【CQ×TRAPOL】北海道・弟子屈町。アイヌ民族の精神性に学ぶ、自然に「いてほしい」と思われる人間のあり方【弟子屈ツアーレポート後編】
ゼロカーボン社会を目指し、行動変容を呼びかける『CQプロジェクト』は、ローカルフレンド(現地の人々)と出会い、現地に溶け込むような旅を提供するサービス『TRAPOL(トラポル)』とコラボして、環境課題への価値観を変える「サステナブルツアー」を企画・開催しています。
今回は、前編に引き続き、サステナブルツアー第3弾で訪れた北海道「弟子屈町(てしかがちょう)」での2日間を振り返ります。
ツアー2日目:弟子屈の自然を肌で感じ、アイヌの歴史に触れる
■カヌーやスノーシュー、弟子屈の自然を楽しむアクティビティに挑戦!
2日目は、いよいよツアーのメインイベントの1つである、アクティビティに挑戦してきました。
「屈斜路湖畔(くっしゃろこはん)スノーシュー」「釧路川源流カヌー」「硫黄山麓スノーシュー」の3つのコースに分かれ、それぞれ体験を楽しみます。
この日は、快晴の多い弟子屈町では珍しく、大雪が降っていました。降り積もる新雪のなか、アウトドアのプロであるインストラクターの方々の話に耳を傾けながら、弟子屈の自然に入り込んでいきます。
・屈斜路湖畔スノーシュー
「屈斜路湖畔スノーシュー」コースでは、スノーシューと呼ばれる雪の上を歩くための道具を身に着けて歩き、針葉樹林を抜け、屈斜路湖に向かいました。
北海道の雪はふかふかと柔らかいパウダースノウのため、通常の靴では一点に体重がかかってしまい、雪のなかに足が沈んでしまいますが、スノーシューを身につけることで、沈むことなく歩いていくことができます。
弟子屈の自然をよく知るインストラクターの皆さんは、歩きながら、森に生えた草木のことや、そこで暮らす動物たちのこと、そしてアイヌの歴史などについて詳しく教えてくれました。
こうして自然のなかを歩いていると、植物や動物は過酷な環境を生き抜いていくための「機能」だけを追求して、この美しい世界を形作っていることに気が付きます。
「人間はものを作るとき、『デザイン』と『機能』を分けます。でも、機能だけが追求された動物や植物がこうも美しいということを目の当たりにすれば、人間はまだまだ成長過程であると気がつけるのではないでしょうか」
普段は目にすることのできない弟子屈の美しい自然をかき分けながら、その細部にまで目を向けたことで、そんなインストラクターのお話が納得感を持って、心に響きました。
・釧路川源流カヌー
釧路川源流カヌーでは、2人1組でカヌーに乗り込み、湖から釧路川源流にかけて渡っていきました。
大雪の影響もあり、視界は真っ白。すべてが白銀に覆われる世界を、カヌーで抜けていく体験は、ツアー参加者のみなさんにとっても衝撃的なものでした。
湖の表面は薄く凍っていて、あたり一面雪化粧に染まっていたため、地面に生えた植物の様子や水面の下は見えません。
しかし、この地をよく知るインストラクターがときどきカヌーを止めて、普段の釧路川源流の様子について教えてくれました。
お話を聞いていると、まるで本当にその景色が見えてくるかのよう。雪の下にどんな世界が隠れているのか、そんなことを想像しながら見る風景も、また趣があります。
・硫黄山麓スノーシュー
現在も火山活動を続けており、火山ガスが絶え間なく吹き出す「硫黄山」の麓でもスノーシューを楽しむことができます。
雪が降りしきるなか、インストラクターの歩いた足跡を辿るように、みんなで一列になって、歩いていきました。
インストラクターは、森を見渡しながら、アイヌの狩りの文化についても教えてくれました。
「アイヌ民族のなかで、もっとも尊敬される人はどんな人かわかりますか? それは、狩りで獲物をたくさん捕れる人なんです。そして、そんな獲物を仲間に分け与える人が1番リスペクトされるんです。
逆に、たくさん獲物を捕れたとしても、それをシェアせず、独り占めにする人はもっとも軽蔑されるんですよ」
たとえ狩りの腕が達者でも、獲物を「所有」する人は軽蔑され、「共有」する人は尊敬されるというアイヌ民族のあり方は、現代を生きる私たちも見習わなければならない精神性だと感じます。
■ランチは地元の人気カフェ「THINK'A」へ
