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早すぎたオルタナティヴR&BとしてのUtada

3月29日(金)発売のDU BOOKSの書籍「オルタナティヴR&Bディスクガイド」に寄稿しました。2010年代以降のR&Bやその影響下にある作品約400枚のレビューを中心に、SZAFrank Oceanのインタビューの翻訳、コラムやaimiのインタビューなどが収録された一冊です。私は作品24枚のレビューのほか、ラップと歌の境界線についてのコラムを書きました。

「オルタナティヴR&B」という言葉はかつてはネオソウルに対して使われていましたが、2010年前後からFrank OceanやThe Weekndのようなインディロックやアンビエントなどと合流した越境的なR&Bに対して使われ、浸透していきました。今回の本ではその両方の文脈を汲みつつ、さらに異なる文脈も取り込んでオルタナティヴR&Bの新たな地図を描いています。

Frank OceanやThe Weekndなどのスタイルは、オルタナティヴR&B以外にも「ヒップスターR&B」や「インディR&B」、「PBR&B」など様々な言葉で紹介されてきました。そこにカテゴライズされたアーティストはそれぞれ異なる個性を持っていましたが、ムードや要素に共通点をいくつか発見できます。だからこそオルタナティヴR&Bが2010年代に大きなムーブメントになりました。

これらのスタイルのルーツや先駆けとしては、Aaliyahの諸作やJanet Jacksonの1997年作The Velvet Ropeなどがたびたび挙げられます。越境的な要素や浮遊感のある音作りと歌い方は、確かに後のTinasheなどの試みと確実に繋がっているものです。また、私は以前書いたこちらの記事でThe-Dreamの影響を指摘しました。

しかし、それ以外にも2010年代のオルタナティヴR&Bに繋がるような動きは以前から散見されていました。例えばOmarionが2005年にリリースしたシングル「Ice Box」での神秘的なムードとエッジーなシンセの響きは、今聴くとオルタナティヴR&Bっぽく聞こえます。同曲をプロデュースしたのはAaliyah作品の重要人物だったTimbaland。さらにOmarionは後にオルタナティヴR&Bの代表的なアーティストとして人気を集めたJhené Aikoと元レーベルメイトであることを踏まえると、1990年代のAaliyahやJanet Jacksonと、2010年代のオルタナティヴR&Bを繋ぐ中間点として振り返られるべき曲のように思います。

そして、「Ice Box」の少し前にTimbalandをプロデューサーに迎えて、オルタナティヴR&B的な路線に挑んでいたのがUtadaです。2004年のアルバム「Exodus」には、「Exodus '04」などでTimbalandが参加。その制作曲での凶悪な低音や神秘的なシンセが効いたサウンドには、後のオルタナティヴR&Bと通じるダークな魅力があります。また、Timbaland制作曲以外にもエレクトロニックで先鋭的なビートが詰まっており、全体的にオルタナティヴR&Bとして聴けるような作品に仕上がっています。今年でリリース20周年を迎えますが、今聴くとかなり興味深い作品です。

また、2005年発売のゲーム「キングダム ハーツII」の主題歌に起用された宇多田ヒカル名義の「Passion」は、2006年に同作が北米で発売された際にUtada名義の英語詞バージョン「Sanctuary」としてリメイクされています。制作時期が「Exodus」と近いこの曲も、やはりこれもオルタナティヴR&B的な要素のある曲です。アンビエント的な浮遊感はFrank Oceanっぽく聞こえ、唸るギターの導入は初期The Weekndのように聞こえます。2010年前後には人気ゲームの主題歌ということもあってサンプリングネタとしても好まれましたが、オルタナティヴR&Bの隆盛と時期が重なっていることはかなり興味深いです。

その後Utada名義では、2007年にNe-Yoのシングル「Do You」のリミックスに参加しています。この曲はオルタナティヴR&Bというより比較的ストレートなR&Bです。そして、2009年にはUtada名義での2ndアルバム「This Is The One」をリリース。同作ではNe-Yo作品で知られるStargateが6曲、The-Dreamの盟友でFrank Oceanを発掘したTricky Stewartが4曲を手掛けています。

当時のアメリカのメインストリームに接近したポップなサウンドで、オルタナティヴR&B的な聴きどころはあまりありませんが、アメリカ版のボーナストラックには「Sanctuary」が収録されています。同曲はそれまで配信・CD化がされておらず、この後に「Sanctuary」ネタの曲が出てくることを踏まえるとこの収録は重要なトピックです。また、坂本龍一ネタの「Merry Christmas Mr. Lawrence – FYI」は、非ヒップホップ/R&B文脈からの引用も好むオルタナティヴR&Bと姿勢的には通じるものがあります。

宇多田ヒカルがUtadaとして残した2枚のアルバムは、どちらもオルタナティヴR&B文脈と関係のあるプロデューサーを起用したものです。影響が語られる機会は現時点では確認されていませんが、特に「Exodus」はサウンド的にもオルタナティヴR&Bの先駆けと言える作品だと思います。オルタナティヴR&Bディスクガイドに掲載されている作品と並べて聴き直すことで、また魅力的に聞こえるはずです。本とあわせて是非。

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