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トラウマを抱える人のためのカウンセリング:応用編後編―トラウマをめぐる心理療法を知る―

トラウマ」という言葉は、日常会話でも聞くことができるほど一般的な言葉です。しかし、トラウマの影響や対応、支援の実際についてはまだまだ知られていないと感じます。
トラウマとはどのようなものなのか。また、トラウマを抱えるクライエントに対してどのようなアプローチをすることができるのか。
全3回に渡って、トラウマを抱える人のためのカウンセリングついて解説していきます。

3回目となる今回は、トラウマを抱えるクライエントが来た時に、カウンセラーがどのような治療を行っていけるのかを、かんたんに解説していきます。

※この記事は、全3回のシリーズの3本目(応用編後編)です。 


今回は、トラウマに関する専門的な治療法を紹介していきます。
トラウマに関連する心理療法はパッケージも多く、どこから勉強していくか迷うと思います。ここでは、それぞれの治療法について簡単に触れていきます。


グラウンディング

グラウンディングは、単一の心理療法ではありませんが、多くのトラウマに関連する心理療法に共通する技法です。トラウマの代表的な症状であるフラッシュバックが起こっているときに、用いる技法になります。
フラッシュバックが起こると過去の出来事に引っ張られてしまうために、現在に注意を向け直すように五感を刺激するように働きかける技法です。

典型的には、「この部屋においてある白いものを5つ探して下さい」と質問したり、ティッシュペーパーを丸めてキャッチボールをする、腕や足をバシバシ叩く、冷たいタオルで顔を拭くなどの方法があります。これらの方法を使い、クライエントを現在の状態に引き戻します。

この技法は、トラウマの治療を始める際に練習してもらい、セッションの合間でいつでも使えるようにしておくとよいでしょう。
フラッシュバック等のトラウマの症状がカウンセリング中に起こってしまうと、言語的なやり取りでは落ち着けることが難しくなります。また、クライエントにとっても「不安定になったら、この方法を使って、元に戻れる」という安心感をもたらします。そのため、グラウンディングは、非常に重要な技法になります。



認知行動療法

認知行動療法には、様々なパッケージがあります。トラウマに焦点づけられた認知行動療法は別項で紹介するとして、ここでは、通常の認知行動療法を紹介します。

トラウマを持つクライエントに対して、認知行動療法ができる最初のアプローチは、自分の問題を整理し、問題を外在化することです。クライエントの話を、「出来事、感情、自動思考(そのとき浮かんだ考え)、行動、身体感覚」の5つの悪循環で問題を整理していくのです。自分が悩んでいることを外在化し、自分のことを整理していくことで、解決方法を見つけやすくなります。
特にクライエントが自傷行為などの行動的問題が大きい場合には、このように行動を外在化する戦略が重要です。クライエントの認知や行動の連鎖を詳しく見ていくことで、介入するポイントが見えてくるのです。

また、コーピングレパートリーを増やすという点もとても重要です。コーピングは、自分自身の感情を落ち着けるためにとても大切な方法になります。コーピングレパートリーは、たくさん持っていて、その場その場にあったものを使えるようにしていきます。

逆に、適応が難しい技法としては、認知再構成法があげられます。トラウマによって生じた認知は、うつ病で生じた認知とは構造が違います。そのため、うつ病の認知再構成法がそのまま同じようにはできない場合が多いのです。自動思考を扱う場合は、スキーマ療法も視野に入れて治療を進める方がよいでしょう。



持続エクスポージャー療法、TF-CBT、認知処理療法

認知行動療法の中で、PTSDに特化した治療法が持続エクスポージャー療法になります。持続エクスポージャー療法では、クライエントがトラウマになった場面を繰り返し想像し、その中に埋まっているトラウマによって生じた認知を崩していきます。繰り返しトラウマの場面を想像してもらう方法を想像曝露と呼びます。この想像曝露は、社交不安症や強迫症に対する曝露療法と違い、「慣れる」ことではなく、「記憶の整理」を目的としています。

TF-CBTは、持続エクスポージャー療法の子供に対するパッケージになります。主に心理教育とトラウマへの曝露に分かれています。認知処理療法は、この想像曝露を筆記によって行います。クライエントは、自分のトラウマ・エピソードを筆記によって書き出し、その中で「整理されていない認知」を整理していきます。

