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なぜ子育て支援が「みんなの未来」に役立つか

先日、とある子育て支援に関する政策について「事情があって子どもを持てなかった人や、結婚や子育てに興味のない人もこの予算を捻出していると思うと納得いかない」みたいなコメントを目にして驚いたので、
あらためて「なぜ、子育て支援、出生率の向上は世の中の誰にとっても良いことになるのか」というのをメモしておく。
著書に「子育て支援の経済学」などがある東京大学経済学研究科教授・山口慎太郎さんのインタビュー記事をかなり引用しています。

子育ての費用は親個人が負担するのみだが、子どもの恩恵は誰しもが受けている

子育て支援は、出生率の向上を通じた経済成長や財政健全化だけでなく子どもの心身の健全な発達を通じた社会の安定化にも寄与する。
子どもを持たない人も子育てが終わった世代も恩恵を受けているのだ。

SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 02 社会を元気にする循環』

「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」
との発言がSNS上で話題となった米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が指摘したように、
少子化対策はわが国にとって〝国家存亡をかけた命題〟といってもよい。

発言がSNS上で話題となった米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が指摘

たしかに子どもは社会全体にとって経済的な意味でも有益な存在であるが、子どもを育てる費用はその親が負担する一方、子どもが成長してから生み出す便益は社会全体が享受するとなると、親は経済的な意味で報われない(子どもがかわいいとか、子育てのやりがいなど、非経済的には報われるとしても)。経済学的にいえば子育てには「正の外部性」があるのだ。

SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 02 社会を元気にする循環』

3歳児を育てる私も、子育てというのものは24時間365日休みがなく、一個人が命と精神を削ってなんとかギリギリ成り立っていることを身をもって実感している。
しかも、育児は無報酬だ。そのうえ誰に頑張りを認められるわけでもなく、社会と分断され、親は常に孤独にさらされている。
どうにか、やっと、街へ出ることができても「子連れなのに◯◯するなんて」「これだから子連れは」「母親のくせに」「ベビーカー様」などとレッテルを貼られ邪魔者扱いされる。

とにかく子育て中は眠れない。飲食や排泄すらまともにできないこともある。自分の時間はほとんどなく、”公共”交通機関のはずである電車やバスの移動すら困難。好きな仕事も諦めるしかない。入りたいお店に入れない。着たい服を自由に着られない。
これまで当たり前だと思っていたことが全て制限されるなか、社会の風当たりも強いとなると、このまま子と共に死んでしまおうか、とふと頭をよぎった親も少なくないはずだ(私はある)。

子育て支援は次世代への投資。 日本は投資額が突出して低く、効率も悪い

労働生産人口が増えれば、全ての国民にとって不可欠な生活インフラの維持や、年金や医療・介護保険などの制度を支える担い手となる。また、いつの時代も新たな市場拡大、経済発展、技術革新を牽引するのは次世代の若者たちである。

つまり、日本にとって少子化対策に予算を投じることは将来への「投資」と認識すべきである。国としてある程度の余裕がある時期にリターンが望める分野に予算を投じなければ、政府や国民が望む右肩上がりのGDPや国際競争力の向上は達成しえないだろう。

子育て支援は、社会全体にどのような便益をもたらすか

年金は子どもを産み育てなかった人も受け取ることができるので、子育てのコストを払わず年金というベネフィットだけ享受するという、いわゆる「フリーライド(ただ乗り)」の問題が生じる。これに対して子どもの人数によって年金が割り増しになるような制度によって個人の子育てコスト負担を減らそうとしているフランスのような国もある。

「子育て世代」だけでなく「未来の世代」も視野に子育て支援というと、とにかく「いまの子育て世代を助ける」という視点で止まってしまいがちだが、より大きな視点から見ると、長期的な経済成長や財政の健全化につながっている。

また、子育て支援のもたらす社会的便益のなかには、社会の安定化も含まれる。そのように見ていくと子育て支援は「次世代への投資」といってよい。

日本においてはその投資額の小ささ(日本の家族関係社会支出のGDPに対する割合は先進国のなかでも突出して低く、OECD加盟国のなかで1 位のフランスが3.60%であるのに対してその約半分の1.79%[図 1])もさることながら、投資効率の検証も不十分だ。より効果のある政策にリソースを振り向けるためには、実証研究に基づく政策形成(Evidence Based Policy Making, EBPM)への理解が不可欠だ。ところが、日本では他の先進国に比べてEBPMの前提となるデータの整備が進んでおらず、たとえば一人親家庭の経済状況が把握できるような政府統計は不十分だ。

SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 02 社会を元気にす
る循環』

子育て支援は「男女平等や女性の地位向上」も促進する

さらに、子育て支援策は女性の労働市場進出の助けとなることも見逃せない。男女平等の観点からはもちろん、経済成長の観点からも女性の労働市場進出は歓迎すべきことだ。労働力不足が懸念されるなかで、女性の働き手が増えることは問題解決につながるし、労働力の多様性を実現することはイノベーションの促進にもつながることが明らかにされてきている。

次世代への投資は、最良の成長戦略!(山口慎太郎『子育て支援の経済学』「はしがき」公開)

さらにコロナ禍で、女性全体の就業者数・雇用者数がともに男性に比べて大きく減少したというデータも。この裏には女性の非正規雇用が多いこと、夫より妻のほうが家庭で育児せざるを得ない風潮があることが挙げられる。

・内閣府の調査によると、就業者数は、男女とも2020年4月に大幅に減少。特に女性の減少幅が大きくなりました。(男性39万人、女性70万人減)
・雇用者数についても、男女とも2020年4月に大幅に減少し、特に女性の減少幅が大きくなっています。(男性35万人、女性74万人減)

女性の就業者数、雇用者数の大幅な減少の要因として、新型コロナ感染症の影響を強く受けた職種での就業者が多かったことや、パートタイム等の非正規雇用の従事者が多かったことが挙げられます。
また、子育ての両立をしている者にとっては、保育所の自粛や休園、放課後児童クラブの自粛や休園も影響しました。

女性の社会進出と子育て

子育て支援への支出は出生率に直結する

GDP比1.79% フランスの約半分
経済協力開発機構(OECD)の調査によると、各国の子ども・子育て支援に対する公的支出(2017年)は、日本がGDP比で1.79%と、OECD平均の2.34%を下回る。政策対応で出生率を引き上げたフランス(3.6%)と比べると半分の水準だ。支出比率が高い国は出生率も高い。山口教授は「3%超は必要だ」と話す。

こども家庭庁の設置で安定財源の確保が期待されるが、注視すべきはその使い方だという。子ども関連支出は主に、児童手当などの「現金給付」と保育・幼児教育などの「現物給付」で構成される。いずれも出生率を引き上げる効果はあるが、保育所整備や幼児教育の充実といった現物給付のほうがより有効との研究結果がある。

 山口教授は「現金給付を増やせば経済的余裕は持てるが、必ずしも子どもを増やす方向ではなく、一人あたりの教育投資を重視する方向に向く傾向もある」と指摘。幼児教育をより良くするなど「子育て環境の充実に振り向けた方がいい」と話す。

子ども政策は消費ではなく投資です 公的支出が少ない日本への提言「現金給付より子育て環境の充実を」

また個人的には、男女平等だけでなく、社会全体が子育て支援に前向きになることで、さまざまな社会的弱者が働きやすい・生きやすい社会を目指せると考えている。
自分もその立場になり(なぜ子持ちが社会的弱者になるのか=こちらの記事参照)、ベビーカー移動が車椅子の方の事情とも近いこともあり、身体的・精神的に障がいのある方が自由に外出できないことや、移動手段も限られることを身をもって経験している。
また健常者であっても、昼夜問わず親族の介護をしている人の気持ちは、乳幼児のケアとも近いものがあるかもしれない(一括りにできないが)。
全く同じ状況でなくとも、大変な思いをしている人に思いを馳せること、関心を持つことが自然とできるようになってきた。

弱者が暮らしやすい社会は、誰にとっても、自分にとっても暮らしやすい社会

「子育て中の人」というのはこの中でも一番よく目にする存在ではないだろうか。当たり前すぎて、身近すぎて気にしていない人も多いかもしれないが、ベビーカーを押す人が何に困っているのか。子どもが泣いたり癇癪を起こしている親にどう寄り添えるのか。それをちょっと考えるだけでも、さまざまな弱者に手を差し伸べるきっかけになる。

子どもを持たない選択はできるかもしれないが、介護や、事故や病気などによる障がいはいつ自分がそうなるとも限らない。年を重ねれば誰もが高齢者になり、さまざまな不便に気づくだろう。
弱者が暮らしやすい社会は、誰にとっても、自分にとっても暮らしやすい社会であることに間違いないのだ。


親。友人。恋人。大切な誰か。それが自分自身であってもいい。誰かのために、自分のために、生きやすい・暮らしやすい社会を願うことが、子育て支援の第一歩だと私は考えている。

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