見出し画像

カウンセリングで子育てを支えるために―応用編:発達段階ごとの悩みへの向き合い方(後編)―

青年期のアイデンティティ発達や親子関係についての研究するほか、スクールカウンセラーや幼稚園カウンセラーなどで教育・保育(子育て支援)分野で活躍なされている遠山千尋カウンセラーに、全3回に渡って、心理支援を通した子育て支援のあり方や実践について解説いただきます。

入門編では、子育ての悩みを紐解きながら、大まかに振り返ってきました。
応用編では、子どもの発達段階別によく見受けられる悩み事の実体や傾向、また、どんな対応をしていけるとよいかについて考えていきます。

乳児期(0歳~3歳)から思春期(12歳~18歳)までの、それぞれのフェーズでどのような悩みがあるのか。またどのように対応をしていくのか。
今回は、前回に続いて、学童期(6歳~12歳)と思春期(12歳~18歳)の子どもを抱える親によく見られる悩み事などについて考えていきます。

※この記事「カウンセリングで子育てを支えるために:応用編(後編)」は、全3回のシリーズの3本目です。


学童期(6歳~12歳)の子育てに関する悩み

子どもは、学校という社会に飛び立ち、そこで様々な経験を積み、学んでいきます。学習面だけではなく、対人関係上の出来事を通してコミュニケーションや社会的スキルを習得していきます。

学校生活を通して、良いこともそうでないことも様々なことを経験していきますから、それぞれに悩み、葛藤することもあるでしょう。子どもの悩みに対して、お母さんが直接介入したり、問題解決をさせてあげる機会はぐんと減り、子どもが自ら乗り越えていく力を養っていく時期です。
この学童期から思春期にかけては、お母さんが子どもの葛藤をいかに抱えていけるかがポイントとなります。介入し過ぎず、適度な距離感で見守ること。これがいかに難しいか、お母さん方のお悩みを聴かせていただく度に痛感します。

学童期のお悩みで多いのは、大まかにまとめると、我が子の心配です。読み書き、計算が苦手など学習面に関することや、朝早く起きられない、片付けが苦手、忘れ物が多いなど生活面に関する相談もあります。そして、学校生活に適応できない、友達関係のトラブルなどの相談も目立ちます。
「学校に行きたくない」という気持ちも、時に誰しも感じる感情でもありますが、これが長引いたり、複数回続いてくると、お母さんの悩みの種になります。

また、ここ最近多くなってきたように感じるのは、子どもが繊細であるということの相談です。HSC(Highly Sensitive Child)というキーワードも一種の流行であるかのようですが、我が子が繊細で落ち込みやすかったり、対人関係で躓きやすいことを心配しておられるお母さん、また授業や学校生活に馴染めない場合に発達障害ではないかと心配されるお母さんも多く見受けられます。

このような我が子の困りごとに対して、「自分の育て方が悪かったのか」と自分を責めてしまう場面ももちろん見受けられますが、この頃は特に、「何をしても、もうどうしようもない」という途方に暮れたお気持ちを感じて、困っているようなあきらめているような絶望に近い落ち込みをカウンセリングで表現される場合が多いように感じます。お母さんは、我が子の困りごと・心配事を通して、自分自身の課題にも直面化させられているかのようです。我が子が苦しんでいること、うまくいかないことは、実はお母さん自身も同じような生きづらさを抱えていたりします。

たとえば、勉強面でコンプレックスを抱いてきたお母さんは、我が子には成績優秀でいてほしいとかなり熱心に勉強させることに力を入れてきたとします。幼いころは、何とか言うことを聞いてがんばっていた我が子も、次第にうまくいかないことも増え、嘘をついて逃げたり、反抗的になったり、成績が伸び悩んできたりします。
お母さんが何を言っても聞かなくなり、お母さんの思い通りにならなくなっていきます。このとき、子どもとしては、好きでもない勉強を一方的にやらされていることに反発し、自分なりのやり方を尊重してもらいたくて、「自由にしてほしい」と反抗という形で精いっぱい叫びます。
お母さんとしては、我が子のためを思っているのに子どもが言うことを聞いてくれず、困り果て、どうしたらよいのか混乱し、自暴自棄になることもあるでしょう。
お母さんは、「私はやっぱり何もできない」と自信を喪失し、さらにコンプレックスを深く抱いてしまうかもしれません。また、勉強ができない我が子に対しても、複雑な感情を抱いては、自分自身の感情をコントロールできなくなってしまいます。

