見出し画像

#21 適性診断: ガイド不適切

そもそも私は観光をしないタイプの旅人なのです。外国へ行ったら一番にその街のスーパーへ繰り出し、市場を見学し、丘があれば丘の頂上へ行き、神社か教会かとにかくその街の宗教的シンボルへ行くだけの旅人なのです。それが日本から来た友人たちのガイドをしようだなんて、さんまさんが20分間ギャグを絶対言わないってくらい無理な話なのです。


少し寝坊をして目を覚ました。
私は朝から張り切っていた。張り切って見えないようでも、実は張り切っていた。彼女達には、日本とは違う、アメリカの中華料理を楽しんでもらいたかったし、Native American博物館へも行こうと思っていたし、マツキヨに喜び震える彼女達にはやっぱり、アメリカンファーマシーへ連れて行きたかった。

もう昼ご飯の時間である。お腹がぺこぺこだ。私の愛車、ハニー三世でフェニックスの街までレッツゴーだ。言うまでもないが、アメリカの道路は碁盤目状に整備されていて、道路にはそれぞれ名前がついている。その名前さえおさえておけば、目的地まで簡単に行けてしまう。

今回目指している昼食の場所は、私が連日通っていた中華レストランだ。『Gourmet of Hong Kong』という名のレストランは、いかにも客を拒絶している造りで、窓は鉄板のようなもので覆われ、ドアも外側に金属のカバーが付いていて、外からは中が計り知れない。かろうじて、道路に面して出ている看板だけが、ここはレストランだと告げていた。

二人とも声を揃えて「あやしい~!」といぶかしる。いけない、第一印象から最悪ではないか。私も最初はドアを開ける時、どきどきしたけどね。

フェニックスの日差しは強い。高いビルのないこの場所では、窓からの日差しで冷房が効かないくらい部屋の中が暑くなる。そこで、窓を覆って日差しを入らないようにして冷房の効率化を図っているのである。ね、だからそんなに怪しくないんだよ。

二間に分かれている店内は、古ぼけていてかなり広い。白い壁紙は黄ばんでいるし、寒々としたテーブルと椅子はワンカップ大関がコップ代わりに出てくるような日本の定食屋を思い出させる。

中華料理は英語のメニューに慣れていない人に優しい。料理名が漢字で書かれていることがあるからだ。(英語だけの時もある。)これなら、彼女達も自分のメニューを選べるだろう。それになりより、ここの料理は安くてボリュームがあっておいしい。平日のランチはたったの5ドルで、おかずとおひつに入ったご飯とスープが出てくる。ウーロン茶は無料だ。私がここへ足しげく通った理由は、食べきれなかった料理はお持ち帰りの箱に詰めてもらって、それをまた夕飯に出来るからである。美味しいから、続けて同じ料理を食べてもなんら問題はない。

中華料理の中でも、私は香港料理が好きだ。四川は辛いからあまり好みじゃない。上海も好きだけど、甘い味付けが多いのでやや気が削がれる。調理方法に凝っている北京料理は捨てがたい。広東料理は醤油ベースのあの味付けがあまり好きでない。本来の香港料理は、他の中華に比べて洗練されている。使われる野菜や味付けのソースは、西洋のものを多用していたりする。何より、匂いが違うのだ。油っこい匂いではなく、食欲をそそるあの匂い。ブラックビーンズのソースで味付けされた牛肉などはご飯が何杯あっても足りないくらいだ。

横浜の中華街でも、中国の調味料で調理してある料理にはお目にかかれない。ぜひともミクちゃんやチーに、本場に近い中華を楽しんでもらいたかった。

ミクちゃんはビーフチャーハンを頼んだ。チーは牛肉とピーマンの炒め物だ。なんで日本でも出てくるような料理を頼むんだよー。あっ、他のはどんな料理かわからないからか。じゃあ、私はお手本として、骨付き蒸し鳥の葱ソース和えを注文することにするよ。これはぶつ切りにした鶏をそのまま茹でて(たぶん)、しょうが、葱、塩、それと油で調理したソースをかけたものだ。ご飯に合うんだなー。

ミクちゃんは運ばれてきたチャーハンの量に絶句していた。でも、一口食べて「美味しい」といった。私も一口いただく。うん、美味しい!中華料理屋で使うお米は、ポソポソしていて匂いがある。そこがなんとも言えず、脂っこい料理に合っているのだ。油で炒めてもこのお米は美味しいんだなー。

チーの料理が運ばれてきた。チーはお皿を一目見て、顔を歪めた。いろいろな野菜が炒めてあるのだが、その中に嫌いな野菜が入っているらしい。いじましくも箸で一つ一つつまみ出している。でもさ、こっちの野菜は美味しいんだよ、一口食べてみなよ。私に唆されたチーは、野菜の中でも一番嫌いというピーマンを口にした。

「…………………!!!

