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ガイドブックにない熊野・・不思議の那智七石ーcoolなkumano6ー
ごめんなさーい。今回紹介する那智七石は、由緒がよくわかりません。
陰陽道に関わるもの。って那智の重鎮に聞きましたが・・
熊野の神仏習合には、安倍晴明の陰陽道も大きく影響を与えました。
上皇貴族の熊野御幸(熊野詣)の日程も、陰陽師が決め随行もしていたようです。安倍晴明は花山法皇の時代に熊野を訪れ、熊野各地に伝説を残しています。特に那智では、那智の滝の元で千日修行をし、庵を結び滞在していたとのことです。
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役小角(役行者):修験道の開祖
弘法大師(空海):真言宗開祖
伝教大師(最澄):天台宗開祖
安倍晴明:陰陽師
一遍上人:時宗開祖
烏石(熊野那智大社の内庭にあります)を見たときに他の六石の存在を聞き、探したいと思いました。
熊野古道を目的に向かって歩くだけで十分ですが、那智の古道を那智の滝や熊野那智大社に向かう時、これから紹介する石を探してみても面白いです。
出発は、大門坂駐車場に車を置いて。(バス停は「大門坂」)すぐに大門坂の入口です。
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少し歩くと鳥居があって振ヶ瀬橋があります。この橋で聖域と俗界を振り分けているのです。ここから那智の聖域です。
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聖域と俗界を振分ている橋
ここから那智の聖域
すぐに那智七石の一つ目の「鏡石」があります。
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となりには、大門坂茶屋があり人気の平安衣装体験ができます。平安衣装を着て熊野詣です。「一緒に写真撮ってくださーい」って必ず言われますよ。
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平安衣装を着ていにしえ気分に
樹齢800年と言われる夫婦杉で2本の大樹の前で撮影。いよいよ熊野古道随一の美観ポイントに向かって進みます。
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この写真の上部に十一文関所跡があり、そこでやっと那智の滝をみることができます。都から約半月歩いてきて目的の那智の滝を初めてみることができる場所です。でもそこに関所があるというのは複雑だったでしょうね笑
那智七石の二つ目「唐斗石」はここにあります。
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大門坂を登り切ると広場があります。ここには大門があってそのために大門坂と呼ばれています。大門は那智山青岸渡寺の仁王門として移設されています。すこし上がったところに安倍晴明が庵がありその庵を清明庵と呼ばれたと伝えられています。
ここから那智の滝方面と熊野那智大社境内方面に分かれますが、熊野那智大社境内へ参道を登ります。参道を少し登った上皇の宿所跡地である「実方院」跡の入口付近に那智七石三つ目の「平石」があります。
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石段をずっと登り熊野那智大社の鳥居付近で右折し、那智山青岸渡寺方面へ。茶房「珍重庵那智山店」の手前に那智七石四つ目の「三石」があります。
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3つの石だから三つ石でしょうか
なんかかわいいです
三つ石からは、那智山青岸渡寺の参道を登り、大門坂の大門を移設した仁王門をくぐれば那智山青岸渡寺です。青岸渡寺に参拝して、尊勝院にある那智七石の「降石」と本堂横にある「笈掛石」を見たいとお伝えください。
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今は青岸渡寺の仁王門
境内から一段下がったところに尊勝院(宿坊であったが今は営業していない)があり、その庭に那智七石の五つ目「降石」があります。
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那智山参詣曼荼羅にも描かれています
那智山青岸渡寺は、熊野とは⑤で紹介したように西国三十三所巡礼の一番札所です。西国の三十三寺のなかでは最も古く、熊野修験の中心地でもあります。
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手前が「降石」のある尊勝院
熊野詣や西国三十三所巡礼が華やかな時代は、神仏習合の時代でもあり熊野那智大社と那智山青岸渡寺が一つのものして存在していました。
今は、二つに分かれていますが、宮と寺が存続しているのは熊野ではここだけです。その間に那智七石の六つ目「笈掛石」があります。
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神仏習合の時代は、同じ敷地内
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の間にある
那智七石の六つ目「笈掛石」
いよいよ最後の那智七石の七つ目になります。七つ目の「烏石」は熊野那智大社の内庭にあります。正式参拝をすることで内庭を案内してくれますので、是非、熊野那智大社の正式参拝をお受けください。
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樹齢850年の大楠
この「烏石」は神武東征時に天照大神の命を受け後の神武天皇であるカムヤマトイワレビコノミコトを熊野から橿原へ案内した八咫烏がその役目を終えて那智に戻り石になり休んでいるといわれています。
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羽をたたみ休んでいるようにみえます
那智七石をご案内しました。あまり知られていないのでかなりニッチな旅ですが、熊野詣のルート上にあるので那智を満喫できますよ。
この旅の最後は、熊野詣の最終目的地である那智の滝を拝しに行きます。
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こんな感じでゆったりと那智を歩き、石のパワーをいただきながら最後に那智の滝の神威をいただく。
これぞ熊野詣でしょう!
帰路はバス停「那智の滝前」から路線バスで「大門坂」まで(そのまま紀伊勝浦駅でも)が最適。もちろん徒歩でも可能。
これまでの記事は各マガジンに収納しています。こちらもよろしくお願いします。
マガジン「熊野とは」 ↓
マガジン「coolなkumano」 ↓
「ガイドブックにない熊野の楽しみ方」も頑張って継続していきます。
次号は「人々を圧倒する熊野の滝」と思っています。
■撮影許可が必要なところは許可を得て撮影しています。
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