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最高の刺し身は釣り船の上で

 小学生の頃、夏休みになると叔父が海釣りに連れて行ってくれた。その時食べた刺し身の味を今でも鮮明に覚えている。大人になって、様々な刺し身を食べてきたが、このときを超える味に出合っていない。

 その日は、愛媛県のとある漁港から叔父さん、私、弟の3人で乗り合い船に乗り込み、朝早く出発した。客は各自、米と野菜を持参することが条件になっていた。沖に出ると、早速竿を出し、小エビを針に刺して海に落とす。おもりが海底に着くと少しリールを巻いて糸ふけを取り、竿をゆっくり上下させて当たりを待つ。8月の日差しはまだそれほど熱くなく、むしろ海を渡る風が心地良い。

 ほどなくしてコツコツという当たりが糸と竿を通して手に伝わる。早くも魚が集まってきて、餌を突っつき始めたようだ。ここで慌ててはいけない。竿先がぐっと引っ張られるような感触が来るのまで息をひそめて待つ。

 今だ!竿を鋭く上げて、魚に針を喰わせる。すぐに、竿先が大きく曲がり、魚が海中を走り回る。それがブルブルという振動になって手に伝わる。死に物狂いで逃げようとする魚に負けじと、リールを巻く手に力が入る。水面に姿を表したのは、鮮やかな色のベラだ。針を外して、クーラーボックスに放り込む。前の年にもこの魚を釣っていたので、派手な見た目と裏腹に塩焼きにすると淡白な味で意外においしいことは知っていた。

 数時間すると、青く輝くサバや表面がやすりのようにざらざらしたウマズラハギ、赤茶色のメバルなどでクーラーボックスがいっぱいになった。日が少し高くなったころ、船頭が客の釣った魚を回収していった。釣れたてを船頭がその場でさばいてくれるのだ。程なくして、皿に並べられた刺し身、そして炊きたてのご飯とニンジンやタマネギの入ったみそ汁が運ばれてきた。

 透明感のある切身に醤油をたらし、口に含む。舌にねっとりと絡みつくような食感の後、経験したことのない甘みが口いっぱいに広がった。歯をしこしこと押し返す弾力も心地よい。「魚ってこんなにおいしいんだ」。驚きだった。小学生の舌にも、母がスーパーで買って食卓に並べる刺し身とは明らかに違うことは理解できた。

 それまでは、どちらかというと魚よりも牛や豚の肉が好きで、夕飯の食卓に焼き魚などが並ぶと少しがっかりするタイプだった。もちろん、早朝から不安定な船の上で、釣竿を上げ下げしては魚と格闘して昼時には十分に空腹だったし、夏の潮風と明るい太陽が絶妙な調味料となり、刺し身の味を実際の何倍にも良くしていたことは間違いない。それでも、船の上で食べた刺し身の味は、小学生の魚に対するマイナスイメージを変えるのに十分だった。

 釣ったばかりの新鮮な魚は、まさに命を食べているという感覚であり、子供ながら自然の力に厳粛な気持ちになった。釣り船の上で食べる刺し身はこの一回限りだったが、その後も叔父とは何度も釣りに行き、釣った魚を叔父の家でその日のうちに叔母が、刺し身やから揚げ、つみれ汁、鯛めしなどに調理してくれた。普段はそれほど好きではない魚も、その時ばかりは腹いっぱい食べる。やはり新鮮な魚はどれも感動するほどおいしい。海のない埼玉県で育った私にとって夏休みだけの貴重な経験だった。いつか私の子供たちにも同じような刺し身の味を体験させてあげたいと思っている。

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