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人生音痴 アルバイトで教頭先生編

〜私はこうして成功した。までいけるのか〜

私は以前、岐阜県の山奥にある更生施設で働いていた。
そこには全国から集められた不良少年少女が在籍している。
しかし、たまに少し困った成人男性もいたりするのだ。
彼の名は忍野君。彼は常に無銭飲食を繰り返しては警察の世話になっていた。
全国のファミレスを無銭飲食して渡り歩いているのだ。
「また君か…」といった具合に。
無銭飲食が悪いことだという認識はあったようだ。
ただ、万引きよりマシじゃないですか?と太々しい表情で、わけのわからない持論を繰り出す。

そんな彼に、この学校の給食当番をしてみないか?と私は提案した。
「そんだけ無銭飲食繰り返してんねんから、舌超えてるやろ?」
と目一杯ユーモラスに。
やってみます
忍野君は嬉しそうに答えた。
これまでの人生、人に頼られることがなかった。
期待されることがなかった。
そういった感情がずっと彼を苦しめていたのだ。

 今までは生徒が持ち回りで、自分たちでメニュー作りから給食当番をやっていた。
自律支援の一環としてだ。
しかし、それは料理と呼ぶには程遠かった。
パンの上にプリンを載せただけのものなどだ。

案の定なのか、予想の斜め上とでもいうのか、忍野君の料理はとても美味しかった。
一躍みんなのヒーローとなった彼。

みんな口々に忍野君に感謝の言葉を伝える
忍野君うまい〜」
すごいっ!うまぁ!
ありがとう忍野君!
この言葉が忍野君の太々しい顔を笑顔に変えた。

毎日違うメニューで、色とりどりの美味しい給食をみんなに提供していた。
それが忍野君自身の喜びとなっていた。
なんともない日を幸せに感じることのできる時間を過ごした。

が、

1か月ほど経ったある日のこと、試練というのは突然降りかかるものなのだ。
用意していたはずの食材が足りないのだ。
「おい!みんなの食料やぞ!お前、盗ったやろ!?」
忍野君はある程度の証拠を掴んだ上で1人の生徒に詰め寄った。
「はぁ、俺じゃねーよ」
なに言ってんだこいつ。と生徒はシラをきる。
「てかさ、あんだけ無銭飲食繰り返すようなヤツに言われたくねーんだけど」
すぐに攻守が逆転だ。

更に口々に、忍野君に対する不満の声が上がる。
忍野君は自分が正義なんだと、みんなの野次に耳を貸さないよう努めた。
犯人探しがしたいわけではない。
食材を奪われたことよりも、みんなとの楽しい給食の時間を奪われてるようで許せなかったのだ。

そもそもさ、お前が盗ったんじゃねーの

1人の生徒の言葉が引き金となり、忍野君はキッチンから飛び出した。

この現状をうけて私は訊ねた。
「誰も追いかけへんかったんか?」
「どうせ警察が追いかけるでしょ」
生徒たちは一斉に笑いだす。

この時、言いたいことも沢山あったが、とにかく忍野君を探すことを優先した。
職員室に報告に来てくれた2、3人の生徒が、僕たち私たちも連れて行ってくれと懇願してきた。
「忍野君が心配というより、忍野君の作ったご飯が食べれないのとか嫌だし」
素直になりきれない彼らだが、共に生活する忍野君の心配をしているのはあきらかだった。
私は彼らを連れて捜索を開始した。

近くの駅を見てみたが、そこにはおらず、彼の家は東北の方だから無一文で帰ったとも考えにくい。
ヒッチハイクをするような社交的なタイプでもないし。
日がくれるまで必死に捜索したが、とうとう忍野君を見つけることはできなかった。
「今日はもう寝よう」
心配する何人かの生徒にそう呼びかける。

次の日の早朝、まだ日も登らない頃に、忍野君は警察に連れられて学校に戻ってきた。
「実はですね…」
警官の1人が口を開く。
「昨晩、ファミレスから電話がありましてね」
『またか…』
私は心で呟く。
「ずっと座りこんだまま、何も注文しないお客さんがいる。朝の5時に閉店なんですが、帰る様子も全くないので困ってます」
とのことでして。