我が子のことで気になること、引っかかることは、実はお母さん自身の中にもその引っかかりとなるタネが隠れていたりします。同じような悩みやコンプレックス、葛藤が無意識的にそこにはあるのです。ここが、子育てで大きく葛藤するポイントです。

たとえば不登校のお子さんの場合でも、陰ではお母さんの葛藤や不安を子どもが肩代わりする形で問題が表面化していたり、人付き合いが苦手なお子さんのお母さんも同じように対人関係に悩んでいて誰にもSOSを発せられない場合もあります。もちろん、子どもの問題の原因が母親にあるということではなくて、『母親のせい』などといった一元的に因果関係があるとする見方はとても危険なものです。
でも、子どもの問題の背景に、お母さんの状態はどうか、お母さんの個性はどうかという視点を持ち合わせておくことは、ケースの全体的な理解にとても大事な視点だと思います。

お母さんのカウンセリングの場では、まずはお子さんの問題や悩みについて話していくことから始まることが多く、まずは丁寧に状況を整理しながら、共感的にお母さんの気持ちを受け止めていきます。
その際に、これは『子どもの課題』とお子さん側の領域であることを意識付けしながら聴いていくとよいでしょう。お母さんと子どもの世代間境界を築いていくことはとても大事なことで、建設的な方向性につながっていきやすくなります。
無意識的にお母さんが子どもの問題に巻き込まれ、情緒的にも揺れ動き、子どもを抱えきれなくなっている状態から、お母さんと子どもの境界線を引き、課題の分離や線引きをしていくようなイメージを持てるようになることがコツだと思います。

境界線をイメージすると、お母さんは自分自身の課題にも気付きやすくなります。「ここから先は子どもの問題で、私には私の課題があるんだ」という視点を持てた時、問題解決への大きな一歩を踏み出していることでしょう。

また、そこには、夫婦関係の問題が隠されているかもしれません。夫とわかり合えないこと、夫の言動に対する不満が大きく、夫とサポート関係が築けず、一人で子育てを担い、思い通りにならない我が子に対して感情の圧が強くなってしまっていたというパターンなど、その家族なりにどんな背景があるのかという視点でもアセスメントし、お母さんとそのストーリー性の共通理解が進んできたとき、それはとても意義深い大きな気付きとなるのだと思います。このような過程を歩む中で、お母さんは自分自身と向き合い、自分を知り、受け入れていきます。

これはたやすいことではありません。
我が子との葛藤を通して、自分自身の中に隠されていた満たされない想い、ずっと抑圧してきた感情に気付くかもしれません。ずっと子どもの頃から我慢してきた自分自身に出会うかもしれません。今の我が子と同じようにずっと我慢してきたこと、期待に応えようとしてきたことに気付くかもしれません。
お母さん自身が、子どもの頃からずっと「期待に応えなくちゃ」と強いてきたこと、「良い妻・良い母であろう」と我慢を積み重ねてきたこと、自分自身がどれほどのしがらみや思考の癖たちに巻き込まれていたのか、とらわれていたのか、丁寧に気付いていきます。

子育ては、自己受容の営みです。他者を知り、自分を知るのです。
学童期に入り、子どもの手が離れていくと、お母さんはいよいよ自分自身の課題に直面化します。寂しさや孤独感を感じるかもしれません。仕事をしていない自分に劣等感を抱くかもしれません。
子どもの問題を通して、様々な自分の課題も浮き彫りになっていきます。人付き合いが苦手なこと、本音が言えずいつも周りの目を気にして顔色をうかがっていること、子どもの頃からずっと生きづらかったことなど…
カウンセリングでは、お母さんなりのこれまでのストーリー性にじっくり耳を傾け、こころを寄せながら、受容していきます。

