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ショートショート94 「恋するムラサキ」

 ここはとある山奥の廃寺。

 モジモジと身をよじりながら、紫ババアは親友の雪女に恥ずかしそうに相談を切り出した。

「……好きな人がおるんじゃ」


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 学校のトイレに棲みつき、突然現れては相手の肝臓を抜き取ることを生業とする妖怪の彼女。

 その日も、ふいにトイレに入ってきた男子高校生の肝臓を抜き取ろうと天井から近づいて行ったところ、

 相手は怖がるどころか喜色満面の笑みで、両手を拡げて紫ババアを迎えようとしたのだと言う。

 予想外の出来事に面食らってしまい、そのまま姿を消してしまったのだそうだ。

「ほら、ワシ、髪もボサボサじゃし、何せババアじゃろ? 殿方に抱きしめられるなぞ経験がないものじゃから、恥ずかしくて」

 頬を真っ赤に染め両手で顔を覆う紫ババアは、もはや紫と呼んでよいのかどうか疑問符が浮かぶほどだった。

「主は、男を誘惑するのが生業じゃろ? なんと言うか、男との接し方を教えて欲しいんじゃ」

 紫ババアの申し出に、はだけた着物の裾を気怠そうに直しながら雪女は答える。

「うーん、こう言っちゃなんだが、まずは見た目からじゃないかねぇ?

 あたしだって、結構気を遣ってんのよ。見た目で嫌われたら魂を抜くも何もないじゃないか」

「今まで怖がらせることしか考えてこなかったからのぅ……」

「なら、伸び代はバッチリだよ。自信は持てるようになるまで、努力してこそ備わるもんだよ。さ、そうと決まったら善は急げだ」


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 と言うわけで、雪女プロデュースによる紫ババアモテ化計画は始まった。

 週三のジム通い、週二のプール……の予定だったが、初日に紫ババアごと水を凍らせてしまったため、プールは無しになった。

(いつも一人だから気にしてなくて……アハハby 雪女)

 週末はエステと歯医者に通い、ボサボサだった髪、黄ばんでいた歯のケアに精を出した。


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 三ヶ月が経ち、モテ化計画は目覚ましい成果を発揮した。

 もはやそこに紫ババアはいなかった。

 しわがれた肌は、健康的な食事と適切な運動によって、女性らしさを備えたメリハリのあるボディに。

 髪は艶々うるうる、歯は眩しいほどの輝きを放つ白へと大変身を遂げた。

 それは、紫おねえさんだった。

「いやぁ、こんなに変わるなんて、プロデュースしがいがあるじゃないか。

あたし、普段は誘惑する側だけど、今のあんたにはクルものがあるよ」

「そ……そうかな」

「ほらほら、あんたは十分努力したんだ。後は自信だよ! ハートの問題」

 雪女からの友情のエールを一身に受け、紫ババア(おねえさん)は、リベンジのため、再びトイレに向かい、雪女はサムズアップでその姿を見送った。


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 すっかり傷心した紫おねえさんは、雪女の膝にすがって泣いている。

 困り顔をしながら、雪女は紫おねえさんをなだめつつ、何があったのさ? と問いかける。

 曰く、件の男子高校生に逢えたのは逢えたのだが、変身を遂げた紫おねえさんの姿を見ると、顔を引きつらせワナワナと全身を震わせながら

「ぼ、僕は老女趣味なんだ!!! なんて勿体ないことを!!!!」

 と言い放ったのだそうだ。

 せっかく頑張ったのにー、と泣く紫おねえさんは

「人間って、なんかおかしいよー!!!」

 と慟哭する。

 

 かける言葉が見当たらない雪女は、苦笑いするしかなかった。


<了>

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