ランチタイムは、地元でも人気のドーム型のカフェレストラン「THINK'A(シンカ)」で、ヴィーガン仕様の季節の野菜プレートをいただきました。
「進化する」「think=考える」「深考」の3つの言葉から由来しているという店名には、当たり前を見直し、新たな価値を見出してほしいという想いが込められているそうです。
動物由来のものを一切使っていないというランチプレートは、それぞれの野菜の旨味が最大限に引き出されており、素材そのものの味わいや食材ごとの異なる食感を、じっくりと楽しむことができる一皿でした。
食後は、参加者全員で輪になって集まり、アクティビティで体験したことや、そこから感じ取ったことを話し合いました。
「カヌーでは、川の流れの一部になった気分で、これまでに見たことのないような自然を間近で感じることができました」
「何万年もかけて繁栄してきた自然を、人間がたった数百年で破壊してきたのだと思うと、その事実に圧倒されました」
「スノーシューを通じて、五感をフルに使うことができたと思います。歩き終わったあとに、すごくおなかが空いて、山の中にいる鹿を食べたいと思った自分に驚きました。いつもは、おなかが空いたら、すぐにコンビニに行ったりウーバーイーツを頼んだりするけど、自分の手で狩らないと食べ物が手に入らない世界にいるのだと実感しましたね」
当たり前に送っている都市生活から一歩踏み出して感じた、弟子屈の自然の厳しさと美しさ。アクティビティを通じて、参加者の心に「自然へのリスペクト」が芽生えつつあることが感じ取れました。
帰り際、お店の隣にある温熱を利用したビニールハウスに案内してもらいました。こちらのビニールハウスでは、地下から湧き上がる温泉の熱で温めた不凍液を使い、土を保温しているのだそう。
外は雪が降っているのにもかかわらず、ビニールハウスのなかは暖かく、レタスなどの葉物野菜が生い茂っている様子が見られました。
■宿屋・丸木舟でアイヌの族長 アト゚イさんによる講話に耳を傾けた夜
2日目の夜は、ツアー参加者全員が心待ちにしていたアイヌの族長・アト゚イ(アトゥイ)さんによる講話を聞きに、アト゚イさんが運営する宿「丸木舟」を訪れました。
部屋の中には、アイヌに関する資料や楽器、民芸品などが飾られており、その厳かな雰囲気に参加者全員にやや緊張感が漂います。
そんななか、アイヌの族長であるアト゚イさんが登場しました。アト゚イさんは、アイヌ民族の多い釧路に生まれ、アイヌ人である母親に育てられたのだそう。
その後、小学校に入学した彼は、アイヌの出自を和人から差別されることに我慢ができなくなり、学校に通うのをやめたといいます。
現在は、アイヌ民族の歴史を継承する事業を行いながら、作曲家・作詞家として「アイヌ詞曲舞踊団モシリ」を設立し、現在も活動を続けています。
そんなアト゚イさんが教えてくれたのは、日本にも深く根付いているアイヌ民族の歴史と、その根底に流れる精神世界のお話でした。
アト゚イさんによると、アイヌ民族は「カムイ」と呼ばれる、日本でいう「神」や「仏」と呼ばれるような存在を信仰し、そんなカムイと人間が関わり合うことで、この世界は成立してきたのだといいます。
植物や動物、火や水など、この世のすべてのものにカムイが宿っているのだというアト゚イさん。
土地も食べ物などの資源も、すべてはあくまで「カムイからお借りしているもの」という考え方が基盤になっているからこそ、アイヌ民族には「所有」の概念がないのだそうです。
大自然にお邪魔させていただき、カムイからお借りしているものをみんなで大切に分け合う。アイヌのそんな精神性は、約1万年間続いた縄文時代を、戦のない平和な時代に築き上げました。
「アイヌ民族が持つ『(数字や証明では)測れない世界』を大切にする精神性は、科学では証明できない部分も多い。
けれど、そんな見えないもの、測れないものを大切にしてきた我々は、結果的に自然を尊び、守ることができてきました。快適さや利便性、有用性など測れるものだけを追い求めると、環境は破壊されていくのです」
都市生活を生きていると、数字や肩書、データなど、決まりきったものでしか世界を見ることができなくなるときがあります。
そんな私たちに、アト゚イさんはアイヌ民族の精神性を通じて、世界を新たな視点で見る方法を教えてくれました。
■夕食は、アイヌ食文化を体験!
