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『教養が身につく最強の読書』出口治明~「最強」の名にふさわしい選書

「本を紹介する本」を読むのが好きな私。ほんとは、「紹介されている本を読んでほしい」という主旨の本なんだろうけど、この本を読むだけで間違いなく教養レベルが上がる! 

『AIに負けない子どもを育てる』同様、 “ 最強の ” みたいなある種イキッた冠詞がついた本を読書好きが敬遠しがちなのはよくわかります。でもぜひ手に取ってほしい! 本当に最強だから。わずか250ページほどのこの本の選書の厚みよ~!

たとえば「神話と宗教」というテーマであれば、古事記や日本書紀、ギリシアのホメロスやオデュッセイアが出てくるのはまぁ当然として、中国の神話「山海経」、シュメール文明の「ギルガメシュ」、ドイツの英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」、そしてインドの「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」まで紹介されます。

また、凡人(私)が「新しい国だから特定の神話や宗教なんてないんじゃないの?」と思いがちなアメリカについて、出口さんは「実はぼくが宗教で一番気がかりなのはアメリカ」として、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、また「宗教から見るアメリカ」を挙げています。

ニーチェの名言「神は死んだ」を引き、ドーキンスの「神は妄想である」まで。なんて行き届いていることでしょう。
(まるで熟知しているかのように列挙しましたが、私はひとつも読んでません! 古事記と日本書紀をつまみ食いしてるくらいです!!)

戦争の章では、半藤一利の「昭和史」を筆頭に、沖縄戦、原爆、満州事変についてそれぞれ幾冊か紹介し、日中戦争や陸軍・海軍の概観を掴める本も。
ヨーロッパの第二次世界大戦について、またそこにもつながっていく第一次世界大戦についての本の紹介も充実。「実は日本にも大きく影響した戦争だっただ」ということが、出口さんの紹介を読むだけでよくわかる。

そういえば私、「武器よさらば」(ヘミングウェイ)って大学時代読もうとして挫折したな‥‥。


「働くうえでも生きるうえでも人間を理解することが不可欠だから」という「人間」の章では、塩野七生、また映画化もされたシュリンクの「朗読者」のような小説も紹介されますが、トーマス・マンの長編さらには「韓非子」そして古代ペルシャの「王書」まで。

「や、王書って言われても‥‥なんじゃらほい?」と思うわけですが、

「日本で言えば古事記と平家物語を足して2で割ったような作品」
「中央ユーラシアの人々の精神的な核になっている」
「人間いずれは死ぬわけで、くよくよしていても仕方ありません。一度しかない人生なのだから、今日と明日を一所懸命生きるしかない。そんなふうに思わされる一冊です」

という出口さんの紹介を読むだけで、「うん、今日と明日を一所懸命生きるしかない!」と思えてくるから不思議。
どの本も簡潔な文章で説明されているけれど、そこに出口さんの深い読み込みが感じられ、あたたかく時に厳しい人間観、世界の捉え方まで伝わってくるのです。


古典が読みたくなるのも、その辺のビジネス的自己啓発書とは一線を画しているところ。

「リーダーシップを磨く」とか「意思決定力を鍛える」のような章でも、貞観政要、カエサル、マキャヴェリなど錚々たる古典が紹介される。
そんなの、普通なら「無理無理。こちとら忙しいビジネスパーソンですよ」と思うはずなんだけど、

・・日本生命で要職→日本初のネット保険会社、ライフネット生命創業→APU立命館アジア太平洋大学学長にビジネスパーソンから異例の就任・・

というキャリアを経てきた出口さんの言にはすごい説得力がある。

「古典から経営に役立ちそうな部分を抜き出した本もたくさん出ていますが、それは著者に都合のいい部分を切り貼りしているだけ」
「ぜひ原典をそのまま読んでみてください」

「読み応えのある超ド級の重たい本をしっかり読み、悩みを吹き飛ばしてください。飲み屋のおじさんおばさんに悩みを聞いてもらい、「元気出しなさいよ」と言ってもらって1万円払うよりはるかに役立ちます」

「とびきり重い剛速球に食らいついて、必死に打ち返してみる。剛速球を正面から打ち返すのはかなりしんどい作業ですが、負荷を自分に与えることで初めて、仕事や経営上の悩みに対して曙光が見えてくるのではないでしょうか」

「軽いものを読んで解決できるようなら、しょせん大した悩みではありません」

はい! 私はとりあえず、「韓非子」を読んでみることにします!!

時折挟まれるコラムも楽しい。出口さん流の本の選び方、読む時間の作り方など。「新聞の書評欄が大好き」「速読は嫌い」、私も同じです!

この本を一冊読んだだけで、世界中をくまなく巡ったような心地になる。しかも、はるかな古代から現代まで。生物の歴史から宇宙まで。

それでいて、本のラストには、7歳、5歳、2歳という小さな3人を育てているお母さんからのメールを全文引用してあるのですよ。

日本での育児がどれほどしんどいか。電車、エレベーター、保育園の騒音問題‥‥。不便で息苦しく差別されているとさえ感じると。
夫の仕事の都合でフランスにわたると、子連れや妊婦があたりまえに気遣われる。働いていない主婦でも週22時間まで託児できる施設があり、学生やシルバー層のベビーシッター登録もとても多い‥‥。

などなど、身につまされるようなメールです。

この本は版元もPHPだし、メインターゲットはビジネスパーソンなんですよね。数多の古典や名著を読み、世界を歩き働いてきた出口さんが、そういう人たちに、最後に読んでほしいと挙げたのが、いま現在子育てしている日本の女性のメールなのです。そこには、

「子どもたちこそが僕たちの未来」
「生き物はすべて、次世代を育てるために生きている」
「僕たちは子どもを育てやすい社会を本気でつくろうとしているでしょうか?」

という言葉が添えられています。

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