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夕暮れ時を滑る

大学の授業を終えて地元の駅を降りると駐輪場に向かって歩き、停めてある自転車にかけられているロックを開錠して、自転車を押しながら錆びたフェンスの横を通って駐輪場を出て行く。ハンドルを握る手は次第にひんやりと冷えてゆき指先は引き締まるように冷たくなっていた。

季節は影を伸ばして一人を浮き彫りにする肌寒さを纏い始めていた。

そろそろ手袋が必要だなぁと思いながら自転車に跨ると真っ直ぐ家へと向けてペダルを漕ぎ始める。

清々しい夕暮れの空気を吸い込みながら通り過ぎていく駅前の通りやロータリーにはイルミネーションを灯すための準備が進められていた。

そんな様子を見ていると、何故かいつも僕の頭の中には幼い頃のクリスマスパーティーの映像とジングルベルの音楽が自動的に再生された。

あれはきっと僕にとってクリスマスとは何か、みたいな漠然とした問いに対する一つの回答のような瞬間だったのだろう。

通りの少ない横断歩道の赤信号を無視して歩いて行く青年の後ろ姿を眺めながら自転車を止めて地面に片足をついた。

「キャンパスライフ」と言うより「通学」といった生活を送っていると、テレビドラマや漫画で見たあの「大学生の生活」というのは幻の類だったのではないかと錯覚してしまう。

新生活の始まりにスケジュール帳を買ってみたはいいもののそこに記されているのはバイトの予定ばかりだった。

つまらないことを考える頭の中を吹き飛ばすようにペダルの回転を上げて、家路を急ぐ人たちの群れを置き去りにしながらアスファルトの上を滑っていく。

交通量の多い交差点を左に曲がって横断歩道を渡ると長くて急な坂道に突き当たる。それを立ち漕ぎで一息に登って、ようやく坂の上に出たところで右側に伸びている脇道へと入っていった。

閑静な住宅街へと入っていく手前には小さな公園があって、そこに設置されている一つのベンチには肩を寄せ合うカップルの姿があった。年もたいして離れていないであろう彼らが纏う制服がなぜかとても懐かしいものに見えた。

夕陽を眺めるようにして腰を掛けている男女の姿を横目にしながら公園の前を通り過ぎて行く。やけに眩しい夕陽が沈んでいく様はただ寂しいばかりで僕はあまり好きではなかった。日暮れの早い冬の夕陽は特にそうだった。

一人っ子ながら決して裕福ではない家庭で育った僕の小さい頃の役割といえば良い子に過ごしながら留守番をしていることだった。

体感する時間が妙に長かった小学生ごろの僕にとっては両親の帰りを待つ時間はとてもとても長いものだった。

がらんとした狭い家の中が嫌に広く感じられて、湧き上がる空腹や孤独感は寂しい感情を成長させるように降り積もっていった。そんなつまらないだけの時間は独りで待ち続ける空間の中で迷惑な客人のように居座っていた。

その空間にあるものが自由だと知り、それが喜びに変わるのはそれから随分後の話になる。

それでも日が長く昇り、明るい時間が続く季節は、寂しさも随分とましだったことを覚えている。

僕を乗せた自転車は川の上に架かる立派な橋に差し掛かり、その上を調子よく滑っていた。橋の上を吹き抜ける風は僕を捉えるように絡みつき、空気の塊となって横から強く押し付けてくる。

夕陽に照らされてオレンジ色に染まっているあの山も随分と開拓されて、かつての山肌にはいくつもの家が立ち並んでいた。

僕は順調に走らせていた自転車を止めて、下を流れる川を眺めた。水面は沈む夕陽の光を受けて時よりキラキラと煌めいていた。川沿いに続く河川敷には小さなベンチがところどころに設置されている。

あぁそういえばなぁと思いながらそのベンチを僕はジッと見つめた。

何かを買ってもらうなんて滅多になかったのに、たまたま父と二人で出掛けたある日の帰り道に「お母さんには内緒だぞ」と言って何故か大きなアイスクリームを買ってもらい、それを川辺のベンチに座って食べたっけ。なんでもない日の唐突なプレンゼントに胸が高鳴ってせっかくのアイスクリームの味がよく分からなかったのを覚えている。

今思えば冬なのに何でアイスなんだ、と疑問に思ったりもするけれど思い出されるのは「うまいか?」と言って笑う父の顔だけで、不思議と寒さに体をすぼめるような瞬間は一つも思い出されなかった。

空を仰いで川を眺めるようにポツンとした佇まいのあのベンチが妙に小さく見えるのは、きっとこれだけ離れた場所から眺めているせいなのだろう。

両手を吐息で温めると僕は再び漕ぎだして夜を敷き始めた街の中を進んでいく、空には小さな星がかすかに光り始めていた。

今週末にはお墓の掃除にでも行こうかな、そんなことを考えながら二人暮らしの家へと向かって僕は風切る自転車を滑らせる。



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