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牛の屠殺に思うこと

ニュージーランド旅日記 第七回
※ 牛の解体についてまぁまぁ見てきたことをそのまま書いているので、ご注意ください。


「よし、決めた!4月10日に牛をやるぞ!どうだい、Noriko?」
ホストファーザーのマイクがカレンダーにボールペンを突き刺し、振り返った。おーいえー、牧場の牛を一頭殺すんだったっけね。食用のために。

「一頭で1年分!すごいだろう。」

そうかぁー、1年分の牛肉かー。それはすごいなぁ。レバーとか頭とか足とかも食べちゃうわけ?するとマイクは顔を曇らせ、「ノー」と言った。内臓や頭、足などはすべて捨ててしまうのだそうだ。ただ、近所の人が欲しがれば、レバーや心臓はあげてしまうらしい。

それからマイクの牛講義が始まった。なんでも、牛は屠殺場には連れて行かず、牧場で殺して解体するとのこと。プロのブッチャーがクレーンのついたトラックで牧場までやってくるのだ。殺される牛は何も知らない。ただ、腸をきれいにする必要があるので、殺される何日か前から餌は与えられていない。銃を持った人間がやってきても、牛は何も気がつかない。「モ?」と振り返った瞬間に、眉間にバスッと一発銃で撃ち込まれて即死、というわけだ。牛は何も知らないまま、その心臓が止まる。その後、ブッチャーが皮を剥いで、内臓を取り去り、体を6つほどに切り分けた後、トラックでブッチャーの冷蔵庫まで運ぶ。10日ほど経った後、更に細かい部位に切り分けて、家族のためのステーキになるという寸法だ。

「牛は屠殺場に連れて行かないほうがいいんだ。屠殺場に連れて行くときに、牛が怖がってしまって肉が硬くなってしまうから。」

なるほどね。緊張感や恐怖感を感じているときに脳から分泌されるホルモンのことを考え、生き物の体は不思議だなぁ、などとつくづく思う。牛は不思議な生き物だ。人間が歓迎するような味のミルクやその体の部位。しかも、栄養価が高く、我々の成長を施してくれる。そして、牧場の牛は、ミルクがたくさん出る牛、濃厚なミルクが取れる牛、食用肉として最適な牛、とさまざまだ。それぞれ種類が違うのだが、当然どこかで人間の技術が加えられているのだろうと思いきや。

「いや、ミルクがたくさん取れる牛は最初からミルクがたくさん取れてきたし、牛肉用の牛は最初から牛肉がたくさん取れていたよ。もちろん、質を高める技術は加えられたかもしれないけど、彼らは最初からそのように存在していたんだ。」

という。牧場の牛は人を怖がらない。人間は牛にたくさん草が生えているフィールドを提供してあげる。彼らは子孫を残せるし、生きている間の安全は守られている。つまり、人間と牛とはいい関係が保たれているんじゃないか?まるで犬と人間の関係のように。世の中の存在に意味のないものはない、と考えてみると、牛の存在はとても不思議に思えてしまう。まさか神様は人間のために牛を作ったわけではなかろうに、でも、ここの牛はまるで人のために存在しているかのようだ。

当日の朝、わくわくしている私に末の息子が「もうすぐ出かけるよ」と言った。リンダとマイクは今日は仕事で、末の息子が私を牧場まで連れていってくれるのだ。彼のピックアップトラックに乗って、牧場の間の砂利道をすべるように走っていく。今日は天気もいいし、遠くのパドックまで見渡せる。ああ、平和だなぁ。

現場まで到着して、ふと前を見た。すると、小さなコンクリートの広場に大きな牛が横たわっていた。首もとからドクドクと赤い血が流れ出している。「あー、もう撃っちゃったの?」息子が残念そうに言う。牛の眉間に小さな穴が空いていた。銃で牛を殺したあと、ブッチャーはナイフですばやくのど元を切る。肉の新鮮さを保つために、体中の血を全部出してしまうのだ。牛は死んだ直後、筋肉が痙攣して足を動かしたりする。私が牛のそばまで行くと、まるで夢の中でパドックを歩いているかのように4本の足が宙を掻いた。

おびただしい血がコンクリートの上を流れていく。ブッチャーが牛の足をもぐ。メキメキメキッと痛そうな音がする。今度はのどを切り開いて舌を取り出す。ピチャピチャッとホラー映画のような音がする。次は皮を剥ぐ作業だ。ブッチャーが鮮やかなテクニックでナイフと手で皮を剥いでいく。瞬く間に牛は皮を剥がされて、巨大な牛肉に変貌してしまった!男2人がかりで、牛をクレーンでつるす。今度は内臓を取り出す番だ。私は牛の背中から見ていたので、お腹側で何が行われているのかは見えなかったけど、しばらくしたら、ヌルリーッボットン!と内臓の塊がすべり落ちてきた。楕円系に大きくはちきれそうに膨らんだ巨大な胃!ナイフで傷をつけてしまったのか、穴が空いていた。のぞいてみたら、緑色の半分消化された草が見えた。匂いは既にうんちみたいな匂いだった。そうか、消化されるとすぐにうんちみたいになっちゃうんだな。しかし、草だけで肉をたっぷりつけたり、ミルクがたくさん出たり...不思議な動物だ。他にも心臓や肝臓や腎臓が次々と解体されていく。牛の腎臓は奇跡だ。丸いこぶし大くらいのものがいくつもいくつも連なっているのだ。シチューにすると美味しいそうだ。

空っぽになったお腹を見てみる。あばら骨が見えて、いよいよ牛肉感が迫ってくる。

ブッチャーがチェンソーを取り出した。以前、アメリカでチェンソーショーというのを見たことがあるのだけど、チェンソーで木を切ると木屑がすごい勢いで舞うのだよねー。ということは...。ブッチャーが逆さ釣りされた牛の股から背骨に沿ってチェンソーを下ろしていく。私はすぐに牛の横に移動した。おー、すごいよ、すごい。牛の脂肪がすごい勢いで空にめがけて散っている!すごいなぁ!細かい脂肪が宙に吹き飛ばされていく光景なんか、そう滅多に見れるものではないよ。

牛が二つの体に解体された。
その後それぞれを3つに切り分け、ブッチャーがトラックに積み込んだ。この後、大きな冷蔵庫で一週間~10日、寝かせるらしい。残された内臓は、別のトラックの積荷に運ばれ、どこかへ捨ててしまう。ふーん、いろんな国の人が牛を食用家畜にしているけれど、牛の内臓も含めてすっかり食べてしまう人達もいれば、このように肉だけ取って後は捨ててしまう人たちもいるのねぇ。捨ててしまうよりも全部食べてあげたほうが、牛冥利に尽きるんじゃないかなー、などと思った。

帰り道、息子のピックアップトラックに揺られながら、"素朴で豊かな生活"について感慨にふけってしまった。

(つづく)


私が下宿していたお家は牛を一頭分の肉をまるっと冷凍庫に入れ、一年かけて食べていきます。だから夕食は毎日牛肉が出てきました。肉の部位や切り方で飽きずに毎日食べられました。

この日私は、Kidney(腎臓)という単語を覚えました。
見学中は全然へっちゃらだと思っていたのですが、その日の夜は牛の腎臓が夢に出てきました。強がっていても、それなりにトラウマだったようです。

次回、毎日車でコーナリングの最速をチャレンジしていた私に必然とも言える出来事が起こります。



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