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『夏物語』川上未映子

この小説を読んだ女たちで集まれば‥‥いや、読んでなくてもエッセンスを紹介するだけでも、めちゃくちゃ白熱した読書会ができるに違いないが、白熱しすぎてあちこちでケンカと絶縁が起こる気しかしないw 
この本で何度も哲学対話をしたという知人Yさんはやっぱりプロ!

第二部に入ってしばらくはずっと「ふつうの小説になったな」と思いながら読んでた。第一部が突き抜けてたのでねw

でも、それは長編小説ならではの嵐の前の静けさにすぎなくて、途中から猛スピードのジェットコースターみたいにあちこち打ちつけられ、最後の50ページくらいはずっと泣きながら読んでた。

井伏鱒二は「さよならだけが人生だ」と書いたが(※)、この本を読み終えたばかりの今、「ごまかすだけが人生だ」って感慨に包まれている‥‥
ごまかして見ないようにして陳腐な物語に酔うのが人生じゃん。でもそのことに罪悪感をもつ必要があるんだろうか?

「愛し合う二人のもとに新しい命がやってくるすばらしさ」とか「出産は神秘的で幸福にみちている」みたいなやつにどこか懐疑心を抱いているのは私だけではあるまい。

「ふつうに生きてます」という顔をしているけど、人は大抵いろんなものを抱えているものだ。

いろいろ抱えて、自分なりに考えたり考えないようにしたりしながら生きていく中で、人は「自分の人生はこういうものだ。人間ってこういうものだ」という“捉え方”を決めている。「こういうことにしよう」という“物語”を。

きらきらした物語。
暗く荒んだ物語。
優劣や上下はない。
でも、人生のどんなとらえ方も「物語である」という点においては等価だ。
人間の脳は物語を作ったりとらえたりすることに、とても適しているから。
そして、どんな物語も、つまりどんな人生も他人に否定されるべきではない。

それが私なりの人間の肯定なんだけど、そういうのも、作中、ある登場人物にきっちり断罪されているのであったw

いやほんとすごい。
全部の登場人物の言うことを「なんかわかる」と思えてしまった。
子ども作るとか結局賭けだし自己満足だよね、とか。
愛と命には何の関係もないよね、とか。
もっというなら、セックスと命も関係なくない?とか。

終盤、主人公に男性から電話がかかってきて、
暗くて狭い通路の出口に光を見るシーン(それは産道から生まれてくることのメタファーだと思う)で泣いてしまった私は、ロマンチックラブイデオロギーを信じているのかもしれないが(笑)、その後ふたりがいわゆる普通のセックスをしないのがとても良いと思った。

幾多の人間の物語を描いたうえで、生まれてくる赤ん坊が「誰にも似ていない」と描写されるのが強烈だった。
信念なのか、祈りなのか。
いずれにしても、それが、この作家が書いて世に出した「物語」だ。

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