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なぜ私は60歳で起業し美大に飛び込んだのか?(美大総集編)

美大に入学した理由(わけ)

 2019年4月。私は60歳でスタートアップすると共に、武蔵野美術大学に入学した。なぜ、そのようなタイミングで社会人大学院に入ったのか。一言でいえば「生きるため」だ。自分(=自社)のオリジナリティのある商品やサービスを生むためには、改めてガッツリ学ぶ必要を感じた。「新しいことを学ぶこと」が私にとってエネルギーになる、ということも入学の一因だった。

 では、何を学ぶか?私は自分の「創造性」を再開発したい、と思った。そう決意させた一冊の本がある。「創造&老年」。アーティストの横尾忠則さんが80歳以上の各界のクリエーターにインタビューした本だ。小説家、画家、建築士・・・と多彩だが共通した言葉は「年齢を意識していない」ということだった。その言葉に衝撃を受けると共に、ハタと気づいたのは、会社という装置が強制的に年齢を意識させる(老いさせる)構造になっていることだった。

   私は「すべての人に創造的な人生を」を理念として会社を立ち上げた。その理念に沿って自分をアップデートする上で『創造性』の再開発は必然の出来事だった。では、どこで学ぶか?私のキャリアの出発点はコピーライターというクリエイティブ職だったが、あくまでも言葉の領域での創造。まだ学んでいないのは「デザイン」だと思った。

 そうした思いを抱いている時、武蔵野美術大学がアートやデザインをビジネス領域に活かす学部と大学院を新設するというニュースを耳にし、ピンと来た。日本で「デザイン思考」をこれ見よがしに謳っている人たちで、どれほど実際のデザインやアート領域を学んだり実践しているのだろう。デザイン思考が流行しているのに、なぜデザイン業界は人不足に悩んでいるのだろう?何かが間違っている。

    多くの社会人は、絵を描くのが苦手だ、自分にはクリエイテイビティなんかない、と言う。実は私は人一倍、不器用だ。容器のふたを開けたり、シールを剥がすことひとつにも手間取る。そのような自分でも美大でやって行けるのであれば、誰だって苦手意識を取り払うことができるのではないか、と考えた。

    4月初旬。鷹の台で行われた入学式に出席。会場となった大ホールの中央ステージは桜の木立の装飾がされており、学長がスピーチを始めるとともに回転し天井から花びらが降って来る!というエンターテイメント色溢れる演出に驚くと共に、いよいよ美大に入ってしまった、という実感が湧いて来た。学生席に座っていると係員の人から「ここは、保護者席じゃありませんよ」と注意を受ける一幕もあったが(笑)。

不器用な私の美大戦記

    2019年4月から武蔵野美術大学大学院の授業が始まった。軽はずみに?飛び込んだ美術大学だったが、授業は予想を遥かに超えるハードさだった。1年を3か月毎の4つのタームに分けるが、多い時は週に4日、18時10分から21時20分まで授業が行われた。その形態は、座学型、グループ実習型、個人実習型に加え、社会実装を目指した産学プロジェクト、そして秋からはゼミも始まった。講義型では、アート、デザイン界で活躍される方々をお迎えしてお話をお聞きしたり、研究に必須となるリサーチ手法を習得したり、知的財産をケースメソッドで学んだりした。

    グループ実習型は、教授陣の得意領域(デザイン思考、プロダクトデザイン、ビジョンデザイン、建築)毎の課題をチームで検討し、造形にする。個人実習では、IllustratorやPhotoshopといったプロフェショナルツールを使いながらグラフィックデザインを学んだり、あるテーマを与えられて実習室にある段ボール、布、紐などを使いながら造形化する実習を行った。産学プロジェクトでは、様々な社会課題を解決するプロジェクトにチームで参画しながら、その解決案を提案する実践型実習が行われた。私は、子供のクリエイテイビティを育むことを目指して孫泰蔵さんが立ち上げたVIVITAプロジェクトに参加した。子供の創造性を育むというより、子供の創造性に学ぶべき点が多いと考えたからだ。メンバーで子供のためのワークショップをデザイン・実施し、その発表会をキャンパス内のMUJI店舗で行った。

