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「存在は見捨てない」筈Dakara. どうしようもない私の raison d’être. ◁ VERSE, ART & MUSIC ▷

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『聖トマスの夏』 (3/3)

「おい、大丈夫か?」とほっぺたを叩かれ気がついたときには、窪地から引き上げられ、池みたいに水を湛えた堀の側で寝かされていた。 「この水きれいだから吹いといたよ。さっきはビックリしたけど、血は止まったし、傷も大したことなかった」と、タケシはボクを安心させようとしている。 そういえば、耳もちゃんと聞こえている。 少しは安心したけれど、頭がガンガンしているし、息苦しい。 それに、何としても暑い。異常な暑さに思えた。 体の中が燃えているように暑い。 「今日は、これで止めにして、ち

    • 『聖トマスの夏』 (2/3)

      「お前、知ってるか?斉藤先生と石田先生、付き合ってるんだぜ」 斉藤先生というのは、うちのクラスの担任の、もう若いとは言えないけれど独身の女性教師で、ボクが一番好きな先生だ。 そして、石田先生は、3年生の担任で、熱血スポーツマンな張り切り先生のことだ。 でも、石田先生には奥さんがいて、そればかりか、二人目の子供ができた。と町中の母親たちの噂でもちきりだ。 そんな二人が付き合ってるって、どういうことだ? ボクは、まだまだ幼かった。無謀な探検は計画しても、男女のことはまったく解

      • 『聖トマスの夏』 (1/3)

        夏休みに入る前のある日、タケシがボクの机の前に立った。 「おいカズ。夏休みの計画を持ってきたぞ」 と言ってノートを見せた。 タケシは、みんなより体が一回り大きい。兄姉が多く末っ子なのに甘えたところがなくて、逆に大人っぽい。 クラスでは、一番後ろの席で、口数も少なくあまり目立たない。 でも、何やかやとボクのことを気に掛ける。一人っ子のボクにとっては、何だか兄貴みたいな存在だ。 家が近いので、ボクの家に自然と入り浸る。 そして、何かとボクを可愛がる。 良い意味でも、悪い意味でも

        • 『730回目の絶望』

             何事も無かったかのように  「ヤァ。」と呑気な顔をして  730回目の朝がやって来た  決めていたことだから、と  ようやく整理に手をつける  何からはじめてよいのやら  ベッドの傍ら  一人立ちん坊 晴れの朝毎陽に当ててきた 君の枕の残り香嗅いでみる 春の早朝公園の匂いがした  (或いは) 夏の日西陽差し込む体育館 ボールを追っていた中学の 飛び散ったサイダー色の汗  (それは) 少年のような君だったっけ      枕の下       (フト)     一本の

        『聖トマスの夏』 (3/3)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.6)

          「多分、(アナタの)彼と同じようにボクは、世の中の小さな不正や欺瞞が許せないんです。それがテーブルの上にこぼれ落ちて残っている砂糖粒のように、見過ごされがちで、些細な事柄だからこそです。幼稚園・小学校では、『なかよく』『助けあって』『正しく』生きるように教えるのに、いざ子供たちの中に固有の自我が芽生え、体付きも変わってくると、一転。もうすぐ中学だ、『世の中そんなもんじゃないぞ』『もっと強くなれ』。そして、『物事を受け入れて上手くやれ。そうじゃないと人生台無しだぞ』等と言い始め

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.6)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.5)

          「じゃぁ、彼は未熟だったってこと?」 「あの真剣でまっすぐな目をして、いつでも穏やかに、異を唱えることなどなく静かに耳を傾けていた。私は、そんな彼に何度救われたことか。その彼が未熟なのだとしたら、他の人たちはどうなの?苦しんでいる人や、困っている人がいても見て見ぬ振り、例えこちらから話しかけても、話半分自分に都合のいいようにしか聞かず、言うことといったら『今忙しい』か『それが何になる』。そんな風に上手に人生を渡り歩いているような『成熟』した大人がこの社会を築いているんだとい

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.5)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.4)

          ボクは、どうも相当な程度で混乱していた。 もっと正直に言うと、肉体をそこに置いて逃げ出そうとしていた。 その時のボクは、「明子は、一体どうしたんだ?」と、そもそも今日ここで会う約束だった後輩のことを、現実只今のボクの問題の方に気を向けた。 そう思うようにボクの脳内司令が配慮していたのだ。 「深入りしてはいけない」と。 ところが、このボクの肉体の管理者に対して、ダイモーン(指導理性)の方は、「逃げだしてはいけない」と耳元で囁くと、ボクの口をこう動かした。 「芸術は、殊に詩

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.4)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.3)

