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「2024年cocoonからの旅」VOL.4~雲の上のギタリスト~

「 休みの日 …朝のまどろみ・・・ 味わう甘美 」
「 柔らかい トリプルガーゼのシーツごと 溺れていたいベッドの耽美…」
「 ブラインド 差し込む陽射しの温かみ。賛美 」
最後は完全に字余りだわと、上機嫌でいるところに、着信のアラーム音が鳴った。


メッセージはロータス婦人からだった。
「起きてらっしゃる?ねえ、私たち、買い物に行かない?」
ロータス婦人が船上で何をしているのか私は知らないけれど、どうやら彼女も休みのようだ。
この旅で出逢い、すっかり私の憧れの人になったロータス婦人からのお誘いですもの。ええ、行きますとも。


私は甘美なベッドから飛び起きて、熱めのシャワーを浴びて、フェイスケアと着替えを済ませ、颯爽と部屋の外に出た。


待合せ場所に向かう途中、ソラソバのティールームの前を通ると、前回のグループセラピーで、自ら美沙ちゃんと名乗ったクライアントが優雅にお茶を飲んでいる姿が見えた。
すっかり人が変わったように、ゆったり椅子に腰かけ、落ち着いている。ソラソバと波長が合ったのか、シェアリングが終わった後も話し込んで、終いには、ソラソバのティールームのお客様になってくれたのね。担当の深堀博士の出る幕がなくなったようだ。いや、これは博士の筋立てなのかもしれないな。
「なんであれ、良かった良かった。」
私は独り言ちて、待ち合わせ場所の船内ロビーのソファに向かった。


ロビーに着くと、ロータス婦人は、ソファの近くに立っていた。スリーブのあるゆったりした麻のワンピースを着ていて、檸檬色に染められた生地には、グラデーションの緑の糸たちや銀糸で、トルコキキョウの刺繍が施されている。一点物のハンドメイドの品であろう。とてもナチュラルで氣品がある。ブラウンの縄を編んだようなパンプスと、同素材のサコッシュがコーディネートされている。
私は、白いスキニーパンツを履き、ヒールのついたミュールにした。コート丈もある、ローゲージニットのピンクパーカーを羽織っている。
「うんうん」
「うんうん」
お互いの装いを称え合い、船内ロビーから、今日の冒険の始まりだ。


昇りきろうとする太陽を受けた大海原ならぬ雲海。これは、白い作り物のような雲で、それ以外はまったくの青である。ほんとうに、ほんとうの青空の中、太陽を受け、雲の上の船の甲板を歩きながら、私たちは『わくわく』を展開していく。
「船内のブティックショップを渡り歩きましょう」
「小舟をパリ風タウンに横付けさせるのはどう?」
「それなら、アジアの小島がいい」
「素敵ね。ランチにビールはいかが?」
「ラグーンに潜るツアーもあるわよ。」
「ビーチの子たちも声をかけてくる。」
「地元の自然野菜と魚料理に舌鼓!」
「自然の塩味の、旨いことと言ったら、もう、あなた笑」
途中から、テンションが上がり、勢いづいてくる会話のテンポに、自分たちで笑いが止まらなくなった。どんどん出てくる現世的欲求の深さも、むしろおかしくておかしくて。
私たちは生身を抱えているのだ。今日は地上に降りるのだから、欲求に正直になることは必要なのだ。
少なくとも私には、「必」ず、「要」るわ。


「ねえ、マダム。天国に一番近い島ってあったでしょ?
あれ書いた人の作品をね、子供の頃に呼んでね。なんとなく私、夢見てたのよね。
南の島の砂浜でヒラヒラのスカートを履いて、裾を思いっきり風に流すの。
それでね、海に向かって『おーい』って手を振るの。」
私がそう言うと
「その時、大きな帽子は被ってた?」
「えっ?そうね、それいいわ」
「買いに行きましょ。」
ロータス婦人は、即答した。


「それでね、私たちだけで行くのもなんだから、ここからの小旅行のお伴を、こちらにお願いしましたわ。」
婦人が芝居がかって紹介した先にいたのは、ロータス婦人の夫フェラガモ氏と、その横には、船のミュージックバーでライブのギター演奏をしているギタリストだった。
ツアーに参加している間に、このバーで開かれたアマチュアライブに参加して、結構業深い歌を私は唄ったのだけれど、彼はゆったりとした微笑んで、すべてを受け入れ、トーンを合わせてくれた。別のシンガーとは陽氣なアコーディオンでセッションしたりもしていて、私は彼の寛容で大らかな接客態度に好感を持ったのだった。 
「どうして?」思わず口をついた。
「来たかったんですって」ロータス婦人は答えた。
「まあ」
嬉しくなって、私の顔がにやついたに違いない。
ロータス婦人の勘の良さと、行動力、全体への氣働きには、本当に感心させられる。
「さあさあ、小旅行に出かけましょう」
甘い香りを残して、こともなげに先を行くロータス婦人の貫禄あるゆったりした花のある姿に魅了された。婦人に恋したミツバチのような氣分で、移り氣な自分を愉しんだ。


島について、それぞれ、さざ波のバンガローにチェックインしてから、ショッピングタウンに出かけ、思い思いの買い物をした。もちろん良く広がるスカートと、つばびろの帽子、風になびく長いショールも。
再びバンガローに戻り、4人で喉を潤したあと、それぞれの部屋に戻った。


私とギタリスト、二人だけ。何氣なく、船でしていることの話や、元の生活の話などもしただろうか。
海に出るまで、音楽を聴いて、それぞれのスペースでくつろいでいた。


やがて迎えが来て4人でビーチに出かけた。
子どもにかえって、砂浜で遊ぶ。水際まで行って、アーシングをすると、繰り返す波が、船上での何かの澱を、流していってくれるようだった。


ビーチの風にあおられて、私はスカートの裾と、夫人は長いショールを、思い切り泳がせて、海に向かって大きく手を振って「おーい」と叫んだ。
付き合いのいいパートナーたちが、後ろで「おーい」と返事してくれた。賛美。
私が子供の頃にしたかったことだ。
あの頃は、きっと海の向こうの誰かに「私は元氣よ、あなたも元氣でね。」と、たんなる愛みたいなエールを叫びたかったのだと感じた。
こういう氣づきが、旅の醍醐味だ。


海辺のCaféで採る島の食事は最高だった。
フレッシュな野菜と、採れたての魚介たち。白ワイン、ピニャカラーダ、モヒート、モリンガティー。思い思いのドリンクを愉しみながらする会話は、飛躍して尽きることがない。
デザートの甘いタルトと、スッキリした紅茶で、昂揚感をクールダウンをしているうちに、黄昏を海に映した夕陽が落ち、月明かりの夜が来た。


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