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嵐の夜

ニュージーランド旅日記 第10回
下宿先のファミリーには三人の息子がいて、長男のサイモンは遠方で大学の医学部に通っていて普段は家にいませんでした。次男のマークはぶっきらぼうでしたが、根は優しい人。三男のグラハムは女の子お友達も多く、愛想も良くてお調子者。顔の良さは長男 → 三男 → 次男 でしたが、私はダントツでお父さんのマイクが一番かっこよく感じていました。性格はぶっきらぼうのマークが正直で優しくて好きでした。

さぁ、嵐の夜の始まりです。


ディナーが終わった後は、いつも私がマイクとリンダと自分のためにコーヒーを作るのが習慣になっていた。だけど、今夜はマイクもリンダもディナーが終わったばかりだというのにバタバタしている。

「これからマイクのお母さんのところへ行くから、今夜はコーヒーはいらないわ。」

とリンダが言う。どうやらマイクのお母さんが気分が良くないらしく、二人で彼女を落ち着かせ行くらしい。しばらくした後、嵐の中へと彼らの車のライトが消えていった。リビングではマーク(真中の息子)がテレビを見ている。末の息子はお友達と電話でお話中だ。さて、私はHPの更新にでも勤しもうかな。

私が執筆(?)に熱中している最中だった。 ピンポーン♪ 玄関の呼び鈴がなる。時計を見る午後10時。気がつくとテレビはついているが、マークはいない。末の息子グラハムはまだ電話中のようだった。いろんな人がこの家を訪ねてくるけれど、ここで呼び鈴を聞いたのは、これで二度目だ。一度目は”ものみの塔”の勧誘の時で、二度目が今夜。知り合いだったら、まず呼び鈴は押さずにいきなり家の中まで入ってくるはずだ。...アヤシイ。ドアを開けたとたんに銃を突きつけられたりしたら...。でもまさかね、なんて考えながら、ドアを開ける。つきっぱなしになった車のランプの前に見知らぬ人が立っていた。逆光で顔がよく見えない。

あなたのお家の牛が逃げてますよ

は?うし?一瞬、冗談かなと思ったけど、こんな夜遅くの嵐の中、冗談を言いに来る人がいるわけないか。
うーん、この嵐の中、牛が逃げている?どうしよう、マイクもリンダもいないよ。

「あれ、このお家でいいんですよね?」

ああ、私が日本人だから不安になったのか。そう、いいんだけどさ。今はマイクもリンダもいないんだよ。でも、息子達ならいるよ。ちょっと待ってて、すぐに呼んでくるから。電話を途中で切り上げたグラハムが何事かと部屋から出てきた。「牛が逃げちゃったんだって。ちょっと話を聞いてみて。」というとグラハムが外にすっとんでいった。

私はこれから何が起こるのかを二階の窓からじっくりと観察することにした。

すると、2台の車のライトが一番遠い牧場まで走って行くのが見えた。しばらくした後、2台ともこちらに戻ってきた。そして、一台は私達の家をとり過ぎて行って、グラハムの車はガレージに戻ってきてしまった。どうやら尋ねてきた人は隣人の一人で、状況だけ知らせて帰ってしまったようだ。グラハムはといえば、農場用バイクに乗り換えて、再び牧場へとすっ飛んで行った。遠くの方でグラハムの乗るバイクが行ったり来たりしている。と思ったら、グラハムはメイン道路まで走って行ってしまった。彼の乗るバイクのライトが遠くのほうまで走って行くのが見える。まさか、あんな先まで牛が行ってしまったのか?

「牛を探しに行ったな。」

いつの間にかシャワーから上がったマークがつぶやいた。ふーん、何頭いるの?と聞くと、「知らない」と笑って答えていた。

一方、マイクとリンダはその頃家路に着いている真っ最中だった。二人が車を走らせていると、一頭の牛が道路の脇を逆走していくのが見えた。

「あらやだ。危ないわねぇ。どこかの牛が逃げてるわよ。」

しかし、また一頭、そして更に一頭、牛がどんどん暗闇の道を盲滅法に逆走していく。

「おい、待てよ。あれは俺達の牛じゃないか?」

マイクたちが所有する牛は黒と白の柄で、顔だけは白一色という特色を持っている。確かに、今 乱走しているのはまさに白い顔を持つ牛たちだった。マイクたちは乗用車で道路をふさぎ(危ない)、牛たちを食い止め、元来た道へと帰させるべく地道に牛たちを追い込んで行った。そこにグラハムの乗るバイクが登場したわけだ。

マイクたちが牛と出会ったのは、家からゆうに3kmは離れている地点。そのまま気がつかなかったら、牛たちはKamoという町まで走って行っていたかもしれない。そしたら、町の新聞に載ってただろうな。

マイクたちとグラハムは乗用車とバイクをうまく利用して、牛たちを牧場まで誘導していった。嵐で地面がぬかるんで、牛達がフェンスをやすやすと押し倒すことが出来てしまったらしい。

しばらくの間、窓から見える景色は暗闇だけだった。グラハムのライトも遠くに行きすぎて見えない。しかし、辛抱強く眺めていると、おっ、バイクの灯りが遠くからやってくるぞ。まて、車のライトも見えるぞ。おー、マイクたちが帰ってきたんだ。車のライトがバックしたり、ターンしたりしている。バイクが牧場と砂利道を行ったり来たりしている。暗闇の中でかすかに牛の群れが見えた。おー、ちゃんと捕獲できたんだーーー。

闘争約一時間。疲労困憊した上にぐっしょりと濡れきったグラハムが戻ってきた。マイクとリンダも笑いながら戻ってきた。

「彼らったら、Kamoの町まで行ってビールでも飲むつもりだったのかしらー♪」

などとリンダは楽しそうに冗談を言っていた。疲れきっていたグラハムには悪いけど、NZらしさを満喫した一夜だった。

(つづく)


記録には残っていないのですが、ここに書いてある、宗教活動をする訪問者が来た時のことは記憶にあります。古風なボータイスーツの中年の男性とその息子と思われる小学生くらいの少年の二人組で、全身黒尽くめ。ふたりともピルグリムハットをかぶっていました。

長くなるので、この時のお話はまた別の機会に。

次回は大食いの私の片鱗を感じる出来事についてです。

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