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100%嘘の思い出話 "浜松で出会った親子の話"

私は大学生の頃、数日かけてチャリで名古屋へ行ったのですが、これはその時に体験したお話です。

3日目か4日目、私はその日、浜松で宿を取ることにしました。
ホテルに着き、早々に私は街へ探索に向かいました。
外はまだ十分に明るい時間帯でした。

ホテルの周りをぶらぶらしていると、少し様子のおかしい二人組がいました。

伸ばしっぱなしの髪とヒゲ、真冬なのにボロボロの短パン、何日も洗ってなさそうなシャツ、見るからに浮浪者といった感じの男性。40代後半くらいでしょうか。
そして真っ白の髪をクルクルに巻いた、化粧の厚い、派手な服を着た女性。こちらは70歳くらいかと思います。そして、女性は派手な色のスーツケースを引いていました。

2人はニコニコと楽しそうに横断歩道を横切って行きました。

私がなんとなくその人たちを見ていると、女性と目が合ってしまいました。女性の動きが止まり、こちらをじっと見ているので、なんとなく居心地が悪くなった私は軽く会釈をしました。

すると女性はまっすぐ私の方向に向かってきました。

「やばい、絡まれる」
そう思いましたが、逃げるわけにもいかず、私はその場に留まりました。

「ねえお兄さん、遊んでいかない?3,000円でどうかしら?」

そう言われました。
私は耳を疑いました。こんな高齢の女性からそんな言葉が出るとは思わなかったからです。

けど私はちょっと興味が湧いてきました。
別にこの老婆に何かをしてもらおうと思ったわけではありません。
何か面白い体験ができるのではないかと思ったのです。

私が3,000円渡すと、老婆は「ついてきて」とスタスタ歩き始めました。もちろん老婆と一緒に歩いていた浮浪者風の男性も一緒です。
よく見ると、スーツケースだと思っていたものは、キャリーカートに買い物カゴやバッグなどをくくりつけたもので、衣類がたくさん入っていました。

それから15分くらい歩きました。
私は住宅街の奥にあるボロボロの平屋に案内されました。見るからに廃屋という感じでした。

私はその正面の玄関ではなく、裏口に通されました。
正面の入り口が崩れていて通れなくなっていたためです。

狭い庭を通り抜け、畳の部屋に入りました。そこには布団が敷かれていました。

老婆は手際よく部屋の隅にある数本の燭台に火を灯しました。燭台の奥には聖マリア像が見えました。その老婆がキリスト教を信仰していたのか、もともとその家にあったものなのかは判別ができませんでした。

そして、部屋の至る所に旅行のパンフレットや地図が山積みに置いてありました。ちょっと昔のものからごく最近のものまで、日本各地の旅行のパンフレットが置いてありました。

老婆が浮浪者風の男性に「あなたは少し外で待っていなさい」と言いかけたところで、私は「いや良いんです」と老婆の言葉を遮りました。

「別にそういう事をしてもらおうとは思ってないんです。なんていうか、少しお話ししませんか?」

私は言いました。
老婆は不思議そうな顔で黙ってしまいました。

「旅行、好きなんですか?」

私は近くにあったパンフレットを一枚手に取り、老婆に聞きました。
すると老婆は笑顔になりました。

「…そうなの。だから今もこうしてこの子と2人で日本中を旅しているの。浜松も、とても良いところね」

老婆は言いました。
この子、というのは横で話を聞いている浮浪者風の男性のことだろうというのは分かりました。
ただ、通された部屋は明らかに住み着いてからそこそこの長い年月が経っている様子だったので「今も旅をしている」という言葉には違和感がありました。

私がいろいろ聞かせてくださいと言うと、老婆は日本各地の旅の思い出を語ってくれました。

長野の温泉宿の宴会場で見た素敵なショーの話。
東京で聞いた素敵なシャンソン歌手の話。
宮崎で見たヤシの木と砂浜の風景。
熱海のきらびやかな夜景。
金沢に残る江戸時代の街並みと、その近くにある美味しい洋食屋の話。
その他にも色々。

日本各地の思い出話を聞きました。
その全てが本当に彼女自身が体験したものなのかどうかは私にはわかりませんでした。
けど、その事は大した問題ではありませんでした。どの話も聞いていてすごくワクワクする話だったからです。

老婆の思い出話も一通り終わったようでした。彼女は少し話し疲れた様子でした。そこからしばらく沈黙が続きました。
ですが、そこに気まずい雰囲気はありませんでした。
老婆は愛おしそうに山積みになったパンフレットを眺めていました。

今度は私が、茨城から名古屋に自転車で向かっている事、その途中に浜松に立ち寄った事を話しました。

箱根の山越えが大変だった話。
山越えをした途端にタイヤがパンクして数時間自転車を担いで歩いた話。
間近で見る富士山の迫力。
弁天島の風景が素敵だった話。

少し話を大袈裟にしながら話をしました。
老婆は目をキラキラさせて、ニコニコと話を聞いてくれました。

私が話し終わると、それまでずっとニコニコとうなずいていただけだった男性が口を開きました。

「おかあさん、俺、また熱海に行きたい」

手に持ったボロボロのパンフレットには、1992年と書かれていました。

「良いわね。また行きたいわね」

よく見ると、熱海のパンフレットばかりが山積みになっている一角がありました。
彼女たちにとって、熱海は何か特別な場所なのかもしれないな、と思いました。

外はすっかり暗くなっていました。
廃屋の中の一室、蝋燭の明かりの中、旅行のパンフレットの山を見ながら静かに微笑む老婆と、ニコニコしながら熱海のパンフレットを眺めている浮浪者風の男性。
異様な光景ではあったかもしれませんが、不思議な居心地の良さがそこにはありました。

とは言え、そこで夜を明かすわけにもいかないので、私はそろそろ帰りますと立ち上がりました。

「今日はありがとう。また、どこかで会えると良いわね」

そうですね。また会えると良いですね。と返答し、私はホテルへ帰りました。

その夜、私は夢を見ました。
私はロープウェイに乗っていました。
昇っているのか、降っているのかはわかりません。ただ、ゆっくりと動いていました。

目の前には30歳くらいの女性と、7〜8歳くらいの小さな男の子がいました。私は今日出会った老婆と男性だと思いました。
私は彼女たちから「お父さん」と呼ばれていました。

外を見るとキレイな夜景が見えました。
海岸沿いにキラキラと街の明かりが見えます。
視線を上げるとプラネタリウムで見るような満点の星空が広がっていました。

私たちはみんなでロープウェイの窓に張り付き、夜景と夜空を楽しみました。

夢の中での私は、3人での旅の思い出を一つ一つ鮮明に思い出すことができました。どれも幸せな思い出でした。
そして、3人で夜景を楽しんでいる今も、とても幸せで満ち足りていました。

窓の外を見る2人の後ろ姿を見ながら、私は目を覚ましました。
まだ身体の奥にじんわりと幸せな気持ちが残っていました。

名古屋からの帰り、またここに立ち寄って老婆たちと旅の話がしたいな、そう思いました。

〜完〜

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