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手紙

散らかったままの机の上を整理しようとして散乱していたものを引き出しに押入れようとした。

けれども朝の満員電車のような装いの引き出しはこれ以上もう何も入らないことを抵抗しながら告げていた。

まずは引き出しからだな、そう思いながら引き出しを引っ張り出してベッドの上に置いた。

年の瀬に実家に帰省したタイミングでわざわざ自分の部屋を掃除しようだなんて思い立ったのは年内の仕事が切り良く終わり、心地いい解放感に満たされていたからだろう。

家を出た頃と特に変わりのない部屋の中でせっせと引き出しの中身を取り出して残しておくものと捨てるもので分けていった。

残しておいたというより溜まってしまったものの中には「捨てても問題ない」ものが大体を占めている。

古びたキーホルダーや文字の読めなくなった映画の半券、ぐしゃぐしゃになったプリントに使い終えたノートなど記憶の片隅にも残っていなかったようなものが次々と掘り起こされた。

作業を進めるその手が引き出しの底に差し掛かった時、見覚えのある小さな手紙を発見した。それは思い出の海の中に眠っていたものだった。深く沈められたそれは、財宝のようにその在り処に印を付けられながらも光の届かない場所に忍ばされていた。

懐しい折り方で閉じられた手紙の封を順序良く開けていく。開いた手紙の中には角の取れたような文字が行儀良く並べられていた。文字は人を表すとはよく言ったもので、穏やかな性格をしていた彼女の柔らかい口調はとても魅力的だった。

モノクロの背景にボケてしまったように、頭の中で振り返っても顔すらろくに思い出せなくなっていた記憶が、認められた文字を眺めただけで何故か花開くように蘇った。

手紙にはすっかり耳にすることのなくなった真っ直ぐな愛情を届ける言葉がたくさん詰め込まれていた。

手紙を握る手は記された文字を意味もなく撫でるようにこすっていた。乾燥した親指の表面が紙の繊維に引っ掛かって硬い音を立てている。

すっかり思い出された彼女の笑顔は今もどこかで咲いているのだろうか、もしそうだったらとても良い。思い出したかのようにそんなことを心の中で呟いた。

手紙を畳んだ手はウロウロと迷いながらもその手紙を「残しておくもの」の方に置いた。すっきりとした引き出しの奥には記憶の断片を閉じ込めたあの小さな手紙がひっそりと忍ばされている。

歯が抜けたような机に引き出しを差し込むと、ちょうど故郷の音楽が鳴り響いて、真っ直ぐに部屋の中へと差し込んだ西日は古ぼけた壁紙を明るいオレンジ色に染め上げていた。


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