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伊坂幸太郎・著『終末のフール』を読んで

伊坂幸太郎は発刊順に読んでいる作家の一人。今回は最近になって実写化された『終末のフール』。


本の情報

著者: 伊坂幸太郎
タイトル: 終末のフール
発刊年: 2006年

概要

8年後に小惑星衝突で人類が滅亡すると宣告されてから5年が経過。本書は3年後に迫った世界の終わりと向き合う、とあるマンションの住民たちを描いた8つの連作短編集である。

各編レビュー

『終末のフール』


周囲を蔑み息子を自殺に追いやった父親と、そのことで確執のある娘の再会。香取の"フール"は作中の主役でもかなり根深く、自身も魔物のような罪悪感に苛まれていた。

"許し"への道は決して平坦ではない。簡単に退治できる魔物なら魔物でもないだろう。「せいぜい頑張ってよね」「簡単には許しません」とは、辛辣に見えて懐の深いセリフだと思う。

この話は、造形面の覇気のなさで最も損をしている気がする。もう少し筆致に力感があれば、最終章に描かれた彼らがもっと劇的に映りそうなものだが。

『太陽のツール』


優柔不断な冨士夫が妻からとっくに諦めていた妊娠を告げられて、産むかどうか悩むというもの。なかなか答えを出せない彼の視界を開いてくれるのが周囲の存在だ。

先天的な重い障がいを持った息子を持つ元サッカー部主将は将来を気にかける必要がなくなった"大逆転"のせいで幸せそうだし、妻のバイト先の店長も不可能に挑戦するバイタリティ溢れるタイプだ。

小惑星の衝突という不条理を受け入れるかどうか「試されている気がする」と考えた主人公の回答は、本書に流れる"足掻き"(反抗)のテーマを前話より明確に示している。

『籠城のビール』


立てこもり事件の過剰報道により妹が自殺した過去を持つ辰二が兄と共にアナウンサーの家に、復讐のために立てこもる。

クライム系は著者の持ち味の一つだが、今回はあえて排除しているサスペンスやスリラー要素の名残のような構図だ。そして意外な食卓の意図が発覚し、彼らも意見を翻すというもの。

『終末のフール』は"簡単に許しません"という愛の入る余地のある話だったが、こちらは絶対に許せないからこそ「生きろ」といったニュアンスだ。どちらにせよ、ベタなのだが。

『冬眠のガール』


『新しいことをはじめるには、三人の人に意見を聞きなさい』 というビジネス書の文言に影響された美智が、「尊敬している人」と「理解できない人」を訪ねて話を聞くというもの。

世界の終わりを一緒に過ごすボーイフレンドを探すという前向きな反抗。憧れだった同級生の少年の話はほろ苦い青春譚だが、著者がより描きたいのは元家庭教師との対話ではないか。

美智が親が自分を置いて死んだことを、「許す」「許さない」の次元で考えていない点がまた一味違う。後に浮上する「人生という山」を登る気概を最も鮮やかに体現している力強い女子だ。

『鋼鉄のウール』


正気を失った親を持つ少年がボクシングジム通いを再開するというもの。『別の作品の取材で訪れた、キックボクシングジムの見学から生まれた』話のようで、練習風景が生き生きと描かれている。

『明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?』

苗場の放つこの鋭い問いかけに、多くの読者が本書の真髄を見るのではなかろうか。"やるべきこと"がある人は世界の終わりだろうが変わらないという厳しさとおかしみの混在への敬意を感じさせる話。

『天体のヨール』


かつて妻を殺した男への復讐を果たした男が、大学時代の友人を訪ねてその心を見透かされるというもの。

天体オタクの二ノ宮は小惑星への興味が恐怖を優ってしまい、この状況を楽しんでいる。作中もっとも"勝ち組"タイプだ。前話同様、打ち込めることがある人のタフさが打ち出されている。

村上春樹からの影響を一際感じさせる話。含みのある幕切れにしても、他のエピソードとは一線を画した厭世観。逆にいうと全体の根底におけるその欠落が両者を決定的に分けているように思う。

『演劇のオール』


インド人俳優の影響から演劇を志した倫理子は、親のない兄妹を引き取り、犬を飼い、ボーイフレンドもでき、気の合う老婆とも交流を深めながら、独自のコミュニティを形成していた。

マフラーの件を皮切りに、『太陽のツール』同様に"どっちが正解なのか"という葛藤が浮上するが、今回は"どっちも正解"と率直に回答されている。

全編の中でも一際牧歌的なタッチのエピソードである。特に終盤で彼女の関係者が一堂に会する場面は、いかにも著者らしい"演劇"的な展開。

『深海のポール』


レンタルビデオ店の店長が、この非常事態に乗じて長期間延滞をしている客の家に押しかける。これまでの登場人物が随所で描かれる総括的な要素を孕んでいる。

よって、じたばたしつつ「とにかく、生きろ」という力強いメッセージが、複数の人物を介して発せられる。とりわけ、今回数少ないエキセントリックな造形を効かせた渡部の父親は全体の焦点となる存在。

こうした人物を描いている著者には時たまナルシズムを感じさせるが、親子で言動の反復までやっていて、その趣きがいつもより濃厚な印象。

総括


世界の終わりになっても、父親という存在が子世代に良くも悪くも重くのしかかる。そこを執拗にフォーカスするのが男臭い伊坂ワールドなのだ。今回の主人公も男女比6:2と概ねいつも通り。

今回は従来の持ち味であるサスペンスやスリラーの要素を排して面白い話を書くことを目指した挑戦的な作風のようだ。アイデアは、作中にシグナルとして現れている"演劇""ビデオレンタル"に由来するのかも知れないし、それは至って堅実な線だと思う。

また、エキセントリックな人物造形が今回は減退気味なのが少々寂しいところ。これでは登場人物の精彩が昭和親父に食われてしまう。

一方で、登場人物の設定を活かして各エピソードをほんのりリンクさせる面白味は順当に円熟していると思う。伊坂幸太郎の中では目立った存在ではないがが、確かな前進を見せている。

なお、各章のタイトルに現れているように作者の捩りセンスもやや終末的である。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。

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