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日本企業はなぜ「横串」が難しかったのか?【第1話】

 日本企業の宿痾ともいわれる“縦割”の根源は「場の共有性」にもとづく集団構成原理にある――半世紀以上も前に中根千枝博士が『タテ社会の人間関係』として明らかにしています。今回はこの中根博士の所論のエッセンスを、わたしなりの理解でご紹介したいと思います。

 第0話でご紹介したように、中根博士は社会の集団構成原理を「資格の共通性」「場の共有性」で定義しました。

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 「資格の共通性」は、集団の構成員が資格によって選別され、その共通性が最も重視されるものです。「資格」とは、血縁、社会階級、技能などです。これを具体的な事例にあてはめると、中国の華僑ネットワーク(血縁)、インドのカースト制度(社会階級)、米国や欧州におけるホワイトカラーとブルーカラーの区別(技能)がそれにあたります。

 一方の「場の共有性」は、資格よりも構成員が同じ場を共有していることが最も重視されるものです。中根博士は、日本はこの「場の共有性」よって成り立っているとします。

 「日本人が外に向かって(他人に対して)自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは、資格よりも場を優先することである。記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まず、A社、S社の者ということである」(中根1968,p.30)

 ところで、同質性をもたない者同士が同じ場所に集まっても、それは単なる群れであり、寄り合い世帯に過ぎません。そのような集まりが社会集団としての機能を発揮するためには、強力で恒久的な枠を必要とします。

「同質性を有せざる者が場によって集団を構成する場合は、その原初形態は単なる群れであり、寄り合い世帯で、それ自体社会集団構成の要件をもたないものである。これが社会集団となるためには、強力な恒久的な枠――たとえば居住あるいは(そして)経済的要素による「家」とか「部落」とか、企業組織・官僚組織などという外的な条件――を必要とする。(中根1968,pp.36-37)」

 かつては「イエ」、現代は「会社」という枠は、“場の組織化”といってよいでしょう。この点、社会心理学者の山岸俊男は、もともと日本人は「一匹狼志向」であり、集団主義ではないことを指摘しています(山岸2015,pp.100-106)。そのような個人が集団としての枠を維持し、機能させていくためには、集団の強化が必要です。

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 中根博士によれば、それらは2つのアプローチによってなされます。ひとつは、集団の構成員に一体感をもたせる働きかけ(一体感の醸成)と、集団内の個々人を結ぶ内部組織を生成させ、それを強化することです(内部組織の強化)。それゆえに、集団が大きくなり、集団のなかに子集団が存在する規模になると“縦割”が生じます。

 “縦割”のいちばんわかりやすい例が日本政府です。親集団である日本政府のなかに、行政事務をつかさどる子集団として各省庁が存在し、それぞれの省庁は徹底した“縦割”でした(です)。すなわち、「場の共有性」に基づく集団構成は、必然的に「タテ」の社会や組織を生むことを、中根博士は喝破したわけです。

 タテ型の組織構造は組織内での末端までの伝達が早く、集団の意思統一がしやすいうえ、人間関係が直接的でエモーショナルなため、プラスに働くと大きな力を発揮しますが、その反面でセクショナリズムが横行します。

 これを、昭和・平成時代の企業像にあてはめてみましょう。

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 まず、ウチにあっては従業員は全人格的でエモーショナルな同調性が求められます。企業側からは、終身雇用と手厚い福利厚生が提供されることでそれを補完し、従業員は企業生活が自らの人生や関係性の大部分を占めるようになります(公私区分の曖昧化)。ウチとソトの区別は、ウチにあっては愛社精神の発露として顕れます(過度の愛社精神や同調主義に馴染めない人は離職していきます)。ソトに対しては他社や下請業者への理不尽な要求、離職者との疎遠などに露呈します。

 次に場を同じくすることこそが資格であるともいえますから、必然的に組織に入る以前の個人の能力や資格は無視または軽視され、秩序は年功序列となります。

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 中根博士は、小集団の理想的なサイズは全員が顔馴染みの5~7人であると指摘します(中根1978,p.24)。集団がこの人数以上になると、タテ型の組織としての特徴が出てきます。ちょうど会社では課や係といった部署や部門に相当します。会社(親集団)に複数の部署(子集団)ができると、部署のウチとソトによって横連携ができず、会社内でも“縦割”となります。

 日本企業ではなぜ「横串」が難しいのかは、企業特有の問題というよりも、「場の共有性」にもとづく日本社会そのものの特性ともいえるわけです。

 次回からは、中根博士の説をもとに、山岸俊男博士の信頼性理論、さらに山本七平の日本人論を参考して、「場の共有性」と「資格の共通性」に由来する組織的特徴について整理します。そして、ふたつのケーススタディ(成功例と失敗例)をとりあげて、タイトルの「日本企業はなぜ「横串」が難しかったのか?」を考えてみたいと思います。

(第2話につづく)

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