          「どうして?」 と一言訊くのがやっとだった。 聞こえたのかどうなのか、一恵さんは、顔を上げて話を続けた。 「お葬式の日、お父さんが彼のノートを持ってきたの。高校二年の英語のノートだった。裏表紙の裏面の下に、小さく、気をつけなければ見過ごすほど小さな彼の文字がならんでいた」 “ウェーカーは、今日は雨になりそうだと聞いただけで泣き出すような子だった” 「『小さい頃、本当にそんな子だった』とお父さんがポツポツ話してくれた。繊細な感受性をガラスの容器に入れて持ち歩くような、そん

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.3)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.2)

          「ところで、誰か待ってたんでしょ?」と、 一恵さんはミラノサンドを食べ終えると言ったが、それは、あっけに取られる程の食べっぷりだった。 ボクはまだ半分も食べてなかった。 「イヤ、いいんです。相談があるからと誘った当の本人が来ないんですから、気にすることありません。もしこれから来たとしても、無視してやりましょう」 そう答えると、一恵さんは、人差し指に付いたマヨネーズを舐めながら「クスッ」と笑って、 「彼女?」と言った。 まるで、いたずらっ子のようだ。 「そんなんじゃありま

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.2)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.1)

          【新町の(旧)ドトールの位置についての考察】 「新町のドトールで待ってるから」と云ったのに、 彼女は来なかった。 ボクは、一階の真ん中の席で、“通りとニラメッコ”でもしてるかのように、お昼前の賑わいを見せてきた表通りに向かって、2時間待った。 それも、彼女が来たときに備えてカフェラテのS一杯だけでだ。 その最後の雫を飲み込んで、「もう帰ろう」と思った時だった。 不意に、見知らぬ女性に声を掛けられた。 「ネェ。誰か待ってるの?」 砕けた言い方だが、キャンディス・バーゲン似

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.1)

          冬鳥

                冬鳥が    綺麗な楔形で舞い来たり 物干の    ガーゼケットが迎へ舞う      君だけがいない            ポッカリ空いた         この小さな庭の            あぁ 高い空      

          jeunesse

          西日射す体育館 ボール追ってた中学の 飛び散った サイダー色の君の汗 恋と革命が共にあった季節   私の心が掠奪された 夏の終わり ・・・   

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.10 完)

          僕は、この物語を終えるにあたって、冷静に語り尽くすことはできないだろう。 つい昨日のような気もするけれど、何十年も前のことのようにも思える。 いや、それどころか、あの頃読みあさった、どこか遠い国の小説のひとつなのでは? とさえ思える。 僕はその時も、まったく予期しない方向へと展開する、その流れを司る者の気配を、 山を越えたと一安心の次の瞬間には、また別の谷へと落ち込んでいくような、わたしたちにはどうにもならない、圧倒的で、暴力的でさえあるその力を感じた。 あの日、叔母さん

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.10 完)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.9)

          話し終えると、見計らったかのように響子さんの叔母さんとお姉さんがやって来た。 「こんにちは、響子がお世話になっているそうで、ありがとう」と叔母さん。そして、お姉さんは、静かに会釈をして座った。 叔母さんは、思ったとおりの、やり手風の快活なイメージだったが、お姉さんの方は、響子さんともちょっと違う、もの静かな人だった。窓辺に置いた一輪挿しの白百合のように。 動と静、対照的な二人ではあったけれど、どちらも、清楚で品のある人たちだった。 それなのに、響子さんは、二人が座るや否

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.9)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.8)

          響子さんは、昨日一日、一人っきりで泣き、今朝一番にお姉さんと叔母さんに電話して、大事な話があるから来て欲しいと伝えた。 今日は、お店は臨時休業にしたそうだ。 「だから、あなた、お願いだから一緒に居て」と目を上げて言った。 (どうして僕が?)と心では思ったが、 「もちろん!一緒に居るから大丈夫だよ」と僕の口は言っていた。 「姉と叔母には、あなたのことは、最初にここに来てくれた日にもう教えてあるから、大丈夫よ」「弟が出来たって」と響子さん。 僕の人生は、僕の知らないところで

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.8)

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.7)

          「え〜。今日は『概説』の時間ですが、だいぶ時間が押してますので駆け足で進めます。ま、この小説のキモは、心理描写ですが、筋をある程度わかった上で読み進めた方が、より深く没入できるのではないかと思います。それから、登場人物が多いので、多少端折ります。重要人物にだけ焦点を当てて、筋立てを中心に説明します。それでは、駆け足で」 と時間がないといいながら、前置き長く『罪と罰』第2回講義がスタートした。 響子さんは、向かいの席でまだ腕を組んだままだ。 まず、ラスコーリニコフの犯罪哲学

          【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.7)