以上の治療パッケージは、単回性のトラウマを中心として開発されてきました。そのため、複雑なトラウマに対する認知行動療法の治療パッケージとしては、別の治療パッケージであるSTAIR/NST(感情調整と対人関係のスキルトレーニングおよびナラティブストーリーテリング)という方法が用いられます。
STAIR/NSTは、感情調節や対人関係を安定させる技術を身につけるSTAIRと、従来のトラウマに対する曝露(NST)の2つのパートからなる複雑性PTSDに対する治療になります。



スキーマ療法

スキーマ療法は、難治性のうつ病やパーソナリティ障害に対する認知行動療法です。認知療法をさらに発展させ、自動思考の背景にあるスキーマに働きかけるように発展してきました。しかし、近年は複雑なトラウマを持つクライエントに対する認知行動療法として捉えられることが多い治療になります。

特徴的な点は、早期不適応スキーマと呼ばれる18種類のスキーマでクライエントの問題を整理する点です。早期不適応スキーマは、幼少期のトラウマによって生まれた価値観です。現在のクライエントがどのスキーマを活性化させているか、また、複数のスキーマがどのように作用した状態(スキーマ・モード)にあるのかをアセスメントし、スキーマワークと呼ばれるワークを用いて介入していきます。



EMDR

EMDRは、眼球運動を代表とする左右交互の刺激をクライエントに与え、その最中にトラウマ場面を思い出してもらいトラウマの治療をしていく治療法です。クライエントは、トラウマの記憶を整理する中で、トラウマによって生まれた罪責感、無力感、安心感のなさといった認知を整理していきます。もともと、PTSDに対する治療法として考案されましたが、近年は、様々な代替治療パッケージが提案されています。その中で、複雑なトラウマに対する技法の修正案なども出てきています。

日本では、パルサーと呼ばれる道具を使ったEMDRが有名です。この方法は主に自閉スペクトラム症を中心とした発達障害を持ったクライエントのフラッシュバックに対して、有効です。



ホログラフィートーク/自我状態療法

トラウマが解消しない理由の一つに、自分の葛藤が解決されていないというものがあります。例えば、「親に対して怒りがある。一方で、親も色々あったから責められない」等のように相反する感情が統合しないのです。
ホログラフィートーク/自我状態療法では、もう一つの自分に対して語りかけることで、この葛藤を解消していきます。このような葛藤を解消していく方法は、解離症を持つクライエントに対して、必要になることが多いです。

ホログラフィートークでは、現在の心の困りごとを、色や形などのイメージで表現してもらいます。そして、その困りごととの会話を通して、自分自身をケアしていきます。さらには、そのトラウマが生じた過去の場面にまでさかのぼり、その場面の葛藤までを扱います。



身体志向のトラウマ・ケア

これまで紹介した治療は、トラウマから生じた認知に働きかける部分が多い治療法になります。一方、トラウマは身体の症状もとても多い状態像です。そのため、身体志向のトラウマ・ケアも治療としてよく用いられます。

まずは、タッピングと呼ばれる、指先で体の一部分を叩く治療法です。このようなタイプには、Thought Field Therapy(TFT)、Body Connect Therapy(BCT)と呼ばれるものがあります。クライエントは、タッピングをする中で、トラウマによって生じる、「胸がざわざわする」といった身体反応を小さくしていきます。

また、身体動作によってトラウマ記憶との再交渉を促したり、内受容感覚を用いて感情調節の能力を向上させる身体志向のトラウマ・ケアとして、ソマティック・エクスペリエンシング、センサリーモーター・サイコセラピーがあります。


事例をとおして考える

●クライエント
30代女性 Bさん


●事例概要
幼少期、父親がアルコール依存症・ドメスティック・バイオレンスの問題があり、母親と強制的に離婚になった。その後、父親は再婚し、義母と3人で生活するようになる。父親はあまり実家に帰ってこず、家での生活では主に義母と二人で生活していた。義母は、Bさんに対して、「お前は邪魔な存在だ」などと、精神的な虐待や、叩く・蹴るなどの身体的虐待を行った。
 Bさんは、高校卒業後、付き合っていた恋人の家に転がり込むように、転居し仕事を始めるが、仕事は長続きせずに、うつ状態で2-3日動けない事もあった。その後、20歳で結婚し、2児を出産する。子育ては、夫の家族の手助けを借りながら、やっとできるという状態だった。
 30歳になったある日、近くのスーパーに買い物に行った際に、店員に大声で怒鳴りつける客を目撃する。その際、うずくまって過呼吸状態になる。近医に緊急受診し、その日は、落ち着いた。しかし、その日を境に、悪夢でうなされる、息苦しくなってうずくまる、声をかけてもぼんやりしている、人格交代が起こり「私は、7歳のBだよ」と話すなどの症状が出現し、近医精神科を受診し、全般性不安障害、解離性障害の診断を受ける。その後、薬物療法以外の治療を求めて、カウンセリング・ルームに来談する。


