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散文『街路樹と換気扇』

 空回りする換気扇を眺めていた。風に吹かれて回るだけの存在はもう何十年もそこにいるらしい。粉のような雪が申し訳程度に降っている。久しぶりにここら辺で降ってみようか、なんて思っているかのように少しずつ、微かに舞っている。

 雀が小さな鉢に植えられたというのに大きく育ってしまった何らかの木に留まった。私にとってそれがなんの木であるかは関係ない。ただ、そこには木があって、窮屈そうに生えているのが心地よかった。

 ふーっと息を吐いた。

 電柱に巻かれている黒と黄色の何か。名前は知らない。役割もぼんやりと分かるぐらいのそれは、どうしてだか私の目を奪う。
 タクシーが一台止まって、白いコートを羽織った女性が降りてくる。ヒールは何センチかわからないけれど、高くも低くもなくスタスタと歩いていく。

 私はなぜ、ここで待っているのだろう。

 赤く染まっているナンテンの葉を見て、何かを思い出したくなった。

 そもそも何を待っているのだろう。

 大通りとは違うこの道は限られた人しか行き来しない。私はアパートの窓からたまにこの街を見た。犬を連れた走る人をみると少しだけ違和感があった。でも、その違和感も含めてこの路地だと思った。

 小さな車輪を悠々と回しながら進む自転車の青年もきっと悩みがある。しかも、それは中身のないものでぐちゅぐちゅになるまで放っておくのがよい。

 誰が描いたかも知らないスプレーの落書きは、人生の導入部の一ページになっている。くだらなくて、どこまでも取るに足らない私を彩るのは、私の意思の及ばない場所だ。

 電話がなった。

 インターホンの音がした。

 急ブレーキ。

 ファンファーレ。

 私には関係の無い音がたくさん鳴っている。下町の小さなアパートの中、私は正方形の窓から空を見た。水色が広がっている訳でもなく、向かいの建物の頭の上にグレーの空が少しだけ見える。

 初めて自分のために書いた文章は、歪な形をしていて、死にたいで留まっていた。遺書になりきれなかった紙で飛行機を作って窓から投げた。

 ゆっくりと降りていく。

 黄色いスプレーの落書きと電信柱の何かと止まれの文字を過ごして、急に落ちた。カタカタカタと音を立てながら転がっていくのを追いかけるために部屋から出た。サンダルは私の足を申し訳程度に覆う。

 コートも着ていない体からは直ぐに熱が逃げていく。震えた。白いままの紙を拾い、私は死んでなかったんだって指先で感じた。

 空を見上げると、やっぱりフケのような雪が降っていた。

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