下北沢へー今日の積読(2024/04/03)#9

数日前のことだが、下北沢へ行く機会があった。
訪うのは十数年ぶりで、鉄道の地下へ潜ってからは初めてである。

街の激変していることに、驚く。
ほとんど知らない街と云ってよく、かつての面影を見出すのは難しい。懐かしい、という感情は微塵も顕れない。
新しい街並みは、好みの雰囲気でもあり、いつか妻と来たいな、とおもいながら歩く。

お目当てのひとつは、本屋B&Bだ。有名店で、どこかで見たり読んだりして知ってはいたが、じっさいに訪れるのは初めてである。

開店と同時に乗りこむ。
さいしょの数分間は、店員さんと僕だけ、という気まずい空気だったが、棚に没頭するうちにぞくぞくと若いお客さんがやってき、気づけば静かな活気がある。

せっかく来たのだし、目ぼしい本があれば連れて帰ろう、と店内を右往左往して備に眺め、どれにしようかな、とあれこれ悩んでいるうち、あっという間に一時間が過ぎる。何と充実した時間であろうか!すごく愉しい。

家に帰れば積読もたくさんあることし、買うのは一,二冊だけ、とおもっていたが、絞りきれずに五冊も選んでしまった。帰りのリュックが重い。以下がその五冊だ。

『家事労働ハラスメント』竹信三恵子(岩波新書ー新赤版1449)

ケアや労働といったテーマで集められた(とおもわれる。以下同)棚で見つけた本。もともと興味ある分野で、刊行からは少し経っているが(2013年10月刊)この国の現状はさほど変わっていないだろう(と云うよりむしろ悪くなってる?)、と読んでみることにする。

『さらば、男性政治』三浦まり(岩波新書ー新赤版1955)

こちらはジェンダー/フェミニズム関連の棚から。2023年1月刊だから、比較的さいきんの本と云える。きのうの日記にも繋がる話題なんじゃないかな。

『日本の中絶』塚原久美(ちくま新書1677)

こちらもジェンダー/フェミニズムの棚から。2022年8月刊。
いま読んでいる桐野夏生『燕は戻ってこない』は妊娠出産を巡る話(歪な形態ではあるが)だが、中絶はその対極にあると云ってよく、興味が湧く。
昨年再放送で観たドラマ『透明なゆりかご』でも、日本の死因隠れ一位は「中絶」だと云っていたことも併せておもい出す。
小説を読んでるうちに読めるといいのだけれど。

『燕は戻ってこない』の読書日記は以下より↓。

『コミュニティを問いなおす』広井良典(ちくま新書800)

こちらは建築/都市論などの棚から。2009年8月刊。これもちくま新書。岩波新書と併せて、ちくま新書も読んでいくと良い補完になるかもしれない。

ここ数日、場づくりやコミュニティと云うものにも興味が出てきていて、僕も作ったりしていけたらいいな、などと漠然と考えるのだけれど、どこから手をつけたらいいのかさっぱりわからず、一先ずの足掛かりとしてこの本を読んでみる。

『科学の方法』中谷宇吉郎(岩波新書G50)

科学の本も一冊くらいは、と科学の棚からとってくる。1958年6月刊。昔むかしの岩波新書、青版だ。

中谷宇吉郎は雪の結晶のひとであり、僕の敬愛する寺田寅彦の一番弟子だ。

ちょうどいま読んでいる岩波新書、竹内啓『偶然とは何か』の「そで」(カバーの裏表紙側を折り返した内側部分)にもこの本が紹介されていて、惹きよせられた、と云うのもある。

手に入れた本を振り返ってみると、自分のいまの興味関心がはっきり可視化されるようでオモチロイ。漫然と気になっていたことが、意識していたわけでもないのに、本を通して縁取られて像を結び、よりくっきりと認識される。やはり本屋はいい。

さてどれから読もうかいつ読めるのか。

この記事が参加している募集

わたしの本棚

新書が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?