    正に刺激的なプログラムを次々と体験する怒涛の日々だったが、それは同時に苦しみの日々だった。もともとITスキルは高くはないため、プロ仕様のツールにも四苦八苦した。先生からIllustratorやphotoshopの解説を受けながら操作を行い、なおかつ「美しい」グラフィックデザインに仕上げなければならない。だが、その基本的な操作から追い付いていけない。課題である、自分という人間のカタログを制作する「自分図鑑」を悪戦苦闘の末に仕上げた時、先生から「どうなることかと思ったけど、何とかなったね~」と仰って頂き、苦笑するしかなかった。

 第2タームに行われた「手を動かす」造形の授業では、自分の不器用さを呪った。金曜の夜に課題を与えられ、そこから翌日の午前中までの5-6時間の間にアイデアを練り、それを作品にする。午後は、先生による講評タイムだ。いつも自分の作品がアイデアでも出来栄えでも、一番劣っているように思えてならなかった。一人ひとりの講評を聞くにつれ、どんどん落ち込んで行く。デッサンをすれば、自信がないために弱弱しい線を描いてしまう。「太い線を、できるだけ長く描く訓練をしてください」というアドバイスを頂戴した。この造形の授業では、帰宅する度に「俺にはセンスがない」「才能は枯渇した」と愚痴り、ある時遂に妻に諭(さと)された。「あえて自分のダメな部分に向き合って、成長するために入学したんでしょ。まだ何もやっていないのに愚痴るのはカッコ悪いわよ」。

    試行錯誤、四苦八苦、七転八倒を重ねるうちに、微かだが光も見えて来た。プログラミングキットを使い、LEDで「美しい光」を造形する授業では、マジックアワーを再現するために様々な工夫を重ね、最後の最後に大判の色紙を重ねて反射させると段々と夜が明けて来る様子を再現でき、先生から「本当に美しいですね!」と仰って頂いた。自宅で部屋を暗くし、その光を妻と一緒に眺めながら、最後の最後まであきらめない大切さを噛み締めた。造形授業の課題「言葉を造形化する」では、プロレスのチャンピオンベルトを段ボールでつくり、そこに感動したレスラーの言葉を書き込んだ作品をつくり、学生仲間から面白がってもらった。決して美しくないが、自分にしかできない愛情のこもった作品。好きなことを造形化すると不格好でもオリジナリティのあるものになることを学んだ。

 個人のビジョンを徹底的に考え、互いにその真剣度を問いかけながら提案をつくり、それをカタチにするビジョンデザインの授業では「日本に『年齢』から解放された働き方を」というビジョンを描くと共に、定型的な履歴書を、美大の学生が制作する「自分自身を作品としてプレゼンテーションする」ポートフォリオへと転換させるサービスのカタログを制作。それを評価頂き大学主催の公開イベントでも発表させて頂いた。キャリア支援やカウンセリングでは互いに共感・受容し合う「対話」を重視する。しかし、自分の想い(ビジョン)を真剣に自分に問いかけ形にするためには、対話に留まることのない、他者との真剣な「対論」こそ必要なのではないか、と思い至った。

 このような試行錯誤、四苦八苦、七転八倒の真っただ中にいる時には、本質的に自分が何を学んでいるのかという、いわゆる「学習目標」なんか自己認識できない。だが、経験したことの一つひとつが「創造性とは何か」という大きな問いに至る大事な道のりだったのだ。 


