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SS『理想郷の中の傍観者』

【大学の課題】
 絵を見て情景描写。創作要素可。

 理想の暮らしの中で生きることはなによりの幸せだろう。現実生活はつらいとしても、この中に入れば自分が理想とした、そして思い通りにできる世界で生きることが出来る。
彼らの要望通り、山の中のおしゃれな林檎農家というセットを提供した。セットの中では空はどこまでも青く、雲は真っ白で、透き通った空気が彼らを包む。雨は降らないが、水の心配はいらない。汚れを感じさせない真っ白なエプロン、皮の紐のついたブーツ、細すぎる梯子が何よりの証拠ととなりえるだろう。
きっと、あの大きさの鳥に林檎は運べない。
収穫した林檎をかじる屈託のない男の子の笑顔から、ここでの理想的な生活をこの上なく楽しんでいることがわかる。それを叱ることはこの母親にとっては幸福な一ページであり、手のかかる子供は愛おしい存在なのだ。
彼らの汚れのない服は上等なもので、靴には泥一つついていない。
木の周りには、その木からは取れない量の林檎が入った袋が置かれている。パンパンに膨れたそれらはやはりこれが想像のワンシーンということを表している。けれど、それでこそ彼らには幸せの形だったのだろう。
理想的な暮らしの中であの少女は何を思い悩んでいるのだろう。不満に思うことなど何一つない。親が理想としたセットでは満足できないというのだろうか。それとも、根本的にこの制度を嫌いとでもいうのだろうか。
生まれた時から目覚める必要などないのに。

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