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短編 夢文学のなりそこない

夢文学(夢を描く)を書くという課題で書いたものです。これは却下にして、全て書き直したものもあるのでまたあげます!

 私は家の中にいた。ふと、玄関に向かう。木の香りを感じることはなくなった、見慣れた廊下を歩き、一段だけの階段を下りて靴下のまま土間に降りた。ひんやりとした赤土の床が私の骨を冷やす。ライトが付いた。
 ガラス戸は横開きで、鍵がかかっていた。それを開けるともう一枚ドアが現れる。網戸の役割をするそれは外側に木の枠組みに斜め下を向くように木がはめ込まれている。ルーバーというらしい。そんなドアをうち以外では見たことがないなってふと思った。母のこだわりを感じるそのドアを開けると、犬が入ってきた。外は夜だったのだと知った。茶色いミニチュアダックスフンドの名前はグレイスだと思いだした。彼は、手紙を持ってきた。ノートの切れ端みたいな紙にはなにやら私に向けた言葉が書いてある。いや、これは何かの会話だ。AとBと書かれていて、彼らの会話が記載されている。読み進めながら、そういえばこの子に餌をあげていなかったと思い、小分けの袋を開いてそのままあげた。
「ねえ、これってこうやって読むの?」
 そうグレイスに尋ねると餌を食べながら頷いた。これは、読み方を変えたら別ルートの話を読めるように作られているらしい。
 そこに何の脈絡かわからない言葉。飛び降りる少年。家出少年。
 ドアの外に人の気配を感じた。三メートル先にある門屋を出ると左手に山へつながる坂道がある。坂道っていうより山と言うべきか。そこは誰も使う人がいない場所で、雑草が生い茂っている。そこをランドセルを背負った少年が上っていく。その姿は、街灯に照らされて、うちの庭に大きく影を残している。その影の中に赤と黄色の色を見た気がした。
 彼は坂を上り切ったのか、私の視界からいなくなった。
 蔦に絡まれた門の前に人の気配を感じた。まだ人がいる。家の裏にも人がいることを確信した。
 飛び降りる少年。
 家出少年。
 あぁ、グレイスはこのことを教えてくれていたのだ。
 私は急いでドアを閉じて、鍵をかけた。両方とも。そうした瞬間、彼らが門の戸を開けたガラガラと盛大な音を立てて、門戸は開く。頭の中で彼らの動きを予想出来た。外側のドアを大きい体の男が開けようとしてがりがりする。なにか石のようなもので、木のルーバーを鳴らしている。開けられたら殺されてしまうだろう。体の大きな奴が一人、その手下のような少年が四、五人いる。
 グレイスがそっと言葉を出した。
「あいつは、あの時勃起して、おもらししてたやつだ」
 あぁ、そうだったか。何か聞いたことがあるな。そんなやつか。
「そんなんで覚えられるぐらいなら」
 主犯が暴れだした。さっきよりも強くドアを蹴る。ブチ切れているとはこのことだ。
 あちゃー、やばいなと、通報しなければと思い電話を取りに行く。リビングを抜け、階段の裏側にある受話器を取る。何番に電話をかければいいんだったか。必死でナンバーを押しているのに、間違えているようでかからない。
 そういえば、家族はどこにいるのだろうか。
 そうだ、一一九番? いや、一一〇番にかけなくちゃいけない。
 受話器の中から女性の声がした。コミュニケーションは取れている。「なんかやばいんですよ」と伝える自分は冷静であった。そして、向こうも緊張にかけていた。
 電話は繋がっている。
 あ、そうだ、トイレに行こう。私はずっと我慢をしてたんだった。
 電話が繋がっていた。あ、そうか、私は逃げないとだった。
 家を出た。似たような家が並んだ道に出た。そこはその場に住んでいる人しか車の出入りは出来ないような場所だ。道は広いが、行き止まりだから多くの人は用はない。いつもそこで小学低学年の子がボールで遊んでいた。今は、たくさんの救急車と消防車が並んでいた。突き当りにある白いアパートに向かって人々は不安げな顔をしていた。私はそこまで歩いて行った。消火される。火を見た気はしないが、消火活動中だと感じた。この人たちは私の通報でやってきたんだ。そう思ったとき、消防隊員の一人、しわの多いおじさん、仕事人っぽい五十歳ぐらいの男が私に向かって「言っただろ、俺らは本気だと」と言った。本気だったらしい。有難い話だ。
 私はまた歩き出した。そういえばいつの間にか明るくなっていた。朝だと思う。学校に行くために家に帰らないと。細い坂の途中にある二階建てのアパートに辿り着いた。これは私の家だとわかった。この空間だけ酷く日当たりが悪くて、影に埋もれていた。ドアの前まで歩いていた時、二つ隣りのドアの前に猫がいた。毛の長い茶色とも灰色とも言えない高貴そうな猫だと確認した時、その猫は抱きかかえられた。白いセーラー服を着た女の子は、私を見てうわーと言った。その声は非難ではなく、歓喜であった。私はこの子と友達だ。
「なんでよりによってこんな家に住むのさ、あぶないじゃん?」と私によって来る黒のセミロングは可愛かった。私もセーラー服を着ていた。
「今回学んだことを生かそうと思って、私が見たものを照明しようと思って……。信じようと思った」
 私の口から言葉がこぼれてくる。路地裏をこの子と一緒に歩くのは、私にとって当たり前で美しい時間であると知った。室外機の上に猫を置いて、明るい場所に向かっていく。あの坂を下りるときっと。
「ほラ、こっちの方が高さとかがいいとか、これから中古を見て考えれるでしょ?」
 私は、燃えてないようで燃えたアパートを思い出して話した。坂を駆け降りると海が見えた気がする。
「あそこの吹奏楽部、最近めっちゃテレビでコラボしてるよね。ライブばっかじゃん」そんなこといいながら、家と家の隙間を歩いている。縫うように歩いた結果、公民館のような場所に現れた。いや、体育館かもしれない。何らかの説明会をしている。地面に直接座る老若男女。大体三人ごとに座っている。何かがスクリーンに投影されている。
 ん? これはナイトスクープだな?
 ハリセンボンの春菜が出ていた。若かった。
 そんな夢から覚めた。