無銭飲食じゃないのか…。
私は胸を撫で下ろす。

で、警察が迎えに行ったところ、今の住まいはこちらとのことでお連れしました。
ありがとうございますと頭を下げ彼を引き取る。
「忍野君、無銭飲食はせんかったんや?」
「腹は減ってたし、ここに帰ってくる気もなかったから本当は食べようと思ったんだけどね…」
しばらく間をあけて大きく息を吸うようなそぶりをみせて話を続けた。
「でも、1人で食べてても空腹が満たされるだけで美味しくないんですよ」
いつどこのファミレスで何を食べても全く同じ感情を抱いたと彼は話す。
そんな忍野君にとって給食は特別なものだったのだ。
「ここで、みんなで食べてると、僕のたいして美味しくない料理をみんな美味しいって食べてくれるんすね、だからこっちまでどんどん美味しくなるんですよ」
そして、忍野君は恥ずかしそうに
「空腹よりと心が満たされる感じです」
と言って、お腹を鳴らした。

「ふふん、でも今はお腹が減ってんねや?」
私が小馬鹿にしながら聞くと
「はい」と弱々しく返事をする。

「コンビニになんか買いにいくか?」
「いいえ」今度は力強い返事だった。

「朝飯を作ってみんなで食べます」
忍野君はペコリと頭を下げて給食の準備へ向かった。

パタムッ

誰もいないはずのキッチンから物音がした。
「だっ誰?」
すると急いでその場を立ち去ろうとする人影が見えた。
「コヨミ君だよね」
その声に反応して足が止まる。
また食材とったの?」
忍野君が質問すると
「いや…盗ってた分を返したんだよ」
物陰から姿を現したのは、やはり昼間に疑いをかけたコヨミ君だった。
「ちょっと腹減り過ぎたからもらってただけだから」
彼はチーズやハム、卵をこっそり盗んで夜食にしていたのだ。
その言葉を受けて忍野君はコヨミ君に歩みよる
「まっ、空腹には勝てないよね」
怒られると思っていたコヨミ君は豆鉄砲をくらったような表情をして
「昨日はごめんね」
と返事をした。

 その日の朝食。
コヨミ君の机には、ハムもチーズも卵もなく
ただ焼かれただけのトーストと牛乳が用意されていた。
忍野君の机にも同じ物が並んでいた。


後日談…というか、今回のオチ。

今回のことをうけて、脱走した忍野君には反省文を書かせた。
これは私たちの学校のルールである。
ただ、普通の反省文ではなく、読書やDVD鑑賞をさせて、その出来事を自分ごとに置き換えて、今回の自分のしたことと照らし合わせる。そういったものだ。

忍野君が選んだのは名犬ハチ公だった。

彼はDVDを観るやいなや職員室に駆け込んできた。
「先生、原稿用紙下さい」
太々しさからは程遠くなった忍野君は言う。
「おっ、ちゃんと見たか?」
反省文の規定枚数である原稿用意4枚手渡しながら聞いた。

すると忍野君は急に泣き出した。
「えっ?どうした?」
「いやぁ、ハチ公ってのは偉いっすね。ずっと主人の為に…」
忍野君は感情を抑えきれず涙をボロボロ流しながら続けた。
「先生、ハチ公が、雷門を通ってね…主人のことを迎えに行く時のルートなんですけど…、そのルートが僕の脱走のルートとおんなじだったんですよ」


私は4枚でいい反省文を10枚に増やした。



【あとがき的なこと】
今回の登場人物は仮名でして、化物語から拝借致しました。もっとも崇拝する西尾維新さんの作品です。
言わずもがなの名作ばかりです。
キャラクターも然りネーミングも素晴らしく、
キスショットアセロラオリオンハートアンダーブレード。カッコいいですよね。
この次に長くてカッコいい名前なんて
コロコロチキチキパッペーズくらいしか思いつかないもんね。
因みに私の推しは斧乃木 余接(おののき よつぎ)
僕はキメ顔でそう言った。

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