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塊(かたまり)

ニュージーランド旅日記 第11回
私はニュージーランドの北島の北の方に住んでいたのですが、そこから160kmくらい先にあるオークランドという主要都市に、出国する前にネットでやりとりしていた人と会いに行ったのです。その人の会う前日の夕食の時のお話です。若いので勢いだけがぐいぐい来ます。自分のことなのに、なんか怖いです。


今夜は肉に飢えていた。
よくわからないけど、ここ2日間ほど肉から離れていたら、肉が無性に食べたくなってしまった。肉だ、肉。脂の滴る、うまみ汁たっぷりのステーキが食べたいぞっ!!せっかくオークランドにいることだし、今夜は『地球の歩き方』にも載っている アンガス ステーキ ハウス(Angus Steak House) に行ってみることにしよう。

お店は半地下にあって、ステーキハウス独特の雰囲気をかもし出していた。木の床、暗い灯り、プーンとした肉の匂いが空腹感をかきたてる。まだ時間が早いせいか、人はあまり多くない。お店の人が軽く「予約してる?」って聞いてくる。してないよ、って答えたら、むしゃむしゃ音をたてて食べている男の人の隣のテーブルに案内された。

メニューを見る。メニューはシンプルだ。前菜、メイン、デザートというカテゴリしかない。メインは好みのステーキ、サラダバーで約25ドル。テーブルに牛の絵で肉の部位を説明しているシートが置いてある。ここから好みの部位を選ぶのかな、と思ったら、お店の人に「あそこのカウンターに置いてある肉から好きなものを選びな。あそこにあるものは全部同じ値段だよ。それからサラダは自由に取って食べてくれ。肉は選んだら、焼き場に持って行って好みの焼き加減を注文してね」と口早に言って、去ってしまった。

ふむふむ。カウンターはこれか。いつもそうだけど、カウンターの位置が高い。肉を持ち上げるときに、腕が伸びきってしまう。くそー。いや、そんなことを愚痴っている場合じゃない。なんだこれは。これはステーキなのか?肉の塊じゃないか。氷の上にそれぞれの部位のステーキが並んでいる。フィレの塊、サーロインの塊、Tボーンステーキの塊、ラムチョップ、鶏肉の塊。どれを選んでも、塊。その中から私はあえて一番大きいTボーンステーキを選ばせてもらった。ステーキをつまみあげる。うーん、厚さ10cm、ゆうに1kgはあると思われる。私は体が小さいわりにはたくさん食べるのだが、さすがに残すかもしれないな、とちょっと弱気になった。こんな塊、ステーキじゃない。

焼き場に行って、ミディアムウェルダンでお願いする。よく焼いてもらったほうが肉が小さくなると思ったのだ。しかし、これを全部食べきれたら、私は大食い女王としてNZに君臨することも夢ではないかもしれない。いやいや、そんなことを考えていないでサラダを盛ろう。サラダは『シズラー』と違って、そう種類はたくさんない。白くて細長い豆とか白くて丸い豆とか、紫色の豆とかライス系サラダとかキャベツのこっぱみじん切りとか、ビーツ等など。

ビーツで思い出したけど、その前にビーツの説明を。
ビーツとは日本ではあまりメジャーじゃない野菜で、外見はでかいラディッシュみたいな紫色の丸いものなんだけど、切っても強烈に紫色で、目の前に置かれるとどうしていいのかわからなくなる野菜である。NZでは既にスライスされた状態で缶詰となって売っている。缶詰のビーツは甘く味付けされていて、歯ごたえは生のじゃがいもスライスを水で浸してしゃくしゃく感を出そうとしたやつの失敗版という感じ。硬くはない、柔らかい。見た目を裏切る柔らかさだ。

まぁ、いい。このビーツなのだが、かつてアメリカの友人宅に滞在していたとき、夕飯にビーツが出たことがあった。ここの家では缶詰やレトルトは使わない。アメリカの古き良き時代のスタイルを頑なに守っている家庭なのだ。そう、そしてその日、ビーツはただの塩茹で出てきた。私はそのビーツに更に塩と胡椒をかけて食べた。友人はあまりビーツが好きでないらしく、私は友人の残したビーツを取り上げて食べた。友人のお母さんは、のりこはよく食べる。もう一人息子が出来たみたいだと言って喜んでいた。

