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蝉が落ちていた。暑さで落ちたのか、寿命を全うしたのか分からない。ただ、足を引っ込めて抜け殻のように転がっていた。動かすと乾いた音がする。此奴が本当に煩く鳴いてた時があったのだろうか。とても不思議な気分だ。

人の事を忘れる時、まず先に失うのは声だと聞いた。昨年亡くなった人の、声だけを忘れまいと必死に思い出す事を何度も挑戦したがもう朧げだ。容姿や、どんな歩き方をする人だったか、どんな笑い方をする人だったかと言った事は、まだ鮮明に思い出せる。覚えようとしていなかったのに、だ。とても声に特徴があった気がするのに、声はすぐに出てこない。どんな風に話しかけてたか、は覚えているが声が再生されない。これは他の生き物にも同じ事が当てはまるのだろうか。

蝉について、私は夏には喧しい、早く黙ってくれと思っているが他の季節に彼らの声を思い出す事が出来ない。春になって、梅雨に入って、これから蝉が煩くなるんだろうなぁと考えはするがどう煩くなるかなんて憶えていない。姿すら憶えておらず蝉が落ちている事も、その姿を見るまでは去年も見たな、なんで思いつきもしない。

私だけなのだろうか。それとも。

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