アト゚イさんのお話を聞いたあとは、アイヌの食文化を現代の食材で表現した、アイヌ創作料理を頂きました。
エゾシカの肉を使った「野生丼」や、北海道の山々で採れた貴重なギョウジャニンニクを使った「コタン丼」、牛乳スープを味わえる「ホワイトラーメン」など、他では食べられないさまざまなアイヌ料理を楽しむことができました。
■食後は、アイヌ詞曲舞踊団モシリによる「モシリ・ライブ」を楽しみ、魂をゆらすひとときを過ごす
アイヌ体験の最後を締めくくるのは、アト゚イさん率いるアイヌ詞曲舞踊団モシリによる「モシリ・ライブ」です。
アト゚イさんが作詞・作曲したアイヌ音楽を、アイヌ詞曲舞踊団モシリの皆さんが歌や踊りで表現し、大迫力のパフォーマンスを披露してくれました。
アイヌ詞曲舞踊団モシリのパフォーマンスに込められていたのは、「人間と自然との共存」を願う熱い想いでした。
「人間は自然にとっていなくなっても構わない存在。だからこそ、自然に“いてほしい”と思われるような人間でありなさい」
曲の歌詞に含まれていたそんなメッセージは、参加者の心を強く打ちました。人間が人間にとって心地が良い状態を作り上げたことによって、巻き起こってきた自然破壊や気候変動の数々。
自然を所有しているかのように振る舞う私たちですが、自然側の視点に立てば、そんな私たちは必要とされていない。
すべてのものに「カムイ」が宿っているというアイヌの精神性を知ったからこそ、私たちに突きつけられた課題と現実を目の当たりにするきっかけになりました。
ツアー3日目:弟子屈町の温熱利用施設へ訪れ、再生可能エネルギーについて学んだ最終日
■最終日は、弟子屈町の温熱利用施設へ
・弟子屈消防庁舎 地中熱ヒートポンプ施設
ツアー最終日は、弟子屈町内にある温熱利用施設に伺い、再生可能エネルギーの活用について学びました。まず訪れたのは、弟子屈消防庁舎です。
こちらの施設では、ほぼすべての冷暖房設備に「地中熱ヒートポンプシステム」を使用しているのだそう。
地中熱ヒートポンプシステムとは、地中にある「熱(ヒート)」を「くみ上げる(ポンプ)」装置のことを指し、わずかな電力で地中熱を組み上げ、通常の使用電力の約3〜4倍のエネルギーを作り出すことができます。
地中熱であれば、弟子屈のような気温が低い地域でも、外気温の影響を受けることなく、エネルギー源を供給することができ、資源も枯渇することはありません。
さらに、化石燃料を直接的には使用しないため、運転時にはCO2を排出しないという、地球に優しいクリーンエネルギーです。
弟子屈町役場庁舎
続いて訪れたのは、弟子屈町役場庁舎。こちらの施設では、温泉熱を利用した暖房設備が使われています。
役場付近に2つの温泉を引いているため、周囲の道路からは温泉の湯気が上がっており、すこし不思議な風景。
2つの温泉は、役場の地下にあるタンクに溜め、温泉熱によって温めた真水を施設内の配管に通すことで、部屋の温度が保たれているのだとか。
温泉水をそのまま使用すると、温泉水に含まれるミネラル成分が配管の中で結晶化し、つまりや破損の原因になるため、真水に熱を移動させることで暖房利用を可能にしているのだそうです。
放っておいても湧き出し続ける温泉の熱を、こうして暖房に使用することは、まさにエネルギーの「地産地消」。
温泉資源の多い弟子屈町だからこそできる、サステナブルなエネルギー活用は、地域の魅力をさらに底上げしているように感じました。
■ランチは、JR摩周駅前にある食堂・喫茶「ポッポテイ 」へ
旅の最後の食事は、JR摩周駅前にある食堂・喫茶「ポッポテイ 」に伺いました。北欧風のあたたかみ溢れる店内では、弟子屈産の食材が使われた地元グルメを味わうことができ、多くの観光客が、旅の疲れを癒やしにこのお店へ訪れるのだそうです。
オーナーの想いがこもったおいしいランチを食べながら、今回の旅の思い出を語り合いました。