事例を理解するために

幼少期にDV曝露、親のアルコール依存、離婚、虐待などの問題を持つ方が、支援機関に繋がっていないこともよくあります。このような場合、フラッシュバックを完全に抑え込めてしまい、症状が表面化しない場合もあります。そして、この事例のように、現在の生活の何らかのきっかけにより、症状が一気に表面化するのです。また、子育て中のお母さんによっては、自分がトラウマを受けた年齢に、自分の子供が到達した時期に調子が悪くなるということがよくあります。

解離性同一症の診断がなくても、一時的に人格交代が起こっていることもあります。支援者としてはどうしても人格が交代している部分に注意がむいてしまいますが、実際には価値観が数時間単位で変わってしまうような状態像もあります。いきなり怒ったかと思えば、自責的になって落ち込んだり、昨日とは全く違う意見を言い出すということが起きるのです。

また、クライエントのこのような状態をスキーマ療法の枠組みを通して理解し、スキーマ・モードとしてアセスメントし、セルフモニタリングに反映していくことも重要になります。クライエントの中には、スキーマ・モードがコロコロ変わっていても、その状態に気づいていない人もいます。

交代人格の原型は、フラッシュバック中の過去の自分であることがほとんどです。そして、PTSDのクライエントがフラッシュバックを思い出したくないように、過去の自分を思い出したくないため、普段は交代人格を抑えていることもあります。日常生活の中で人格交代が起こる場面では、フラッシュバックが起こっている可能性があります。話を聞く中で、フラッシュバックが起こっていないか?と考えながら話をきいていくことが重要になります。

また、「交代人格について尋ねることは、良くないですか?」といった疑問が出てくるかもしれませんが、実際には、交代人格の詳細についてきいても、症状が悪化することはありません。
交代人格が治療の経過によって出現する場合は、すでにある人格の断片化が表面化した場合や、クライエントが治療者や周囲の要望に答えようとしてしまい、その感情だけの人格が出てくる場合が多いです。

交代人格に対して特別な治療をするよりも、『それぞれの苦しいときの自分の感情が、別々の独立した記憶に閉じ込められている』と説明し、色々な人格の色々な気持ちを共有できるように働きかけたほうが治療的です。特別な治療技法を用いなくても、自然な統合が起こっていきます。


治療の経過

まずは、心理教育として、生活状況を聞きながら、トラウマの影響を説明していきました。その中で、感覚過敏があり、現在住んでいる家においても大きな声が聞こえるとドキドキし、自責的になることが分かってきました。
そのことを家族にも伝え、家族内で配慮してもらうようにお願いをしました。

次に、グラウンディングやタッピングを教え、4-5セッション、一緒にタッピングを使って気持ちを落ち着ける練習をしました。タッピングを始めると、最初は不安になることもあり、タッピングの途中でグラウンディングを行うことも必要でしたが、徐々に落ち着けるようになってきました。日常生活の中でもタッピングを使い、次第に気持ちをコントロールするようになっていきました。

その後、フラッシュバックが苦しいのでEMDRを受けたいと希望があり、EMDRの治療を1-2セッション行いました。フラッシュバックが最も多い「義母から叩かれたこと」を治療のターゲットにしましたが、「私が悪いから、叩かれるんです」と述べるに始終してしまい、セッション終了後も、フラッシュバックに対する苦痛が減らず、治療が先に進まない状態になりました。

そこで、「自分が悪い」という点について、ホログラフィートークを行うことにしました。治療の中で、「自分が悪い」と思うようになった最初の時点に退行してもらいました。そうすると、実母が家を出ていった時に、「自分が悪いから、捨てられた」という実母との関係性での傷ついた場面が出てきました。
そこで、セラピストはクライエントに「『暴力的なお父さんと一緒に過ごさないといけない中に、置いていかれたと思って苦しかったですね』とその時の自分に声をかけてみて下さい」と伝え、クライエントは、「本当に、怖くて寂しかった」と回想しました。

