The Jam / The Gift (1982) 感想
最高傑作
Paul Wellerのソロとしての最高傑作は「Wild Wood」ですが、キャリアを通じた最高傑作は誰が何と言おうとこの彼の最初のバンド、The Jamの6枚目にして最終作の今作です。
今作はパンクバンドとしてデビューしたThe Jamのバンドとしての成長、最初の全盛期を迎えていたPaulのソングライティングの質の高さ、そしてその後の歴史を考えた時に今日まで続くPaul Wellerの「変わり続ける男(The Changing Man)」としての矜恃が露わになった、一つの作品としてみても彼のディスコグラフィー的にみてもマイルストーン的な作品です。
奇跡的な過渡期
私が初めて聞いたCDにはなかった気がしなくもないのですが、少なくとも2012年の30周年記念盤は「いままで君が見てたものはモノクロだったけど、こいつはテクニカラー(天然色)だぜ」というナレーションから始まります。今作を体現している言葉だと思います。
つまるところ今作はPaul Wellerの脂が乗り、ロック/パンクの外へ幅を広げようとするソングライティングと、それを何とかThe Jamという3ピースのロックバンドの表現に落とし込もうと苦心した結果、図らずも幅広い音楽性とロックンロールとしての勢いを両立することに成功した、過渡期的なこのタイミングでしか作れえなかった傑作といえるでしょう。
演奏自体はあくまロックバンドとしてのフォーマット(ギター+ベース+ドラム+α)を保っているため、Paul Wellerが自分のやりたい表現をするうえでThe Jamに限界を感じて人気の絶頂にあったバンドを解散し、よりフレキシブルなユニットであるThe Style Councilを結成するに至った理由でもあります。まさにThe Changing Man。
24歳ってそりゃないでしょう
冒頭の"Happy Together"こそ挨拶がわりのビートの効いたロックソングでパンクバンドっぽさも感じますが(しかしコーラスワークが凝っていて一筋縄にはいきません)、以降は目まぐるしい音楽絵巻ウィズロックンロール風味です。
ソウルフルなバラード"Ghost"〜ワウの効いたギターがファンキー、かつパンキッシュな勢いもある"Precious"〜ソウルポップな小品といった趣の"Just Who Is The 5 O'clock Hero?"の前半で今作の音楽性の幅広さを見せつけたあと、インタールード的な"Trans-Global Express"、"Circus"、カリプソ風!の"The Planner's Dream Goes Wrong"といった実験的な中盤を挟み、今作の経験を通じてかこれまでより表現力を増したロックソングが怒涛のように流れてくる終盤へ。今作はそんなフロウを持ったアルバムです。
特にラスト前"Town Called Malice"はソウルからの影響(モータウン、「恋はあせらず」なシャッフル!)と彼の得意とする底辺の人々の夢も希望もない生活を描いた歌詞をウキウキするようなロックンロールに乗せた、聴き手を泣き笑いそして踊らせる、名曲中の名曲です。この様々な異なる音楽への挑戦を経た上でのロックンロールな終盤があることにより、今作がロックバンドThe Jamの到達点であり、発展的解消もやむなしと納得できる構成の完璧さ。脱帽です。今作を作ったPaul Weller、当時24歳。恐ろしい子…。
オススメ曲
■ Town Called Malice
今作、そしてPaul Wellerを代表する名曲で、今日に至るまでライブの重要な箇所で演奏されています。夢も希望もない底辺の人々の生活を描いた歌詞は絶望的ですが、ウキウキするようなモータウン・ビートに乗って気づけば「パッパッパッパッパラッパ〜、パッパッパラッパ〜オ〜〜♩」と口ずさんでいる、そのコントラストがとにかくおもろうてやがて悲しき名曲です。
静かな生活を夢見ることなんて止めるんだ/それは僕らには縁のないものだから/そんな薔薇色の日々のために/走り去っていくバスを追いかけるのも止めてしまえ/自分がやったんでもないことを謝るのなんか止めるんだ/時間は一瞬で、人生は短い/変えるのは自分次第なんだ/この悪意という名の街では
街中が日曜日のローストビーフを信じて/生協に駆け込む/ビール代と子供のおもちゃ代のどっちを削るか/この悪意という名の街ではそれが一大決心さ
■ Precious
ワウの効いたギターがファンキーな、今作の多様性を象徴する曲です。ベースも頑張ってはいますが、直線的なドラムと合わせてファンクになりきれていないところと含めて。だからこそこの後のファンキーであることを心情とするThe Style Councilや手練れが揃うソロとは違うパンク的なアツさを兼ね備えた、とてもカッコいい曲に仕上がっているところも皮肉なところです。
■ Just Who Is The 5 O'clock Hero?
ソウル風の2分少しの小品ですが、今作随一の洒脱なポップスでこの時のPaul Wellerのソングライティングがいかにノリにノッていたかを証明する作品です。タイトルのとおり「5時に帰ってくるヒーロー」を描いた歌詞も泣けます。その昔この曲から取った5 O'clock Heroesというバンドがいましたが、すぐに解散してしまいました。
ダーリンただいま、帰ったよ/痛くて辛くて、クソまみれだ/とにかく疲れてるから落ち着く時間がほしいな/テレビの音が騒音にならないような部屋に住みたい
頑張って稼いだ給料も請求書とツケで消えていく/フィリップ皇太子は僕たち庶民にもっと働け!だってさ/買い物リストに線を引いて節約することが/生きるための闘争みたいだ
点数
9.5
The Jamはアルバム未収録のシングルを多数リリースしています。今作から解散までの間にも"The Bitterest Pill"と"Beat Surrender"という2曲がリリースされていますが、いずれもThe Jam史上屈指の名曲なところがまさにPaul Wellerがソングライターとして全盛期を迎えていたことを感じさせます。凡人の私は鬱になりそうです。
特にBernard Butlerプロデュースですか?と言いたくなるストリングスに彩られたソウルフルなバラードの前者は彼のキャリアを通じても"Town Called Malice"と一、二を争う名曲なので必聴です。これがアルバム未収録だなんて返す返すもPaul Weller(24)、恐ろしい子…。
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