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【短編小説】Millennium Babies

西暦2000年。
この年に生まれた僕達は
『ミレニアムベビー』と呼ばれた。
世界は僕達の誕生を
新しい世紀の始まりだと言って
お祭り騒ぎで歓迎してくれた。

同時に、西暦2000年は400年に1度の
特殊な閏(うるう)年ということで、
その年の2月29日の閏日を迎えると
多数のコンピューターが誤作動を起こし
世界各国で様々な問題が発生すると
各マスコミが騒いでもいたらしい。

結果としては、
直前にメディアで騒がれていたような
生活に直結するほどの大きな混乱は
一切起きずに終わった。

ただ日本人は、
その年を迎える瞬間を
新世紀の始まりと祝う一方で
冷静に足踏みすることを
決して忘れない人種だった。

1999年12月31日から2000年1月1日の
日付をまたがって運行するJRや私鉄各社は
全ての列車の運転を見合わせたり、
航空便はシステムの不備に備えて欠航し
年が明けてからの出発に変更したりした。

大学に進学して社会学を専攻し
この史実を知った僕は
我が母国ながら日本は
大変お行儀のよい国だと思った。


そして時は2020年、
僕は二十歳の大人になる。
あと10分すれば日付が変わり、
得体の知れないウイルスに侵された
とある世界の片隅の
家賃3万8千円のボロアパートで
僕は一人、誕生日を迎えることになる。

あのミレニアムベビーが
もう二十歳になったんだぜ?
ほら、あの時みたいに
お祭り騒ぎで祝ってくれよ?

なんて、このご時世ではもはや
そんな祝事なんて不謹慎で
僕の不要不急の要望など
誰も取り合ってくれないだろう。

行儀よい大人達は口々にこう言う。
「ずーっと家に居なさい、
感染してしまうのだから」
それは僕にとって
「生きるな」という強要と
同義になりえることを
自覚しているのだろうか。

大学の講義はリモート開催。
講義の冒頭10分は
システムの接続が上手くいかず
一人あたふたする教授を
ぼーっと眺める時間になる。

バイト先の居酒屋は休業になったので
四角いリュックを背負って街を走り
知らない家のドアの前に
冷めたビニール袋を置く毎日。
お客さんから「ありがとう」なんて
言われたことがない。

よくつるんでいた友達は
最近、師匠とかいう人の紹介で
怪しげなビジネスを始めたらしく
僕は関わるのをやめた。
いつかの飲み会で、
起業してタワマンに住むのが夢だって
酔っ払って話してくれた
あいつの熱い目が、僕は好きだった。


そして今夜は、サークルの飲み会だ。
これもまたZoomでの開催が恒例になったのだが
僕に言わせれば
こんなものは飲み会じゃない。

乾杯のジョッキをぶつかり合わせた時の
鈍い音と腕にくる重み、
溢れそうになった泡を慌ててすする
あいつのアホ面、
軟骨の唐揚げに紛れる
ただの衣の塊の油っぽさ、
中盤頃の枝豆の皿に
間違えて殻を入れた奴の犯人捜し、
1軒じゃまだ帰りたくないから
もう飲めないのに酒買い込んで
大人数で入るカラオケボックス。

あの光景の全てが愛しく輝いていたのに、
もうここにそれらは存在しない。

もうじき二十歳になろうという
僕にでも分かる。
あの時間や感情が、大人達が懐かしがる
いわゆる青春という
かけがえのない存在だったんだろう。

そんな虚しさを感じながら
10個の小窓が映るパソコンに向かって
缶ビールを飲んでいた。


スマホの時計が0:00を示し、
僕の誕生日当日を迎えた。
内心少し期待していた自分もいたが
飲み会メンバーの様子は相変わらずで
最近流行のYouTuberか何かの話が続いている。

興味のない話題を聞きながら
一人飲む酒もまずくなってきて
そろそろ退出しようかと思っていた時、
LINEの通知を知らせるチャイムが鳴った。

リサ『誕生日おめでと』

メッセージを確認後、
僕は視線をパソコンの画面の右上に移した。
そこには、僕だけに分かるよう
「おめでと」と口パクするリサがいた。

僕『覚えてたんだ(笑)ありがとね』
リサ『そろそろ退出しようと思ってたでしょ?』
僕『うん、まさに(笑)』
リサ『じゃあさ、一緒に抜けてさ、
今から遊びに行っちゃおうよ』
僕『え、今から?』
リサ『こんなパソコンばっか見て過ごしてたら
青春なんて一瞬で終わっちゃうよ?』

にやりと八重歯を見せ
右上の小窓から覗くリサは
大人になったばかりの僕を、
軽やかに夜の街に引っ張り出した。


お互い大学の周辺に下宿する二人は
Zoomの退出後、ものの10分で落ち合えた。
集合場所に向かうまでの道、
前まではよく行っていた
朝5時まで営業していた安居酒屋もバーも
どこもかしこも閉まっていて
街は静かな暗闇に包まれていた。