口の前で手のひらをパタパタさせ、首をでんろく人形のように振り、もだえている。そ、そんなにまずかった…?

やっとの思いで飲み込むと、恨めしそうにアメリカのピーマンはまずい、と言い放った。チーの言葉を借りると、アメリカのピーマンはでかくて肉厚で、"ザ・ピーマン!" という味がするらしい。ごめんねと言いながら、私は心の中で目を白黒させて苦悩するチーに指を差して爆笑していた。ごめん、チー。

私の皿が運ばれてきた。二人とも「わー、おいしそうー!!」ときたもんだ。ふふふん、諸外国でのメニュー選びには、それなりのスキルが必要なのだよ、スキルが。何度、失敗を繰り返したことか。超空腹で、うきうきしながら未知の料理を待っていたらば、小さい皿に、ころころっと羊のウンコくらいの貝が出てきたとか、身悶えしそうなくらいに黒くて甘いソースで和えられた得体の知れない魚が出て来たりとか…まぁ、ちょっと思い出すと遠い目をしちゃうね。

淡白な鶏肉の味に、このしょっぱい味付けのソースが合うんだよなー。ご飯が進むーーー。ばくばく食べる私の横で、やはりチーが愕然と箸を震わせていた。

「このご飯、ツヤがない! ぽそぽそしてる!」

はっ…ししし、しまった! 長いこと日本から離れてたから忘れててた。日本ではこの手のご飯は出ないんだった。日本のお米はほこほこしていてつやつやしていて、わずかに甘い味がしてとても美味しい。そんなご飯を毎日食べてる彼女達に、こちらのご飯は相当ショッキングであったに違いない。うーん、これは私の配慮不足だった。無念

「ほんとだー。つやがなーい」

ミクちゃんがチーのご飯をつついていた。(つつくだけ。食べない)

店を出ると、フェニックスの日差しがまぶしかった。車を開けると、中は完全にヒートアップ状態。室内に残したペットボトルの水は、もはやお湯である。ものすごい勢いの風で、しばし室内をクールダウン。あー、トランクの中に積んでるハッカクの匂いがきついなぁ。

その後、我々はNative American博物館の建物をしばらく眺めたあと、お土産屋に直行した。アメリカンインディアン特有の模様で縫われた布や、トルコ石のアクセサリー、木彫りの人形や、ドリームキャッチャー、静かな店内はNative Americanの文化満載である。中でも彼女達の目を惹いたのは、願い事を叶えてくれるという、豆粒サイズの5つの人形だった。ミクちゃんはことさら興味を持ったらしく、「宿題とかしてくれるのかなー」と呟いていた。完全に『小人の靴屋』と『ドラえもん』をごっちゃにしている。それに、ミクちゃんにはもう宿題はないはずである。

博物館を後にすると、私達はホテルへひと泳ぎにしに戻った。

実は、私はあまり泳ぎが得意でない。昔、泳ぎの得意な姉に、「プールの端から端まで泳げる」と豪語したが、実はそれはプールの横幅の端であったことがバレ、さんざん馬鹿にされたことがあった。ミクちゃんとチーはわりと運動神経がいい。チーは "わりと" なんてもんではなくて、無茶苦茶運動神経がいい。笑顔のまぶしい彼女の得意なスポーツは『卓球』である。

ミクちゃんはスーイスーイと顔出し平泳ぎで格好良く泳いでいる。チーは顔出しクロール(サーフボードを漕ぐときの泳ぎ)で思いきり泳いでいる。いいなぁ。私も顔を出しながら平泳ぎしてみたいよ。私はプールサイドにへばりつきながら、彼女達を眺めていた。

思ったよりパッとしないガイドぶりに、自分の不始末ながら落胆していた。よーし、名誉挽回! 今夜の食事はちょっと大人っぽい場所にいったるぞー。もう未成年じゃないんだし、お酒が飲める場所にだって入れるんだーーー。パスポートプリーズ、それがなんだー。いや、それを言うなら、ID(アメリカの身分証明書)プリーズだー。

相変わらずプールの壁にへばりつきながら、私は頭の中をフル回転させていた。

(つづく)


なんか彼女たちが来てくれたのはすごく嬉しかったのだけど、観光と言うよりは部屋でずっと話していた記憶ばかりが思い起こされます。眠たくなるまでずっと話して、話してからまた寝て、飲んで食べて話して…をずっと繰り返しているだけで楽しかったのです。

その時点でガイド不適切でした。さて次回三人は何をして遊ぶのでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?