■3日間のツアーが終了!女満別空港で解散
3日間のツアーもいよいよフィナーレ。
サステナブルツアーは毎回違ったメンバーが集まり、ローカルフレンドと親睦を深めます。2泊3日という短い時間でありながら、さまざまな体験を共にした参加者同士には、名前のつかない繋がりが生まれました。
一期一会の出会いだからこそ、旅が終わり、「またね」と手を振る瞬間の寂しさには、なかなか慣れません。
アイヌの歴史が教えてくれた「自然にいてほしいと思われる人間」になるために
これまで脱炭素プロジェクト「CQ」では、人々の行動変容を促すために、そのきっかけとなるさまざまなヒントを、取材を通じて発信してきました。
そのなかで大きなテーマとして浮かび上がってきたのは、私たちの生き方に根付いてしまった「たくさんのものを所有することが良いことだ」という価値観です。
インターネットの発達によって、人々の暮らしが可視化され、新しいものを無限に欲する現代人の心理状態と、そんな気持ちに拍車をかける経済優先の社会の危険性は、以前インタビューした哲学者・近内悠太さんも教えてくれたことです。
では、そんな状態をどうすれば少しずつでも変えていくことができるのか。そのヒントが、今回訪れた弟子屈の自然と、アイヌ民族の学びにありました。
雪に覆われた森をスノーシューを履いて歩いている途中、インストラクターが教えてくれたことがありました。
「アイヌ民族が栄えた平和な時代が何千年も続いたのは、自然と共存するための工夫をしてきたからです。野生動物の狩り方や、山菜を採る量など、明確なルールはなくとも、自然を守る生活をしてきた。
それによって、人間が不便な思いをすることや、ときには命を落とすことだってあります。でも、それが本当に悪なのか、考えてみてほしいんです」
現代社会は人間の快適さや便利さが最優先で設計されているため、その裏で破壊されつづける自然に目を向ける機会は少ない。その結果、すべては人間のコントロール下にあると錯覚し、自然へのリスペクトがさらに失われていきます。
一方で、アト゚イさんが教えてくれたアイヌの精神性は「測れない世界」を尊び、すべてはカムイによってもたらされているものだという考え方でした。
測れない世界に目を向けることが、自然は人間の所有物ではなく、人間自身も自然の一部であり、私たちは大自然にお邪魔させていただいている存在だという意識を持つことに繋がった。そして、自然との共存を成立させてきたのです。
「所有」という概念がないアイヌ民族が、それぞれの能力を生かして得られたものを、シェアすることで、平和な共同体と自然との共生を実現してきた姿は、弟子屈の自然を構成する動植物が、それぞれの性質を生かしながら、厳しい自然を生き抜いている姿と重なりました。
私たちはアイヌ民族のようにはなれなくとも、せめて弟子屈の自然のように人の手が入らない地球の様子を目の当たりにすることが、自然へのリスペクトへと繋がるはずです。
そして、自然を人間の手でコントロールするのではなく、自然のありたい姿の邪魔をしない生き方を始めるきっかけになるのではないでしょうか。
森の中で生きている動物も植物も、非常に賢い存在ですが、それぞれにできないことや、欠点があります。それは人間も同じです。
私たちは生きているかぎり、完璧な存在にはなれない。けれど、自然を想い、日々の小さな習慣を変えることはできます。
そんな気づきと小さな積み重ねが、アト゚イさんのいう「自然にいてほしいと思われる人間」になるための1つの方法なのではないでしょうか。
(取材・執筆=目次ほたる(@kosyo0821)/編集=いしかわゆき(@milkprincess17)/(撮影=深谷亮介(@nrmshr)、ツアー参加者提供)
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