その翌日のことだった。その日はやけにお腹がグルグルする。お腹の中のビフィズス菌が総勢力をあげて大活躍という感じだ。お尻の穴からガスを出すのはもどかしい。お腹にチューブをぶっすりと突っ込んで、ビュービューと風のようにガスを出してしまいたい気分だ。「たぶんビーツのせいだよ。あれは繊維がたっぷりの野菜だから。」と友人に言われた。そうか、ビーツというのは"栄養"なんだな。健康万歳だ。などと思いながら、用を足しに行ったときだった。「ややや、なんだこれは!!」 (ちなみに、この時私は別に大きい方をしに行ったわけじゃない。水分を出しに行ったのだ)トイレに見える黄色いはずの水分は、妙に美しいピンク色に染まっていた。まるでアンモニア水のようにきれいなピンク色。一瞬、私のガスが膀胱に達してしまって、体内の水分と調和してアンモニア水が出来あがってしまったのかと思ったが、そんなわけがあるはずない。友人に見せてやろうかと思ったが、それもえげつない。とりあえずその時は水に流して、友人に聞いてみることにした。

「ねぇ、もしも自分のおしっこがピンク色だったらどうする?」

友人がギョッとした顔をしてこちらを向いた。その顔には「なんでお前、俺のおしっこの色を知っているんだ」と書いてあった。

「...なんでそんなことを聞くんだい?」

別に

友人は、フーン、と言って黙ってしまった。しかし、私の質問が忘れられなかったのか、またその質問を蒸し返してきた。

「ノリコ、何かあったのかい?」

「おしっこがピンク色だったよ。」

「え?僕の?」

やっぱり。コイツの尿もピンク色だったのか。いや、私のだよ、と答えると、彼は心底安心したような表情を浮かべた。なんだ、俺だけじゃなかったんだ。コイツもそうだったんだ。という顔だ。そして、彼の推測は確信に変わったようだった。

「それはたぶん、ビーツのせいだよ。僕達、ビーツを食べただろう?」

ビーツは恐ろしい野菜だ。ビーツの栄養が、口から入って最後に排泄されるまでの経緯がビーツの色素でわかってしまうのだから。

話はかなり飛んだけど、サラダバーにはビーツがあった。私はビーツは2切れほどしか取らなかった。

そうこうしているうちに、ステーキが焼きあがって運ばれてきた。分厚いせいか、ずいぶんと時間がかかった。ジュウジュウと音をたてた鉄板が目の前に置かれる。ステーキは、よく焼かれたとしてもやっぱり巨大だった。

まず肉を骨から切り分ける作業に取りかかった。サクサクと肉が切れる。肉質は十分に柔らかく、ジューシーだ。一切れ、口に運ぶ。どこかのレストランで出てくるようなゴムのような歯ごたえではない。噛むとジュッと肉汁が出てくる美味しいステーキ。でも、味がない。ガーリックソルトがかかっているのはかかっているのだけど、味がない。テーブルにある塩と胡椒をかけて、パンについていたバターもステーキの上にのせる。うん、ずいぶん美味しくなった。和牛と違って、ソフトでサクサクとした歯ごたえというわけではなく、ガツガツ、ゴックンというボリューム感のある歯ごたえ。匂いは和牛と違って上品なビーフの匂いというよりは、これが肉だという存在感のある匂い。

美味とか旨味とかそういうことを追求するよりも、満腹中枢を十分に刺激するボリュームだけが印象に残る店だな、と思った。でも、美味しかったよ。もう一度行ってもいいな。

私は、わずかあと3口というところまで食べて、ギブアップ。
この次は必ず完食してやるぜ!!

(つづく)


1kgのTボーンステーキは、焼けば縮むと思ったのに、全然縮んでなくてびびりました。今なら1kgの肉の塊くらいへっちゃらです。この頃はまだまだ胃の容量が大きくなかった…って一体私は何を目指しているのでしょう。

今はビーツも好きになり、美味しくいただけます。

次回は、ネットでやりとりしていただけの、初めて会う日本人とオフ会の時のことを綴った日記です。

#何者でもない私 #ということは何にでもなれる
#160kmは日帰りの距離 #なぜ宿泊したか
#一人でステーキに食らいつきたかったから

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