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ワインディングで背筋が凍る

ニュージーランド旅日記 第八回
今やカセットテープなんて昭和の蓄音機くらいファンタジーな代物ですよ。既に車内でCDを聞くことは当たり前だった頃でしたが、私の乗っていた車は古い中古車だったのでカセットテープしか使えなかったんです…。


さー、今日は町まで行ってアートレッスンを受けるぞー。その後、海まで釣りに行くんだーーー。

雨が上がったばかりの空に虹がかかっている。
愛車のプレリュードのエンジンをふかす。この車は、ふかさないと元気が出ない。家の前の砂利道を下り、大きな虹を尻目に軽快な速度でストリートを走る。牧場と牛と虹。制作したばかりの女性シンガー版カセットテープをかける。この車のステレオったらそりゃあひどいもので、音楽をかけるとカセットの回る音がキュルキュル聞こえるし、どんなに最高のステレオで録音したとしても最低の音質に下がってしまう。それでもそんなところがかわいく感じちゃうし、既に私はこの車を愛し始めてもいた。

もうそろそろあの急なコーナリングだ。
私は以前、某ハイラックスサーフなる車を所有していたのだが、プレリュードはサーフと違ってグリップがきくし、ステアリングの感覚もぜんぜん違う。私はこの車を購入してから、日々コツコツとこの車の限界をこのコーナリングで調査していた。
よーし行くぞ。今日は前回よりちょっとだけスピードを上げてみようかな。ハンドルを握る手に力が入る。

その瞬間だった。

曲がるはずの車が曲がりきれず大きなカーブで道を外れる。道路の脇はダート、しかも深い溝になっていて、このスピードでハマると車が横転する恐れがある。しかも、道の脇にはポールが立っている。運転席側にこれが当たると、車の損傷次第では私が怪我をするかもしれない。いや、車の損傷は出来るだけ少なくしなくては!だって、車がなくちゃ旅が出来ない!生活が出来ない!!

などということが、瞬く間に頭の中をめぐった後、うまい具合に車が止まった。ふぅ、止まった。エンストもしなかった。安心するのはまだ早い。ギアをNに入れ、サイドブレイキを入れ、車を飛び降りる。フロントは大丈夫か!?倒れたはずのポールを見る。あれ?立ってる。なんだ、ビヨヨンポールだったのか。どおりでショックがなかったわけだ。いったい何が起こったんだ?私の運転ミス?フロントを見る。なんと無傷。私のプレリュードは美顔を保っていた。ああ、神様仏様、どうもありがとう。しかし...。あああああー!!フロントの左のタイヤがパンクしてる!!だ、だから急に曲がれなくなったんだー。だからか、だからか…という言葉が頭の中をグルグルする。タイヤのパンク。しかも、見渡す限り牧場しかないところで。果てしなく広がる牧場を眺める。ケッ。牛が草なんか食っていやがる。車から女性歌手の声がひどい音質で流れてくる。呆然と牛を眺めて、何を始めたらいいのと自分に問い掛ける。

前にホストファザーのマイクがジャッキのことを言っていたなー。なんかが足りないとか言ってたんだよな。それと学校のクラスメイトのネットががタイヤの交換について細かく教えてくれたこともあったっけ。しかし。パンクしたタイヤを目の前に、今の私はタイヤ交換の"タ"の字のHow To も思い出せない。どうしたらいいの、これ。

すると、赤いピックアップにガラクタをいっぱい乗せた車がやってきて、にわかにスピードを落とした。「何か困ったことが起こったのかな?」窓から白髪頭のおじいんさんが私に話しかけた。イェース!困ってる!困ってるよ!!すごく困ってたんだ、私!!!おじいさんにパンクのことを告げると、「おっけー。手伝ってやるよ。」と私の車の前に車を止めた。私は車のエンジンを切り、すかさずハザードをつける。

「ジャッキはあるかな?トランクを開けてごらん。」言われるがままにトランクを開ける。おじいさんが秘密の扉からやすやすとジャッキを取り出し、「ん?ハンドルがないな。」とつぶやいた。そうか、ジャッキアップするために必要な、あのハンドルがなかったんだっけ。「この車の中のどこかに必ずあるはずなんだけどなぁ。」 うーん、私もそう思うけど、どこにあるか検討もつかないよー。

おじいさんが自分の車から工具を持ってきて、道路に寝転がった。おー、なんか修理をしますって感じだー。おじいさんがコツコツとジャッキをあげていく。私はそばでおじいさんをじっと見守りながら、タイヤ交換の仕方を思い出し始めていた。まさか、このような出来事が私に起こるなんてなぁ...とぼんやり考えているそばで、車高がどんどん上がっていく。ふと、おじいさんの手が止まった。あれ、と思ったら、おじいさんが胸に手を当ててはぁはぁ息を切らせている。ああ、こんなところで人様に迷惑をかけた上に、この人を病気になんかさせたら、いったい私はどうしたらいいの。おじいさんが右手を挙げて「だいじょうぶ」といった。ああ、本当に?おじいさんと私は手を合わせて、ゆっくりとタイヤを交換していった。

スペアタイヤはダサかった。

町に行こうと思ったけど、これはいったんお家に帰って、マイクにいろいろとアドバイスを受けたほうがいいかもしれない。おじいさんとしばらく世間話をした後、おじいさんがそろそろ行かなくちゃと言った。「あ、せめてお名前を…」というと「名乗るほどの者でもない」などと言った直後に「デニスです」と名乗っていた。いつか旅先でお礼の絵葉書でも送ろうと思って、住所も聞いた。おじいさんは片手を挙げてさよならといった。そして最後に、「君が困ったときはいつでも俺が飛んでいくよ」と言葉を付け加え、ウィンクをして去っていった。

おじじ、カッコ良すぎるぜーーー。

(つづく)


ついに、車で牧場に突っ込んでしまいました。NZではこういうことがよくあるようで、牧場に突っ込んで誰にも気付かれず牧場で朝を迎える、みたいなCMがテレビで流れていました。(だから飲酒運転は止めましょう的な)

次回は青春ドラマのような旅日記です。読んでいただくのが躊躇われるくらい青い言葉が綴られています。

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