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オー・マイ・カー

ニュージーランド旅日記 第四回
私の下宿していた家は写真のような景色が見渡せる丘の上にありました。丘までは一本道。家の奥の離れたところにあと数軒ありました。その日納車だった私は意気揚々と向こう隣の三軒先辺りまで慣らし運転に出ます。


今日は学校にマイクが大きなトラックで迎えに来てくれる。こんなことは滅多に無いことだ。今日は特別なのだ。なぜなら今日は急いで帰らなくちゃいけないから。なんでかって?買ったばかりの車を手入れしたり、運転の練習をしたりするためだよー。

トラックの中でも私はうきうきだった。日本を離れてからしばらく運転はしていなかったし、今度は教習所を卒業して以来のMTだからね。MTの運転は自分で車を操縦しているっていう支配感満点。ふふふ、私のプレリュードが私の支配下に。

「グッドラック!」などとマイクに言われ、一人で車に乗りこんだ。

えーと、なんだっけ。エンジンをかけるときは、クラッチって切るんだっけ。車の構造を考えてみる。うん、シフトがニュートラルだったら、別にきらなくてもいいんじゃないかな。まぁ、いいや、とりあえずクラッチを切ってブレーキも踏んで、安全にエンジンをかけてみよう。

ややや!足が短すぎてクラッチが切れない!!こ、これは思ってもみなかった展開だー。シートを一番前にして、ちょっと浅く座りなおして更にチャレンジ。おー、届くけど足が伸びきってるよー。危険だよー。しかも、浅く座ってるから、ハンドルに隠れて前が見えないよー。どうしよう。でも仕方がない。買っちゃったんだもん。私が責任取らなくちゃ。エンジンをかける。シフトを1stに入れて、そしてクラッチをつなぐ。ソロソロソロー。車が静かに動き始め...ガクガクガクガクッストン!.....................こ、これは、エンストというやつだろうか。あまりにも絵に描いたような始まりだったので、思わず吹き出してしまった。私の周囲に誰もいないのが哀しい。せめて誰か指をさして笑って欲しい。

よし、気を取り直して。ソロソロソロー。よしよし、いいかんじだぞ。2ndだ、よしよしよしよし、いーじゃないかー。3rdだよー、うーん、いーねー。ダートの坂道をそれほどのスピードも出さずに走る。しばらく行ったところで、なんだか不安になってきて、ターンをして戻った。遠くでマイクがトラックを洗っているのが見える。下り坂。ダートの道を揺られながら走る。うーん、なんかいいかんじじゃない?よし、もう一回。家の前でターンをして、もう一度同じ道にチャレンジだ。よしよし、今度はエンストなしだぞ。調子いいな。どれ、坂道発進の練習でもしてみるか。......うん、いいねー。問題無いよー。坂道でも砂利道でもどんと来やがれってんだ。調子に乗って坂道発進を繰り返す。完全にコツを思い出した私は、さっきよりももうちょっと遠くに行ってみようと走り出す。隣人のプロテイン男アンドリューが庭先で私を待ち受けいて、私を冷やかした。「カッコイイ車だな!」私は笑いながら手をあげて挨拶をし、通り過ぎる。いいねぇ、こういうの。外国ってかんじだよー。しばらく走り、道がターンにちょうどいい広さに広がったところで、ハンドルを切った。うーん、曲がりきれなかった。いったん、バックしなくちゃ。リアにギアを入れる。クラッチをつなぐ。ガクガクガクッ!あ!プスン!エンストだよー。まてまて、慌てるな。エンジンをかける。リア、クラッチ...あれれれれ、車が前に進むよ。アクセルを踏む。ブーン!あ、なんか怖い音。アクセルから足を離す。車が前に進む。ブレイキブレイキ!もういっかい。クラッチをつなぐ、そろそろそろー、あれれれれれ、やっぱり車が前に進んじゃうよー。どうしよう。こんな誰も通らないような砂利道ではまってしまっているなんて...。

すると、赤い小さなトラックが私の運転をあざけるように私の車の前で停まった。「お嬢さん、お困りのようだね」コーディロイの帽子をかぶり、チェックのシャツにつなぎのズボンという井出達の白髪頭の親父が窓からのぞきこむ。はい、困ってます。助けてください。妙に素直な私。この見るからに"農家の人"というオヤジは、ニヤリと笑った。「車から降りなさい。私が車を動かすから。」

おやじがいともやすやすと私の車を救ってくれる。ああ、すごい。すごいなー。オヤジが車から降りてこうたずねた。「運転免許証は持ってるのか?」はい、持ってます、ごめんなさい。「教習所には行ったのか?」はい、行きました。高いお金も払いました。ごめんなさい。オヤジはため息をついた。「しばらくアシスタントをつけなさい。さもないと交通事故に遭うぞ。」は、はい。ごめんなさい。

オヤジは名前も告げずに去っていった。

お家に戻って、私は危ういところを助けてもらった話をホストペアレンツにしてみた。「赤いトラックに乗っててね、背の高い人でね、おじいさんだったよ。」と言ったら、「ああ、アットウッドさんだ」す、すごいなぁ。ちょっと見てくれを話しただけですぐにわかっちゃうんだ。

それもそのはず。家の前の砂利道を通る人は決まりきっていて、もしも違う車が通りすぎれば、みなが「お、誰だ誰だ?」と窓から外をのぞく、という具合なんだもの。この間も、リンダ(ホストマザー)が「あら、誰か知らない車がやってくるわよ。のりこのお友達じゃない?」とつぶやいてから数分後、ドアベルが鳴った。学校のお友達が遊びに来たのだった。うーん、田舎って素晴らしい。

(つづく)


車を手に入れた私は、行動範囲が一気に広がります。まだ本格的に街を巡っていなかった私は、車を走らせ少し遠い公園や人の集まるスポットに足を伸ばし始めます。そうした矢先、事件は起こるのでした。


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