 部屋に一人でいた。何処の部屋かはわからない。ただその部屋にいることに恐怖はなかった。蝶々が迷い込んできた。穏やかな時間を打ち破ったのは携帯電話の着信音だった。
 私は電話に出た。
「この場所に来い」
 誰かも分からないけれど、電話の向こうの人はそういった。電話を切る。そして、その人は死んだ。死んだと思った。
 翌日、私は主犯と思しき人間と話をする機会を得た。頭の中で文面だけが浮かぶ。
 頼んだ殺人サイトは、頼んだ人と頼まれた人が死ぬんだよ。殺される相手は電話をかけてくるから、出たらだめ。
 要は使い捨てだよ。
 そんな夢から覚めた。

「ムラサキカガミのこと、覚えている?」
 私は親しい友達だと思う人に聞いた。顔も背丈も服装も何も覚えていないのだけど、私はこの人を大事な友達だと思った。でも、「え?」と言われたから、なんでもないと答えた。忘れている人に思い出させてはいけないなと思った。二月十八日、誕生日まではあと半年。
 そんな夢から覚めた。

 目が覚めた。変な夢を見たなと布団の中でうごうごする。頭の近くにあるはずのスマホを探すけれど無くて諦める。まだ朝じゃない。でも夜でもない。今日は何日だったか。何曜日だったか。たぶん土曜日。窓のカーテンはこげ茶だから光をほんのりとしか、通さない。でも、部屋が全体的に明かりがある。近所にある一つだけの街灯が私の部屋を照らしているのだ。
 布団はふかふかで私を包み込んでいる。抱き枕にしている熊のぬいぐるみはまるで生きているかのように心地よい熱を持っている。意識が薄れていく。体がもう眠りについたらしい。どこかから声が聞こえてくる。私の名前を呼んでいる。返事をしなければならないのに、もう声が出ない。首を動かすこともできない。私の後ろで喋っている人がいる。楽しそうだけど、何を喋っているのかは分からない。あぁ、私もそこに混ざりたいのに。
 そんな夢から覚めた。

 夜景を見ていた。ビル街の中のビルの屋上に座っていた。私の近くは、カップルと思しき男女が5組ほどいる。みんなは同じ方向を見ているようで見ていない。見つめ合っている。あぁ、今日は花火大会か何かがあるから私はここにいるんだ。空を見ていた。何処までも深いはずの夜は、このあたりだと白く明るいものであった。
 人がいるから怖くはない。私には相手はいないけれど、そんな私でもここにいていいはずだ。そうは思うが、彼らの邪魔をしないように端っこの室外機に腰かけた。
 いつの間にか私の横に女の子がいた。ショートパンツに黒いフードを被った十代後半の女の子。スタイルがよくて、私はいいなぁと羨ましく思った。白い脚はスラっとしていて、どこかの光が反射していた。
 どこかにお相手がいるのかな。
 迷うことなく、歩いていくからこの場所に詳しいのかもしれない。
 彼女は、ビルのパラペットにもたれながら話していたカップルの後ろに立ち止まった。
 気付いたら私の視界は赤かった。
 思い返すと、彼女の腕は伸びていたはずだ。一瞬だった。その腕でパンッと弾けた。
 彼女は歩いて、別のカップルのもとに向かった。うろたえる時間もなかった。
 パンッ。
 パンッ。
 恐ろしいほどに美しかった。
 そんな夢から覚めた。

 私は男だった。学校の廊下に立っている。もう夕暮れ時を越えていて、太陽は遠くに行ってしまった。電気はついていない。うっすらの光をまといながら、僕は何かに怒っている。目の前には体育座りで顔を伏せた少女がいた。僕は彼女に何かを言っていた。怒っているのはこの子にではなかったはずなのに。自分は回っていた。くるくると。視界が回る。僕は、一人、回っていた。
 そんな夢から覚めた。

 私は一人で座っている。真っ暗で明るい場所、真っ白で暗い場所、そんな場所だった。体があるという感覚はない。どこにも、何もない。いつから私はここにいるのだろう。そしていつまでここにいるのだろう、そんなことはどうでもよかった。
 私はなんとなく中学に通っていた頃を思い出した。あの長い坂道を泣きそうになりながら歩いた日々。行きたくない場所に行かないといけないのが人間なのだと頑張っていた。息が上がる中、好きな歌の歌詞を呟いた。あの時間はもう訪れなくていい。
 ふふふ、と笑いが漏れた。あの子に会いたい。満面の笑みを浮かべて私に駆け寄ってくれたあの小さな子。抱きしめたくなった。
 音のない世界だ。夢だと分かる。さっきまで見ていた夢に学校が出てきたから、中学生の時を思い出したんだな。
 今日は、月曜日のはずだから早起きしないといけない。起きないと。明るくなってきた、そんな気がした。あぁ、でもまだ寝ていたい。
 「あなたは唐揚げで言うパセリみたいなもんだよね」
 あの声が嫌いだった。まあもう関わりもないのだけれど。
 私の下には睡蓮が咲いていたのだと分かった。

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