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Hot Water of the beachの屈辱

私は車の運転が好きなんだなーと思う日記です。ひと度ハンドルを握ってしまえば、ゴールのことなんて忘れてしまう。ゴールなんて永遠に来なくていいとさえ思うのです。
そうそう。旅をしていて私はひとつの基準を設けていました。挨拶で微笑んだ時、相手がほほえみ返してくれたらその人はいい人。ほほえみ返さなかったら何か闇を抱えている人、という基準です。これで悪い人に会うこともなく危険な目にも遭わなかったのだから、参考にしてもらっていいと思います。


コロマンデル半島の入り口、テムズで一泊し、今、私達はあてもなく半島の先へ向かって走っている。

曇り空の下に、どんよりとした海がうねり、もうずいぶん長いことこの海岸沿いを走っているのに、未だに私達以外の車は見られない。ゆっくりのんびり、景色を楽しみながらドライブだ。カルメンがカセットテープに合わせてハミングをしている。どこまでも続く海岸線は、緑のトンネルになっている。木々の間に白い波を見ながら、ずっとこの道が続けばいいのにと思った。

途中で、いくつか小さな町を通過した。今、道は海から離れ始め、急な峠を登ろうとしている。先ほどから降り始めた雨がだんだん激しくなってきた。1m先も見えないほどだ。外は薄暗い。カルメンは無口になった。

大きな町でいったん停車し、地図を広げる。それにしても激しい雨だ。車内が雨漏りしないといいな。

地図に、"Hot Water of the beach"と書かれている地点が目に入る。そう、今日はここまで行きたいのだ。距離としてはそんなに遠くないはずなのに、この雨ではなかなか先に進めない。そろそろと走り始め、ルート25号線を走る。景色はどんどん寂れていく。もはや海も見えないし、私達は湿った山の中をただただひたすら走る。道路がアスファルトから砂利道に変わり、車がすれ違うのも不可能なくらい細い道になっていく。昼間だというのに、車の通る気配もない、薄暗い山道。本当にこの道でいいのかな。一瞬、頭の中でトランクの荷物を確認する。このままここで野宿することになったとしても、私達にはパンがある、水がある、チーズもある。ガソリンも満タンだし、万が一の場合でもなんとかなりそうだ。

1-2時間ほどそんな道が続いたかと思う。しかし、道は突然アスファルトに変わり、進んでいる道が正しいことを示すハイウェイボードが現れる。ほーぅ、よかった。とりあえず、道に迷った訳ではなかったみたい。

激しかった雨も、小ぶりになってきた。私達はHot Water of the beachから一番近い、Haheiという町に滞在することにした。ルート25号線から少し外れ、Haheiに向かって走り出す。細い道が牧場の間に続く。私達の車が牛の横を通り過ぎて行く。

ほどなくHaheiに到着。なんと…教会が一つ、古い商店が一軒だけの小さな町だ。人口、50人と言われも不思議ではない。町が小さいので、見かける人も少ないが、私が見た町の人達はすべて老人だった。この町に若い人っているのかなー?目的のバックパッカースを目指す。かなり広い敷地のバックパッカースだ。でも、人っ子一人いない。やってるのかなー?

庭師と思われる、鼻の長い腰の曲がった老人が「何か用事かね?」と話しかけてくる。私は車を降りて、ここに泊まりたいんだけど、と話をする。オーナーは今出かけてる。10分くらいで戻ってくるから、ちょっと待っているといいよ。赤いピックアップがオーナーの車だから。と言われた。私とカルメンは車の中で暖を取りながら、オーナーを待つことにした。この雨模様で気分もだだ下がり気味だ。

しばらくすると、赤いピックアップが駐車場にやってきた。私は車を降りた。この町には赤いピックアップがよく似合う。砂利道ばかりだから、きれいな車だとたちまちタイヤが真っ白になってしまうだろう。オーナーが車から出てきた。

ぎょっ。ま、まじ?
オーナーは一回り小さくなった高木ブー。頭はもしゃもしゃ、シャツはくしゃくしゃ、そして長靴を履いている。

「一泊かい?」

オーナーは体を掻きながら、私をオフィスへ連れて行く。カルメンが車の中で心配そうに見ている。しかし、このおじさん、見なりは悪いが、別に悪人というわけではなさそうだ。

「日本人かい?」

そうです。と、とりあえずにっこり笑って答える。にっこり笑うと、おじさんまでにっこりしてくれる。うん、やっぱりいい人だ。おじさんはバックパッカースは今、手直しをしている最中だから、よければ二人部屋があるよ、金額はバックパッカースと同じでいいから、と言ってくれる。二人部屋、しかもバックパッカースと同じ金額と聞いて、こちらとしては願ったり適ったりだ。取引成立ということで、さっそく荷物を部屋へ運んだ。部屋の中には、ダブルベッドが一つと2段ベッドが置いてあり、そしてキッチンが設備されている。ここのバックパッカースは、トイレもシャワーも離れになっている。トイレに行くたびに、雨の中を走らなくてはならない。ああ、寒いのになぁ...。