『気付く』ということは、カウンセリングという場で成し得る最大のギフトだと思います。気付けると、気付けなかった時とは違う見え方がそこにはあり、自分自身を捉えるまなざしも変化し、他者へ向けられていた期待や縛りも客観視できるようになります。そして、実は、自分がずっと苦しかったこと、「ああ、そうだった」と気付けたとき、あのなんとも言えない安堵感というのか、わかってあげられたような感覚。
ずっと自分の中にあったのに、自分で自分に気付けず、苦しめていたことへの複雑な感情を共にわかってあげられたときに、「そうだったんだ」という体感は、クライエントさんと共に私たちカウンセラーをも味わえる、生きる喜びなのだと思います。


思春期(12歳~18歳)の子育てに関する悩み

思春期は、子どもが様々な葛藤を通して、親との分離を図っていくときです。葛藤しながら、自立の過程を歩んでいきます。
その揺れ動く感情は、まさに激動の波のように、いったりきたりを繰り返し、衝突することからも自分という存在の輪郭を築いていきます。

そんなお子さんを支えるお母さんとしても、かかわり方は難しく、悩むことは至極当然とも言えるでしょう。人は、葛藤無くして生きていけません。
その葛藤はごもっともだと、その迷いにも悩みにも意味を与えてあげること、それもカウンセリングの大事な要素だと思います。充分に悩める場を作り、守るということも、人が生きるという難題続きのいばらの道を支えてくれるのだと思います。

さて、思春期を迎えた子どもの心理は、皆さんもご自身の体験から、また様々な臨床のエッセンスから知りうるところだと思います。思春期を迎えたお母さんの心理は、どうなのでしょう。お母さんの中にもまた、アンビバレントな葛藤が様々あることは想像に難くないでしょう。
お母さんは、我が子の手が離れていくことを通して、やはり自分自身の課題と直面化していきます。そこには、「自分とは何だろう」という根源的な問いが隠れているように思います。

ここまで家族のためにがんばってきたけれど、今の私に何が残るのだろう。親の介護問題や自身の身体の変化からくる問題なども浮き彫りになってくる時期でしょう。この時期、親の発達課題としても、停滞していくものをいかに受け入れるかということが大きな課題となってきます。自分の中にあるこの焦燥感は何だろう、私はこの先どうなっていくのだろう。
お母さんも、自分自身を見つめる大事な時です。

この時期のカウンセリングは、特に、お母さんを主役に話を聴いていきます。お母さんが、子どもの頃から今までどんな歩みをされてこられ、どんな葛藤や奮闘があったのか…
まるで、語られた世界観の中で自分を生き直すように、あの頃の感情を感じたり、浄化したり、整理したりしていきます。自分自身を、また別の視点で捉え、受け入れるようになったとき、我が手を離れていく子どもの個性も歩みも、きっと冷静な視点でどこか慈しみをもって感じられるものなのかもしれません。



子育ての悩みの背景にあるもの

ここまで発達段階ごとにお母さんの悩みを振り返ってきました。
皆さんは、どんな風に感じられたでしょうか?

実は、どの発達段階においてもポイントとなる、子育ての悩みの背景にある大きなキーワードが隠されています。それは、『世代間連鎖』です。

この場で振り返ってきたお母さん像をイメージしてみると、真面目で責任感が強くがんばりやさんのお母さん像が思い浮かぶと思います。期待に応え、一人で背負い込んでしまい、外では適応しようとがんばりますが、内=家庭ではフラストレーションを抱えやすいように思います。

ここまでがんばれる理由は、「自分が親にされて嫌だったことを繰り返したくない!」という反骨心とでも言えばいいのか、「より良い親でありたい」という切実なる希望なのだと思います。

『世代間連鎖』という言葉は、お母さんの間でもご存知な方も多く、お母さん自身が「自分が親にされて嫌だったことを同じように繰り返してしまっている。同じようにしたくないのに、同じ対応をしてしまっている自分がつらい。」と吐露されることも多いものです。この『繰り返したくないのに繰り返してしまうところ』が、お母さんをより苦しくさせるポイントなのだと思います。

親から愛されなかった、親を支えるために親代わりをしながらがんばってきた、期待されて応えることがしんどかった、家庭の中が険悪でこわかった、自分の意見も尊重されず我慢していたなど、それぞれの育ってきた過程で家族のドラマ、愛憎劇があることでしょう。そのことは、自身の子育てにも影響を及ぼします。そうありたくないと思うほど、フラストレーションは募り、気がつけば同じようにしてしまっていることへの罪悪感、自責の念は膨らんでいくのです。