私にとっての「創造性」とは

    あるテーマを与えられ造形にする授業があるのだが、評価の方式がなかなかエグイ。「屋台プレゼンテーション」と呼ばれるもので、学生が一人ひとつ長机を与えられ、作品を置き学生自身もそこに座る。先生方が机を廻り、学生の目の前に置かれた評価シートにシールを貼って行く。評価項目は「アイデア」「表現力」そして「共感」。学生は先生が廻る間、言葉を発してはいけない。なぜなら、デザイナーは店舗に置かれた商品(作品)でのみ評価されるから。で、私の場合ほとんどシートにシールは貼られなかった。正に公開処刑。「酒井さん、入学前はこんな目に遭うなんて思ってもいなかったでしょ」と、ある先生が残忍な笑顔を浮かべて仰った。

   世の中で創造的思考と言えば「デザイン思考」と同義に語られている。アメリカのデザインファームIDEOの創立者・ケリー兄弟が提唱し全世界に広まった。だが、もうひとつの創造的思考が存在する。いわゆる「意味のイノベーション」と言われ、こちらはミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティが提唱している。デザイン思考が人間中心設計(Human Centered Design)のもとユーザー視点を重視する問題解決に重きを置くのに対し、「意味のイノベーション」は対極のアプローチを取る。VUCAやWicked problem(厄介な問題)という言葉に代表される理解しがたい世の中では、人々に新たなビジョンや提案をする必要があるという問題意識から、「なぜ(Why)」を追求することによってモノの新しい理由を問いかけ、それがイノベーションを一段引き上げる、と主張する。

    そして両者は、デザイン思考が「外から内へ」、意味のイノベーションは「内から外へ」という言葉で対比される。このどちらが正しくてどちらが正しくない、ということではなく、デザインであれアートであれ、この両面の視点と実現が必要となる。

    悩んだ末に私はある時、先生方にヒヤリングを行った。リフレクションを行い、学んだことの「意味」を問い直す必要があると思ったからだ。どの先生方も丁寧に意見を言ってくださったが、その過程で蘇って来たのは、新人コピーライターとして経験し感じたことだった。それは「創造性は、一日にして成らず」ということだ。新人コピーライター時代の2年間、私は毎日、30本のキャッチフレーズを書き続けた。質が追い付いていない以上、量を書かなければ人様に出せる商品にならない。書いて書いて書きまくるうちに、段々、質が伴って来る。もうこれ以上案が出ない!と思ったその先に「抜ける」という現象が起こる。凝り固まったアタマで考えていた時には思いつかなかった発想のジャンプが生まれるのだ。

 いわゆるデザイン思考やアート思考は「直観」や「美意識」と言う言葉で語られることが多い。だが、そこに至る過程は、当事者のクリエイターにしかわからず、語られることもない。私がコピーライターだった時代、コピーを考える姿は「鶴の恩返し」にたとえられた。ウンウン唸り七転八倒しながら必死に筆を動かす姿は、人様に見せるものではない。何事もなかったように涼しい顔でとびきりのコピーをクライアントに提案する。それが美学とされた。かくて「センスのある人がクリエイターになる」という神話と誤解が生まれる。だが、デザイナーやアーティストが造形する過程には、おそらく私が経験したことの何倍もの苦しみと葛藤がある。作品が出来上がるまで、ひたすら自分と向き合い、それをカタチにするまで「しつこくしつこく」手を動かし続ける。

 創造性は、本来誰にでも備わっているものだと思う。だが、それが開発され発揮される道筋には苦しみが伴い、日々、ひたすら自分の意味を問い、手を動かす地道な鍛錬と徹底的な「しつこさ」の先に創造の喜びが生まれる。そうして磨かれるのが、何かを感じて言葉にする以前の感覚。創造性を「思考」の枠組みだけで捉えては世界のひとつの側面を見ているに過ぎない。思考では語りつくせない身体的側面がある。今から、自分がデザイナーやアーティストになれるとは思えない(なれるかもしれないが)。だが、デザイナーやアーティストが辿る道の一端を経験し、その苦労や思いだけは少し理解できたつもりだ。

