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【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅱ. ドトール「新町店」 (vol.5)

「じゃぁ、彼は未熟だったってこと?」

「あの真剣でまっすぐな目をして、いつでも穏やかに、異を唱えることなどなく静かに耳を傾けていた。私は、そんな彼に何度救われたことか。その彼が未熟なのだとしたら、他の人たちはどうなの?苦しんでいる人や、困っている人がいても見て見ぬ振り、例えこちらから話しかけても、話半分自分に都合のいいようにしか聞かず、言うことといったら『今忙しい』か『それが何になる』。そんな風に上手に人生を渡り歩いているような『成熟』した大人がこの社会を築いているんだというのなら、私も無理、さっさとおさらばしたい」
そこまで言うと一恵さんは、大きく息を吸い込んだ。

そして、
「彼に会いたい。もう一度話しがしたい」「静かに微笑んでいる彼の顔を見たい」とつぶやくと、両の掌で顔を覆って、声を出さずに泣いた。

その肩越しに、メインストリートの人通りが見える。いずれも似たようなスーツ姿のビジネスマンたちが、忙しそうに行き来している。まさしく彼らがこの社会の主人公だというのだろう。
(全くの疑念無く、ボクもああできたのなら「幸せ」なのかな?)

お昼時の賑やかな店内でも、ガヤガヤとそれぞれの話題で持ちきりのお客さんたちがいっぱいだ。
(話に来たのか、食べに来たのか?)
ドトール経済圏に貢献しきり。

ボクたち二人だけが、違う世界にいるようだ。
(もしかしたら、見えていないのかも?)

(いや、そうであってくれ。一恵さんの無垢な姿を好奇の人目には晒したくない)

そんな中、天使が舞い降りた。
「大丈ですか?ご気分でも悪いんじゃないですか?」
「何か必要があったら言ってくださいね」
と言って、 店員さんの一人が 水を持ってきてくれた。

ボクは感動して、その天使の顔をマジマジと見上げていたが、
一恵さんは、何事も無いように「大丈夫。ちょっと疲れているだけなので」と言うと、目をグリグリやって、「お水ありがとう」とその水をおいしそうに、
一息に飲んだ。

そうして、おもむろにボクに正対すると、
さて、どうかしました?という顔だ。

・・・世界は謎に満ち溢れている。
一杯の水の効用は計り知れない。

落ち着いたようなので、それからボクの話をした。
(一恵さんの彼も多分似たようなものじゃないかなと。彼だけじゃなくて、社会的不適合者がここにも居ますよ、だから元気を出して。と声援のつもりで始めたが、少しばかり長すぎたかもしれない)

(つづく)

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