たとえば、親からかまってもらえず寂しい想いをしていたり、愛されていないという体験をお母さん自身が幼少期の頃にしていた場合、親になった時に、我が子を愛そうと思ってもどうしてもできなかったり、子どものわがままをどうにも受け入れられなかったりします。そのことでお母さんは自分を責め、自信を失い、行き場のない感情を抱えながら、さまよい歩くことになります。

カウンセリングでは、子どもの発達段階にこだわらず、お母さんのお話を聴き、受け止めながら、お母さん自身が自分の親との関係性、育ちの過程を振り返り、気付き、受け入れていくプロセスを大切にしています。
自身が育つ過程で感じていた感情を感じ、気付き、認め、受け入れることができることは、とても大事な受容の1ページとなるでしょう。

そして、自分自身の親のことも客観的に整理し、気付きを深めていきます。
お母さん自身の中で、どこかで「親のせいだ」と思っていると、自分自身の子育ても「親である自分のせいだ」と責めてしまい、苦しさのドツボにハマってしまいます。きっとこの苦しみの沼から一人っきりで這い上がることは至難の業で、ここにこそカウンセラーの存在意義が問われるところがあるのだと感じています。

お母さんの葛藤する感情を認め、共に抱える中で、お母さん自身の親に対する抑圧してきた感情を受け止めていくこと。そして、これも親の個性であり、親の課題であったことに気付き、自分と親を分離していくこと。
親への複雑な感情をいったりきたりしながら、お母さん自身も自分自身を知り、受け止めていきます。

自分の個性、本当はどう在りたかったのか。

そんな自分軸に立ち返ってこれたとき、ありのままの自分自身を受け入れ、そして我が子の個性もきっと受け入れて、認めることができるようになるのではないでしょうか。そんな風に、親から自分、自分から我が子へと引き継がれるものを客観視しながら、「親は親、自分は自分、子どもは子ども」と自分の領域・枠を守りきれた時、お母さんは大きな変容を遂げるのだと思います。


まとめーお母さんが、自分自身を生きることー

子育ては、我が子を育てるという営みを通して、お母さん自身が育っていく営みでもあります。満たされなかった子どもの頃の感情、抑圧してきた感情も、時に子育ての苦しみとしてお母さんのこころを占領します。

正解のない世界であっても、カウンセラーがこの視点をもって、寄り添ってくれるとき。まさにお母さんは、カウンセリングという場で、自分自身の育てなおしをするのだと思います。
強いていきた自分、背負っていた自分に気付き、本当の自分の感情や気持ちに気付くこと。そして、ありのままの自分の個性を受け止め、まさに自分自身を生きていくこと。

そんなありのままのお母さんの存在を通して、我が子はきっと、自然にありのまま育っていくものなのでしょう。


母親の個性と、子どもの個性。
その個性の相互作用が織りなすそれぞれの子育てのドラマ、ストーリー性に耳を傾け、こころを寄せながら、お母さん自身が自分を生きることを許すこと、解放すること。その営みを支えるプロセスが子育て支援の醍醐味です。

お母さんが自分自身を生きるようになると、子育ての悩みも変化をみせます。それは、『子どもの課題』として返してあげる感じとでもいえるでしょうか。それぞれの個性を持った母と子として、支え合って共存していく。
そんな方向性を一緒に探っていけることは、子育てをする上での希望なのだと思います。


これを読んでくださった皆さんも、一人の個性ある臨床家として、まさに自分自身を育てながら、悩めるお母さんの葛藤に寄り添い、生き知恵を吸収し、自分らしく育っていかれることを祈っています。

ここから先は

0字
カウンセリングに関するコンテンツを月2回ほどで更新していく予定です。

カウンセリングの学びを促進していくために、カウンセラーに向けたカウンセリングに関する限定コンテンツを配信していきます。 ▼cotree …

最後までお読みいただき、ありがとうございます🌱 オンラインカウンセリング: https://cotree.jp/ アセスメントコーチング: https://as.cotree.jp/