研究と実践、大学と社会の「橋」を架ける

 迂闊(うかつ)なことに、武蔵野美術大学大学院に入学して改めて知ったのは「大学院」が研究機関だと言うことだった。そこでは、「学習機関」としての大学を終え、自分なりの問題意識に基づいて探求を深めることを求められる。

 その研究のプロセスは、というと以下の通りだ。まず入学直後、学生は教授陣の前で自分の研究テーマを5分間で発表し、質問を浴びせられる。その後、指導教官(主査、副査)を選択し承認されると晴れてゼミに所属する。そこからは、指導教官の方針に沿って研究が勧められる。私は、IBMの開発者としてのバックグラウンドをお持ちの山崎先生に師事することにした。「デザインやアートで社会を笑顔にする」という思いに共感したからだ。

 山崎ゼミでは、週に1回のゼミが開催され、ゼミ員は研究の進捗を報告し先生からのコメントを頂く。私の場合は、働く現場で起こっている様々なひずみによって労働市場が不健全な形で流動化し、組織に馴染めず離職してしまう人と、逆に組織に過剰適応する人に2極分化した結果、企業や組織を変革する人財が減少している現象に着目した。このままでは企業やひいては日本全体の空洞化が急速に生じるのではないか、という問題意識から組織を変革する人財(先見の明のある人財)を生みだすプロセスとメカニズムの解明を研究テーマとした。

 研究のプロセスは、果たして自分が進んでいる道が正しいのか・・・先の見えない暗闇の中を進んでいるようなものだ。その研究テーマが、果たして本当に自分が探求したいことなのか。そのリサーチクエスチョンは的を射ているのか。その仮説にオリジナリティはあるのか。何より、自分の研究内容は社会にとって意味があるのか・・・。現場での開発者と大学での研究者の両方を経験され、「理論と実践」の両面のマインドとスキルを兼ね備えていらっしゃる先生は、学生の抱える不安をエネルギーに変えながらナビゲートしてくださった。

 研究者として突き詰める部分と、時には緩める部分の「塩梅(あんばい)」が絶妙。右往左往している時には「修士論文は試行錯誤のプロセスを記録するもの、と考えて取り組んだ方が良い」というお言葉に救われた。また、とにかく「実験(プロトタイピング)」を求められる。私は、研究テーマに沿った質的調査の分析結果から導き出した仮説の受容性を測定するワークショップを何度も開催した。何よりも、「社会人が大学院で学ぶ意味は、それを自分のビジネスに活かすこと」という価値観が一致しているからこそ、厳しい?指導にも耐えて来ることができた。ズバッと切り込む鋭いコメントには、時には「ムカッ」としたが(失礼!)先生には感謝してもしきれない。

 そして昨年、新型コロナが発生した。それによって私の研究テーマの根底をなす問題(企業や日本の空洞化)に拍車がかかるのではないか、と直感し追加調査を行った。その予感通り、いや想像以上に労働市場の地殻変動が起こっていることを知らされた。先日、最終発表会を終え修士論文を「納品」したが、2つのモヤモヤが残った。ひとつは、まだまだ探求の余地を残していること。ある先生が仰った「すべての修士研究は消化不良を残す」という言葉は、その通りだった。もうひとつのモヤモヤは、研究は「社会実装」されて初めて意味を持つが、その段階に至っていないことだ。

 2019年春に起業し、大学院に入学して2年。自分のビジネスと研究を同時並行で行いながら見えて来た、自分の役割がある。それは「架け橋」になるということだ。異文化マネジメントの領域では「bridge person(橋を架ける人)」という言葉がある。ある文化とある文化の間をつなぐ人だ。思えば、シンガポール駐在時代にアジア各国の仲間と共に企業内大学を設立した時から、自分の「bridge person」としての役割が始まったのだろう。これからは、理論と実践、大学と社会、サイエンスとアート、世代と世代・・・様々な領域で「橋を架ける」役割を果たすことが、自分に与えられたミッションなのだと思っている。

※完全版は、こちら。



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