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車を買った!

ニュージーランド旅日記 第三回

とにかく人里から離れていた私の下宿先。
いつも、ホストマザーのリンダの出勤に合わせて街まで送ってもらっていた。帰りもピックアップしてもらわないと帰れなかった。けれど、彼女の出勤に合わせた到着時間は授業の時間よりもだいぶ早かった上、ホストマザーにも負担をかけているのが心苦しかった。

それに、私は車の運転が大好きだった。いずれニュージーランドをぐるっと旅をするときにも車は絶対に必要なのだから、買ってしまおうと決めた。

ちなみに、ニュージーランドでは車の生産がないので国内で走行している車は100%輸入車だ。日本で乗り回していたTOYOTA ハイラックスサーフを船で持ち込むことも考えていたのだが、もしかしたらもう日本には帰らないかもしれないと思って出国前に売ってしまった。

かくして、私は中古車を購入するために、オークションへ出かけるのだった。


車を買うにあたって、どれほどの数の車を調べたであろうか。

毎週、土曜日の新聞は分厚くて、一番たくさんのFor Saleの情報が載っている。私は土曜日の新聞を調べると共に、ヤード系の中古車屋さんや道端で売りに出ている車を見るのが習慣になり始めていた。そんなとき、ホストファーザーが「今夜のオークションになかなか良い車があるだけど、行ってみるかい?」と提案した。おーぅけーぃ。行くよー。車が無くて超不便で、そろそろ気が狂いそうになってきていたところだったんだ。

オークションは毎週火曜日とか金曜日とかに行われていて、それぞれ売りに出る車の種類が違っている。今夜は普通車。私達は、オークションが始まる前に目星をつけた車に試乗することにした。ホストファザーのマイクが最初に目をつけたのが、ホンダのプレリュード 84年式 xx AT パワーウィンドウなし。なかなかこぎれい。私達は試乗をして、ブレーキ、ステアリング、サスペンションなどの最小チェックをしてみた。うむ。まずまず合格。だけど、私の心が響かない。この車を買ったとしても、私、この車を愛せるかしら。ちょっと自信がないけど、付き合っていくうちに愛せたりするのかな。でもなぁ、そういうずるずるとした関係ってよくないと思うし...。

「他にもいい車があるかもしれないから、ちょっと回ってみよう」 というマイクの言葉に促されて、オークション会場を歩き回る。会場はさほど大きくはないが、高い天井に人々の声が響く。それにしてもよくこんな古い車を売りに出すなぁ。すごいよ、フォード76年式だって。マニアの車かねー。お、MR2もあるじゃん。なんだー、ATだよ。不思議なもんだなー、外国でこうして日本車を売りに出すところを目にするなんて。と思いを馳せていると、びびび、発見、いい車。ホンダ プレリュード 86年式 xx MT こぎれい。さっそく試乗。「うん、いいコンディションだ。」ブレイキ、ステアリング、サスペンション、タイヤ、パワーウィンドウ、それぞれ問題無し。びびび、これはきたぞ。私、これが欲しい。「うーん、僕はやっぱり、さっきのプレリュードをお勧めするけど...」というマイクの言葉は、恋にも近いこの感情の前で無視された。反対されるほど燃えるんだよねー。

オークションとは、ようは競り。車を競りにかけて、一番お金をたくさん出せる人間がその車を手に入れることが出来るというシステムだ。私はマイクに「$2350まで出すから、そこまで吊り上げてもいいよ。」と伝えた。マイクはウィンクで答える。たくさんの車が流れたり、買われたりしてついに私のお気に入りの車の順番までやってきた。マイクは駆け引きの達人だ。ディーラーの提示した金額には、反応しない。金額がだんだんと下がっていく。$1800...ああ、この車は流れてしまうのかな、と誰もが思ったに違いない。すると、おもむろにマイクが手を軽く挙げた。ディーラーが興奮してハンマーをこちらに向ける。「ウェーイ!(←私にはこのように聞こえた)」という店員の叫び声。私達から遠く離れた客席で手が上がった。ディーラーがハンマーをそいつに向ける。「ウェーィ!」このあまりにも意味がないだろうと思われる叫び声が会場に響き渡る。マイクがすかさず手を挙げる。向こうも挙げる。こちらも挙げる。更に向こうが値を吊り上げる。マイクが値を吊り上げる...。

「$2200!? さー、$2200、$2200だ。お、いいのか?後悔しないか?いいのか?
$2200?$2200$2200$2200!?.....$2200、ハンマープライス。(←こう言ったかどうかはさだかじゃない)」

かくして、私は$2200でプレリュードを手に入れたのだった。

(つづく)


ちなみにこの頃のNZ$は80円~87円辺りを推移していた。だから日本円にするとだいたい18万円くらい?貧乏旅の私には大きな出費だった。

それでも、人生で初めてのオークション体験は貴重だった。ホストファザーとの絆もぐっと縮まった。

確か、私が購入したプレリュードは12年落ちだったと記憶しているのだが、パワステが嬉しすぎた時代の車のせいか、指一本でハンドルが回せた。そして、ドアのバッグシートの後ろにはEPレコードくらいの大きさのステレオが4つも付いていた。前にも2つ付いていた。

おおかた地方のヤンキーがBon JoviやMadonnaでもなく本田美奈子の『1986年のマリリン』あたりを大音量で聞いていたのだろう。私の実家近辺だとバイクからの『ゴッドファーザーのテーマ』が定番であった。

この車がメンテナンスを終えて納車されるのは後日。
果たして教習所以来初めてのMT車を、私は無事に運転出来るのだろうか。

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