちらから。
https://www.patreon.com/1041uuu

クリエイターエコノミーラボは、「新時代のクリエイターの活動とお金」がテーマのWebメディアです。ぜひTwitterをフォローして、記事をチェックしてくださいね。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
スキありがとうございます!
「新時代のクリエイターの活動とお金」についての事例を紹介するWebメディアです。新しいサービスを使って、クリエイターが個人で安定して創作を続ける方法を研究しています。