突然、コンコン、とノックする音。ドアを開けると、おじさんが大きなふかふかの布団を抱えて立っていた。

「今夜は冷えるから。ヒーターはちゃんと動いているかい?」

うわー。おじさん、身なりは悪いけど、いい人だって知ってたよ。思ったとおりだよ。ヒーターはちゃんと動いているよ。どうもありがとう!私達は機嫌のいい声で、おじさんにありがとうと伝える。おじさんは照れたような笑いを浮かべて去って行った。

さー、布団もあるし、どのベッドで寝ようか。

「あらやだ。もちろんダブルベッドに決まってるじゃない。」

そうか。じゃあ私は2段ベッドのほうで眠るよ。

「なんで?一緒にダブルベッドで寝ましょうよ。そのほうがふかふかでいいでしょ?」

え、カルメン?眠りの浅いあなたがそれでいいなら、私はかまわなくってよ。私はどこでも眠れるし。

「じゃ、決まりね!」

と、カルメンは無邪気だ。そうか。女の子と二人でダブルベッドになんか眠ったことないけど、まぁ、こだわらなくてもいいのかな。

しばらく休憩した後、私達は夕飯の支度に取りかかった。
明日はHot Water of the beachに行くのだ。この寒さが、私を熱い風呂への羨望をかきたてた。ああ、熱いお湯に浸かりたい。言うのが遅くなったが、実は今回のプロジェクトは、『Hot Water of the beachで自作の風呂に浸かる』だった。Hot Water of the beachとは、温泉の涌き出る海岸のことで、噴火によって地割れした部分から、熱いお湯が涌き出ている、とのこと。私達は夕食の準備をしながら、Hot Water of the beachについて、ああでもない、こうでもないと語り合った。

翌日、相変わらず身なりの悪いおじさんに手をふり、私達はバックパッカースを後にした。昨日とは打って変わって今日は晴天だ!ああ、よかった。露天風呂に入るのに、雨じゃ哀しいもの。私達は機嫌よく、走り始めた。バックパッカースからHot Water of the beachまではほんの15分ほど。雨に濡れた牧草がキラキラ輝くのを横目に、私達は一路、海岸へ。

海岸に着くと、寂れた商店がポツンと建っていた。人気はない。まぁ、シーズンオフだからね。そういうこともあるよね。

車を降りて、海を眺める。なんと美しい景色!太陽に照らされた海はコバルトブルー。波の音と鳥の声。ああ、本当にいい気持ち。海を見ていると、自分が地球の一部であるってことを痛感してしまう。

目の前を砂浜が広がる。私達はさっそく海に向かって走り出した。
しかし、何かが違う。何かがおかしい。お湯はどこ?湯気はどこ?

カルメンが砂浜を触る。

「冷たい…」

えええー???そんなバカなー。Hot Water of the beachだぜー?そんなことあるわけないじゃん!
しかし、無常にも砂浜は冷たい。ザパーン!と波が押し寄せる。一体…どういうこと?

私達は商店のおやじに、一体何が起こっているのかを聞いてみることにした。

「引き潮が終わっちゃったからね。熱いお湯は今は波の下だよ。」

ガーーーーン!!
どうやら、お風呂を作るためには、引き潮のタイミングを見計らわないといけないらしい。おじさんが「夜の9時半に、もう一度引き潮が起こるよ。」と教えてくれた。でも…。夜の9時半に、若い娘が水着姿で風呂を制作する姿はあまりにも悩ましすぎることであろう。私達はこのプロジェクトを断念することにした。

私達はおやじから聞いた、正確なお風呂地点を遠まきに見て、せめてもの記念に、と写真を撮った。

Hot Water of the beachめ。今回は断念せざるを得なかったが、必ずや再来して、オリジナルお風呂を作ってやる。

さてさて、私達が次に目指すのはTauronga。どんな町かも知らないけれど、高木ブーおやじが強く勧めるバックパッカースがあるというので、そちらに行くことにした。

Taurongaでのプロジェクトは『NZでも名高いバックパッカースを視察する』である。

(つづく)


Hot Water of the beachの写真を見てみると、そこにはごくごく普通の海が写っていました。どこを撮ったのかな?ってくらいなんの変哲もない海の景色です。それにしても、小さくなった高木ブーとか、悪口ですか。まったく、出っ歯のハゲとか高木ブーとか、中学生かっつうの。
次回は、国際色豊かなバックパッカースに宿泊した時の模様を綴っています。お楽しみに!

#何者でもない私 #ということは何にでもなれる #高木ブーは悪口みたいな芸名です #結局みんな優しい #小さな街の魅力

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