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小説『うしろ姿の音』


 包丁がまな板を叩く音が一定のリズムを刻んでいるときは玉葱を。
 少しの慎重さと共に、それでもある程度の規律を守ったリズムを刻んでいるときは歪んだピーマンを。
 一拍ずつ、間を置いて低い音がするときには大根を切っているということが、猫背がちにキッチンと向かい合う彼の背中越しに分かるようになったのは果たしていつのことだっただろうか。

 ソファに沈み込んだ身体が、それでも目から首の裏側を通って背筋までその音を確かな振動として伝えている。

 引っ越した部屋では前の部屋とは異なり、彼の料理をする姿がよく見えた。
 前に住んでいた部屋は名前ばかりの1DKで、わたしはずっと1の示す部屋の方で寝転がってばかりいたから、彼が料理しているところをこんな風に眺めることはほとんどなかった。

 互いに学生をしていると、アルバイトや友人との関係も相まって生活の時間帯がズレてくるものだ。自然、料理中の彼と距離を置いていればそれだけ、会話をする時間は減る。

 いつからかわたしが友達と遊ばなくなって、バイトのある日以外はずっと家にいるというようになっても、その習慣が破られることはなかった。
 彼は毎朝、わたしが眠るベッドを静かに抜け出して朝ご飯を作ってからわたしを起こしていたし、お昼は扉越しに音楽を鳴らしながら料理をしていたし、わたしが昼寝から目覚めると既にご飯を食べ終えていて、わたしがシャワーを浴びているうちに作り置いていた料理を温め直してくれていた。

 今の部屋では立派なLDKがあるお陰で、彼の料理している後ろ姿がよく見えるようになった。
 だけど、勘違いでなければわたしが彼の包丁の音を聞き分けられるようになったのは、もっとずっと前のことだったように思う。

 はじめの頃はわたしの方が教えてあげていた料理も、今じゃ彼の方がずっとずっと上手になっていて、もうこの家にわたしがいるべき理由はない。
 もし彼が今日、これからいなくなってしまったとしたらわたしは生活することすらままならなくなってしまうだろう。だけど例えわたしがいなくなったとしても、彼は昨日と何も変わることはなく日々の繰り返しを全うすることだろう。

 ゆっくりと包丁がまな板に添えられる音が聞こえる。
 これはキノコーーそれもブナシメジを切ったときの音だ。根元の部分を少しだけ切り落として、僅かに繋がりが残った可愛らしいキノコ達を彼は手で一本一本分けていく。

 ブナシメジは果たして、根元がくっついている状態のときが一つなのだろうか。
 それともあれは単に、一本だけでは過酷な世界で生きていけないから仕方なしに身体を寄せ合っているだけなのだろうか。

 時折彼の後ろ姿から飛び出して見える、孤独になってしまったブナシメジ達は料理中の彼と同じくらいには無口だ。

 ふと彼の手元から一本のブナシメジが逃げ出して、茶色いフローリングに落ちた。
 慌てたらしい彼がそれを拾おうとした拍子に、まな板から二本目、三本目のブナシメジが落下を始める。

「わたしも、久々に料理してみようかな」

 そういえば、わたしは彼がまだ料理が得意ではなかった頃、彼に料理を教えながら後ろでその姿を眺めていたのだ。音は、その時に覚えた。

 学生時代に住んでいたアパートのキッチンはとても狭くて、小さなまな板を一枚置いたらあとは他にスペースが余っていなかった。だから彼は、よく切っている野菜を落としていたのだ。
 そしてあの時は、わたしにはそれらの野菜を拾っては捨てるという役割があった。

 凝り性が幸いしていつの間にか料理達者になった彼とは対照的に、わたしはどんどん料理ができなくなってしまった。
 そのことに劣等感を覚えているのはお門違いも甚だしい。でも何よりも結局彼の料理姿に今、改めて見惚れていることこそタチが悪い。

「いいね。じゃあ、今度の日曜日に作ってよ」

 結局六本も落ちてしまったブナシメジを拾い終えた彼が、照れ隠しかこちらを振り返りもせずにそう口にした。
 社会人になって幾分短くなった髪の毛の隙間から、微かに紅潮した耳が覗いている。
 火にかけたフライパンにまな板の上のブナシメジを落とし入れて、彼は器用にも、ブナシメジを炒めながら今度は玉葱を薄くスライスし始めた。

 彼の手から零れ落ちたブナシメジを拾う代わりの役割を得たことは、多分いい兆しなのだろう。




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