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ロワールの古城巡りツアーで知ったフランス史にその名を残す美女

先日のフランス語のレッスンで、Poitiersというフランスの地名が出てきて、そのついでに、ディアヌ・ド・ポワチエを知っているかという話になった。久々にこのお方の名前を聞きました。はい。

忘れもしません。ロワールの古城巡りのツアーに参加し、シュノンソー城を訪れたとき、ガイドさんから詳しく説明され、一番印象に残っているのがこの方。ちなみに、フランス財務省の建物はこれに似せて作られている位美しい城。どこでも財務省は強いのです。アンリ2世の愛妾だったのですが、後生の人にその美しさでフランスを支配した美女という本を後世書かれるくらい美しかったそうです。しかも、アンリ2世より19歳年上。

ガイドさんの説明によれば、素肌は透き通るような白い肌で、年をとってからも老けなかった。フランス革命のとき墓が暴かれたのですが、遺骸でさえ美しかったと言わせる方です。どういう女性なんだというのが、そのときの感想。

それと対比されるのがカトリーヌ・ド・メディシス。ポワチエ、カトリーヌ、アンリ2世はある時期ここで一緒に暮らしていた。そのためシュノンソー城にはポワチエだけでなく、カトリーヌの肖像も飾ってある。しかし、ガイドさん曰く「やはりカトリーヌの肖像は人相が悪いですよね」。そこまで言うか。しかし、絵に描かれているカトリーヌは、確かに人相は良くなかった。まあ、ポワチエがアンリ2世の寵愛を受けるものだから、呪いを掛けてやろうと、占い師と色々と儀式を行ったようなので、後の人にそう言わせてしまうのかも知れません。その後、カトリーヌの歴史に残るような行いのためともいえますが。

ポワチエの美しさの秘訣は何だったか。以前、「世界不思議発見」で彼女が紹介されていたときは、規則正しい生活をし、食事にも気を付け、良く体を動かしていたことが紹介されていた。やはり美のためには基本が大切なのですね。とりあえず私はジムに行き筋トレします。

しかし、彼女の死因は美容のために飲んでいた「金のエリクサー」。それがなかったらさらに長生き出来たでしょうに。


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