その後、イメージの中で実母に出てきてもらい、セラピストは、「もし、あなたの夫が、あなたを無理やり追い出さなかったのならば、お子さんと一緒に住みたいと思いますか?」と尋ねました。
イメージの中の実母は、「もちろん、私は娘と一緒に住みたかった」と話し、Bさんは涙をながしました。その後、クライエントは「私は、悪くないんだと分かりました」と話すようになりました。

治療は、再びEMDRに戻りました。その中で、「義母が叩いてきたのは、私の問題ではなく、義母の問題だったんんだ」と気づきを得るようになりました。その後、治療の中で7歳の頃の記憶が治療の標的になりました。
7歳の記憶は、Bさんが学校で作ってきたプレゼントを義母にわたした時に、義母が「こんなに汚いものをもらっても嬉しくないわよ」と言った場面でした。この場面を治療する中で、「お母さんのことを考えながら作ったプレゼントを、汚いと言われてとても傷ついた」と話せるようになり、その後もEMDRでの治療は進み、フラッシュバックは消失していきました。

フラッシュバックが消失した後も、「家にいると緊張してしまう」「人と長く一緒にいれない。疲れやすい」「うつっぽい感じが続く」という訴えは続いていました。
そのため、身体志向のトラウマ・ケアを実施することにしました。セッションの中では、お腹に手をあて、身体が落ち着いていく様子を観察してもらい、身体を安全で落ち着ける状態に導いていきました。セッションを始めるとすぐに、「自分がこんなに緊張しているなんて思わなかった」と、自分の身体に関する気づきを共有してくれました。

その後、数十セッションをかけて、身体的な安全感を感じられるようにしていきました。Bさんは、次第に身体的な不調が減り、抑うつ的な感覚は減っていきました。


治療のポイント

それぞれの治療技法は、治療に導入するタイミングがあります。もし、導入するタイミングが速いと、侵入的になり、結果的に治療が進まないことになります。特定の治療技法に乗せるまでにソーシャルワークやトラウマ・インフォームド・ケアなどのお膳立てが必要な場合はとても多いです。

トラウマの治療は、「ゆっくり進める方が、治療が早く進む」と言われています。新しい治療技法を導入する際は、治療の反動についてよくクライエントからきいておくとよいでしょう。特に、曝露やEMDRの導入が早いために、治療から脱落してしまう、もしくは治療がうまくいかない事例が多いです。これらの治療は、効果も大きいのですが、一方で、反動も大きいことを知っておくとよいでしょう。

深い傷付きがあるトラウマは、5歳までに起こっている事が多いです。この時期は、言語によって記憶を支えることができないため、日常生活の中で暗黙の記憶となっていることが多いです。そのため、複雑なケースであるほど幼少期からのトラウマ治療を始めていく必要があります。


まとめ

この事例にみられるように、それぞれの技法で効果がある部分が少しづつ違ってきます。それぞれの治療法の特色を把握して使い分けをすると、治療できる状態像が増えていきます。それぞれの治療法には、それぞれにワークショップがあり、資格制度があります。より専門的な情報は、下記のURLを参考にしてください。




参考資料

金吉晴・小西聖子,「PTSD(心的外傷後ストレス障害)の認知行動療法マニュアル」. 不安症研究, 2015,7 , p.155-170.
兵庫県こころのケアセンター・大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター訳,『トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)実施の手引き』
.2011.12.

兵庫県こころのケアセンター・大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター訳,『あなただけの大切なTF-CBTワークブック(第2版)』.2014.6.
Resick, P. A., Monson, C. M., & Chard,K. M, " Cognitive processing therapy: Veteran/military version: Therapist’s manual".2014, Washington,
DC: Department of Veterans Affairs.(=レイシック , PA., マンソン , CM, & チャード , KM. 伊藤正哉・高岸百合子・堀越勝 訳,『認知処理療法:退役軍人/軍版:治療者用マニュアル CPT-C 実施用』.2016, 国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター小平.


EMDR学会ホームページ
一般社団法人 Ego State Therapy Japanホームページ
一般社団法人日本TFT協会

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