蜘蛛の男、蜥蜴の娘
乾いた荒野に、二条の鉄軌が伸びる。
その上を疾駆する機関車が煙をたなびかせ、青空に横線を引く。
客席を挟んで、銃声が応酬する。
一方は黒衣の拳銃使い、他方はならず者集団だ。
「三号車に近付けさせるな!」
ならず者たちの後方から、大兵肥満の無頼漢が檄を飛ばす。
さらに言葉を続けようとして、頭が爆ぜた。
俯せに倒れ、床に血の薔薇が咲いた。
撃ち抜いたのは、黒衣の男の銃弾だ。
眼光鋭い灰色の瞳、表情は鉄。
右手の拳銃は、銃把に蜘蛛の巣のエングレービングが際立つ。
「今だ、撃て!」
仲間が撃たれた刹那こそ好機。
飛び出した黒い影に、ならず者たちは一斉に銃弾を浴びせる。
銃弾に跳ね踊る影――それは、男が脱ぎ捨てた外套だ。
男は、身を沈め瞬歩、ならず者たちとの間を詰めた。
腰に提げた散弾銃を抜き撃ちで二射。阿鼻叫喚。まだ動く相手に拳銃三射。
一瞬で制圧完了。遮蔽を蹴倒し、ならず者を下敷きに。
一気に、奥の客車――三号車に駆け込んだ。
◆
「誰も助けに来てなんて頼んでないのだけれど?」
三号車には男と少女のふたり。
案内上は貨物車両だが、「積まれて」いたのは、一人の少女だ。
褐色の肌、鴉羽根めいた長髪と、黒曜の瞳。
男は彼女を一瞥し、空の弾倉に弾籠めする。
「俺も頼まれて来たわけじゃない」
黒衣の男は、拳銃に視線を落としたまま答える。
少女と男、しばし無言。
「逃がすな! 男ごと殺せ! 小娘は殺しても死なん!」
後方、四号車の方から怒声。
「……足枷か」
少女の足首には錠と鉄環、鉄鎖と鉄球がある。
このままでは自由に歩くこともままならない。
男は、四号車の方を見やり――
少女に散弾銃の銃口を向けて、引金を弾いた。
◆
「あなたって、本当にスマートじゃないわ!」
「そいつは俺の故郷じゃ習わん言葉だ」
馬上の男に抱えられる少女。その足首から先は真新しく、僅かに白い。
吹き飛ばされた足首は、鉄枷と共に列車の中だ。
黒衣の男と不死者の少女は、荒野を逃げていた。
【続く】
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