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たくさんの信仰に触れて自分の神様と向き合う話

今日、友人と「だいてんし」の話になりました。
身体に触れることを仕事にしている私には「だいてんし」=「大転子」(大腿骨の上外方にある丸い突起)と勘違い。実は大天使のこと。その後、大天使ミカエルのことを調べていたら本棚の奥にしまっていた古い旧約聖書を思い出し、引っ張り出してきて、実は子どもの頃からたくさんの信仰に触れる機会があり、今になって自分の神様と向き合う気づきの話です。

「あなたの神様は誰?」

この質問を私が友人からされたのは小学4年生の時。
当時父の仕事の関係でアメリカに住んでおり、6月中旬から8月末まである長い夏休みの間、毎日何かできるようにとデイキャンプに通っていました。その頃デイキャンプはキリスト教系のYMCAとユダヤ教系JCCがあり、私はJCCのデイキャンプに通いました。JCCのキャンプに通う子どもたちはほぼユダヤ教でキャンプでも金曜日にはパンとぶどうジュース(子どもなのでワインの代わりに)を分け合い、ヘブライ語でお祈りをしました。英語もなんとか理解できるようになった頃の私は毎週一緒にお祈りするので、意味はわからないけれどヘブライ語のお祈りも唱えることができるようになりました。

デイキャンプの帰りの黄色いバスの中、前の列に座っていた友人後ろを振り向き、
「あなたの神様は?神様信じる?」
と、聞かれました。私がユダヤ教ではないことはわかっていたので、どんな神様を信じているのか気になったのでしょう。

でも、その時、
「わからない。」
と、こたえました。

友人は不思議そうでした。どの神様を信じているのかわからないの?と。

日本にいた時も、お正月には神社に行くし、クリスマスもお祝いする。
(とは言っても、クリスマスはプレゼント目的。)

この問いを胸にしまいながら、大学受験をして入学したのがカトリックの女子大学。受験日に試験官が修道服を纏ったシスターで、試験で緊張するよりも修道服の方が気になったくらい興味津々。

大学では、宗教の単位もありましたので、旧約聖書、新約聖書の講座を受講しましたが、あくまでも単位のための学びでした。中には物語のようにおもしろい話もあれば、息苦しくなる講座もありました。ヨブ記は最後の講座にたどり着くまで苦しかった記憶があります。

ハワイのロミロミを学びながら、ハワイの神様についても知ることになりました。日本の神様に似ているな。八百万の神様。ペレのように炎の激しい神様もいれば、マウイのように楽しい神様もいらっしゃる。

それからスピが大好きな友人を介して神社巡りをはじめました。
自分の今の状況を変えたいと思えば、遠くの神社にも参拝に行きました。
この時はかなり神頼み状態。
その頃、NLPと出会うのですが、徐々に神社への参拝にも変化があらわれました。

ある日、NLPの講座前に氏神様に参拝したいと朝から早起きしていたのですが、家の神棚に手を合わせた時、
「ここにあるよ。ここでいいんだよ。」と聞こえました。
(怪しい感じですが・・・そんな感じで・・・)
その後、あちらこちらの神社へ参拝していたけれど、実は自分自身が神社であればいいという感覚になったのです。

そんな怪しい話を講座でもシェアしました。
この後、私の魂の目的を思い出すこととなりました。

「あなたの神様は誰?」
この問いについての答えも。

私が私の世界の神様で、創造主。

ここに腑に落ちるまでまた時間はかかりましたが、不思議と必要な学びが目の前にあらわれては受け取ることになりました。受け取ることのサポートとなったのは冥想でした。

冥想が深まるきっかけとなったのが奈良で行われたリトリート。
夜通し冥想し、法隆寺へ。

翌年の高野山で感じた自分の内側の静けさ。

私の意識が宇宙で、創造するのは私。
意識することが現実となる。

たくさんの神様のことを知ったけれど、誰か一人が絶対的な存在ではないと感じてたのね。
どの神様も私は好き。ハワイ神話の神様、インド神話の神様、古事記でもこの神様結構人間臭いなと思う方もいるけれど、それがいいと思います。

だって、私こそ人間だし。
失敗もするし、完全ではない。

どの神様のエッセンスも私の中にあるのだろうなと思います。
そしていつでもいろんな神様の知恵とエネルギーはその神様の中に入ってみて感じれば受け取れるものね、モデリングしながら。

10才の私にはこたえられなかった問いですが、やっとこたえられます。。

今日は大天使ミカエルと冥想しよう。

あるある!私も同じ経験!そのような経験からの気づきをお伝えしています。読んでくださり少しでも緩っとした感覚になってくださると嬉しいです。私も毎日お稽古中!