小走りで僕の元へ来たリサは
ゆるっとしたオーバーサイズのパーカーに
スキニーデニム、白いスニーカーを履き、
ビニール袋を手に下げていた。

「改めて、誕生日おめでと!
さてさて、大人になった今の気分は?」
リサはおどけた調子で僕の口元へ
マイクを模したこぶしを近づけた。
「気分も何も、こんなご時世だし
喜びも実感も特に無いよ(笑)」

目を閉じながら口をすぼめ、
うんうんと頷くリサは
目をパッと見開いて、
僕にこんな提案をしてきた。

「家からお酒持ってきたからさ、
今から大学の大講義室で飲もう!」
「え、さすがに大学はやばくない?」
「大丈夫大丈夫、
最近大学に出入りする人少なくて
警備が手薄になってるみたいだから」

そう言ってリサは、
僕の手を引いて大学に向かって走り出した。
戸惑う僕も彼女に圧倒されて走ってるうち、
なんだかわくわくしてきて
だんだんとその足取りは軽くなった。


リサの言った通り警備はかなり手薄で
正門の脇にあるテニスコートのフェンスから
やすやすと侵入は成功した。

たどり着いた大講義室は
400人以上が収容可能な大部屋で
以前まではここでいつも
僕とリサは社会学の講義を受けていた。

教壇に立ったリサは缶ビールを僕に差出し
最前列の真ん中の席に座るよう指示した。

「じゃあ、君の二十歳の誕生日を祝して、乾杯!」

缶ビールをグイっと一口飲んだ彼女は
ドンッとわざとらしく音を立てて教卓へ缶を置き、
両手を机に置きながら前のめりで話し出した。

「さて、2000年に生まれた私たちは今年、
こんな社会で大人になれた。
いいや、なってしまったのだ」

えっへん、とでも言わんばかりに
わざと堅物教授を真似た文語で話すのが
可笑しくて少し笑った。

「2000年といえば、
ミレニアム議論っていうのがあったでしょう」
「あぁ、西暦には0年が存在しなくて
西暦1年から始まるから
3千年紀を2000年からとするか
2001年からとするか、ってやつね?」

リサは満足そうに頷いて、続けた。

「西暦の定義通り2001年からにしようとか、
そんな定義は置いといて、
2000っていう感覚的に
繰り上げを感じられる数字であり
カトリックの大聖年と重なった
区切りの良い2000年からにしようとか、
いろんな議論になったみたいね」
「あれって最終、2001年に落ち着いたんだっけ?」
「そうそう。
でも結局、議論がなかなか収まらないもんだから
当時のアメリカ大統領も
『2000年と2001年の2度祝えばいい』
とか言い出したんだよね(笑)」
「まったく、いい加減だよなー(笑)」
「ほんとにね。
二十歳になったら大人とか言うけどさ
そんなのただの概念であって、
現に、二十歳過ぎた大人たちも
大概いい加減に生きてると思うのよ。
だからさ、こんな時代に
世間に半分見放されて二十歳になった私たちが
急に大人として振舞わなきゃいけない。
そんな義理とか、正直よく分かんなくない?」

わがままな暴論にも聞こえるそれは、
まさに今自分自身が抱えている不満であり
それを見事に言い切ってくれたリサを見て
僕は彼女を頼もしく、なんだか嬉しく感じた。

「言えてるな(笑)
毎日家に閉じ込められて青春不消化のまま
大人になってたまるかって話だよ」

僕はグイッと一口、ビールを飲んだ。
ホップの苦味が
シュワシュワと口の中で溶けていった。

「ほんとそうだよね!
私たちミレニアムベビーはさ、
生まれた時みたいにもっとこう、
世の中に歓迎されて祝福されて
やっと大人になるべきなんだよ。
うん、きっとそう!!」

僕はリサが持ち合わせる
世の中に対する知的でありながら快活な反抗心が
たまらなく魅力的に思えて
一種の憧れのような感情を抱いていた。

その時、教壇へ向かって左側の大きな窓から
月の光が明るく差し込んだ。
リサはその光を見やり
僕の方へまた顔を向けかけた時、
顔の左側が明るく照らされた。
まるで聖母マリアのような
優しい表情で彼女は僕に微笑みかけた。

「だから君もさ、無理に今日から
大人になんてならなくていいんだよ」

そして彼女は、
またいたずらな八重歯を見せて
こう続けた。

「さてさて、
ミレニアムベビー達の人生の第二章、
さっそく始めていこっか」

二人はゴクリとビールを飲み干し
空き缶を握りつぶした。

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