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【短編】タチ呑み屋さんとわたし-1

「ほんと、この子ったら引っ込み思案な性格なもので……」

 口に手を当てホホと笑うおかあさんの顔が思い出される。小さい頃からずっとそう。控えめな性格? 自己表現が苦手? おとなしめの子? なんだろう。言葉を変えて同じ表現をされるわたし。わたし自身はそう言われる度になんだか胸にモヤモヤを感じてた。

 自分をもってないみたいな、心の芯材が抜けてる人間みたいな、薄く淹れすぎたコーヒーみたいな、なんだかボヤッとしたそんな女だと言われることがモヤリとする。

 ……けど、わたしがそのモヤモヤを言葉にしようとしてるうちに、その場の話題は次に移ってく。わたしは考えを言葉にするのが若干遅いみたいだ。……みたいだ、というのはあくまでもわたし自身はそれを認めていない、という抗議でもある。

 わたしからすると、世の中の方が駆け足すぎる。そんなにバタバタ考えを巡らせて、喚き散らして、言葉を、座布団で塔を作るみたいにドンドン重ねて何になるんだろう。どこかで高さの限界がくる。ドシャリと崩れて目も当てられない。

 せわしない世界の流れに追いつこうと勤しんで、座布団タワーの崩壊に巻き込まれるくらいなら、どうぞ世界よ、わたしを置いてお先にどうぞ。

 人生を徒歩でいくのがわたしのスタイル、ボンヤリした人間だと思われるのにやきもきする瞬間はあるけど、その感情だって、ほんの一瞬で世の中の流れに乗って彼方へ走り去っていくのだから。


 ✳︎


「というわけで、この企画書のまとめよろしく」

 何が、というわけなのか、理解できないわたしの前で営業の進藤さんが言う。

「えぇ、でもわたし事務なんですけど」

「事務職とか営業職とか、その前にこの会社の一員でしょ? 仕事はさ、ワンフォーオール、オールフォーワンだよ」

「はぁ」

「現状維持は後退だよ。宮本さんだって自分のスキルを磨いて成長していかなきゃ!」

 わたしのために言っている、この人は本気でそう信じてるんだ。目が金メッキみたいな薄い輝きでキラキラしてる。

「あの、じゃあせめてどういう方針でまとめるか指示をもらえないですか?」

「あー、そういう感じじゃなくてさ。とりあえず書いてみてよ。チェックは俺がするから」

 それって、丸投げじゃ……。そんな不満が湧くものの、それはなんだか粘り気があって喉の奥で留まり、そこから外へ出ていかない。

 自身のご高説に満足したのか、進藤さんは踵を返してデスクに戻っていってしまった。

 あぁ、もう。こんなことなら面接で前職が営業だった、なんて言わなければよかった。ほとほと後悔だ。営業といっても新卒で入った会社を半年で辞めたわけで、ノウハウのノの字も身についていない。

 どこかからその噂を耳にした進藤さんは、直属の上司でもないのに、それから何かと仕事を振ってくるようになった。

「前職のスキルも使わなければ錆び付いちゃうよ」

 なんて言いながら。

 錆びるスキルもないんです。実のところ。

 そんなことはお構いなし。

「俺はもっとクリエイティブな仕事をしたい」

 が口癖の進藤さんにとっては、ほぼ変わり映えのしない案件に対して、先方の部長を納得させるためだけの企画書作りを押し付ける相手が見つかればそれでいいのだ。

 食品通販会社のポスティング広告、毎年同じじゃなんだからと、新しい提案を求められるものの、本当に新しい提案は採用されない。

 結局ただただ見出しの文言をいじっただけのチラシが刷りあがって終わる。いわばこの企画書は、新しいことにトライしようとしたけどダメだった、と先方が納得することによって、恒例の仕事を得るための生贄だ。

「俺の時間を使う仕事じゃない」

 そうおっしゃる進藤さんも、実のところ課内のエースというわけじゃない。彼もまた、うまく表現できない何かを胸に抱えているのかも知れない。


 ✳︎


 時刻は九時を回った。小規模な故か、比較的のんびりした体制の会社だ。オフィスにはわたししかいなくなっていた。

(残業が嫌だから、事務職になったのに……)

 うまく断れない自分を呪いながら、それ以上作業をしても進まない確信があったので、そこで仕事を切り上げることにした。

 外に出ると十一月の夜風が肌に染み込んでくる。あわててダウンコートの前を閉じた。

 いつもなら家に直行する。でも今日はなんだか、胸に抱えたモヤモヤを浄化しないと、家にまでよくないオーラを持ち帰ってしまいそうで、ひとり飲みに出かけることにした。……したものの普段はひとり飲みなんてしない。

 どのお店に行ったものか。職場の仲間とよく行く焼き鳥屋は……流石に店員に顔を覚えられているだろうから気まずい。向こうはそんなに気にしないだろうけど、わたしの気持ちの問題だ。今日は、どこかで、何者でもない自分になって飲みたい。

 足を向けた飲み屋街は、両脇にバラエティに富んだお店が軒を連ねていて、どこのお店もおじさんが繁殖している。もう九時を回っているというのに、酔いが回った頭で語るモードに入ってしまっている感じ。座席に固定されているかのように動く気配がない。

 この中に、若い女一人は異質だよね。その場で居合わせただけの人にどう思われてもいいっちゃいいんだけど。なんだかソワソワしてしまうのが目に見えている。

 あてもなく歩を進め、何となしに目についた角を曲がった。

 狭い裏路地に、居酒屋の換気扇が勢いよく、肉を焼く煙とか、鍋の湯気とか、おじさんの熱気なんかを吐き出している。

 そんな中にポツンと一軒。控えめな赤ちょうちんが目に留まった。

「タチ呑み屋」

 こんなところにもお店があるのか。見た感じ混んでなさそうだし、立ち飲みだったらおひとりさまも歓迎だよね。

 ちいさくうなづいた。誰に対して? うん、わたしに対して。ちいさな決意表明だ。

 引き戸に手をかけると、抵抗なくカララと乾いた音が鳴った。


<続>

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