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私の尊敬する人、チャールズ・チャップリン

桂米朝師の記事に続く、「尊敬する人」シリーズの2回目は、喜劇王チャールズ・チャップリン(1889-1977)です。

振り返ってみると、私は幼少期から現在に至るまで、どれほどチャップリン映画を見て笑い、感動し、またその度に勇気付けられてきたことでしょうか。

山高帽、サイズが合っていない上下服、ドタ靴にステッキ(これは日本製だったらしいです!)というお馴染みの「放浪者」スタイルで今なお全世界にファンを多く持つチャップリン。
私もこれまで繰り返し見ていて、好きな作品、あるいはお勧め作品を挙げてと言われても、あまりに候補が多くてとても絞り切れません

単純に、今まで繰り返し見た回数の多さという点で言うなら、僅差ながら『街の灯 City Lights』(1931)ということになるでしょうか。

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本作のヒロインである、ヴァージニア・チェリルが演じた盲目の少女との最初の遭遇シーンは、途方もない回数の撮り直しをしたことで有名です。
まさに、一切の妥協を許さない完璧主義

それどころか、この作品に関わらず、ほとんどの作品で脚本・監督・主演・演出を一人でこなした(若い頃は編集も!)チャップリン。まさに超人的な仕事量といえます。

上の伝説のロケ現場を訪問したのが、これまた伝説級のビッグな人物。

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↑ チャーチルとチャップリン。

この時チャーチルはまだ首相就任前。米国訪問時に、自身の国の「英雄」を激励するべく、公務の時間を割いてロケ現場に立ち寄ったということでしょうか。

街の灯』のプレミアイベントでは、こんな人とのツーショットも実現。

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↑ アインシュタインとチャップリン。

さらに、この映画の公開後に一年超という長いバカンスをとり、世界一周旅行に出かけます。インドでは、この人とも会っています。

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↑ ガンジーとチャップリン。

いやはや、出てくるのが軒並み「歴史上の人物」ばかりですね・・というより、チャップリン自体がもう「歴史」になって久しいのですから、ある意味納得ですが。

この大旅行の途中に日本にも滞在(その後も再訪し、来日は計3回)したチャップリン。
五・一五事件に巻き込まれそうになったものの、首相の犬養毅との面会予定を突如キャンセルし、土壇場で回避したというエピソードも知られていますね。この経緯の真相は、今なお闇の中です。

さて、チャップリンと私について話を戻しますと、ちょうど幼稚園の頃、チャップリン生誕100周年企画として、初期から晩年に至る代表作品をロングラン放映するNHKの企画がありました。
当時日本を離れて暮らしていた我々家族のもとに、その放送を逐一ビデオにダビングして送ってくれたのが、日本にいた母方の祖父母です。

チャップリン作品はほとんどがサイレントなので、たまに静止画面で挿入される字幕を読まなくとも、基本的なストーリーは追えるものが多いです。したがって、子どもでもその世界にすぐに入り込めたのです。
もっとも、初期のドタバタコメディ群はよしとしても、『街の灯』『モダン・タイムス』『独裁者』他、その内容の深みを理解できるようになるまでには、だいぶ時間がかかってしまいましたが。

正直に言うと、当時5、6歳だった私がまずハマったのは、チャップリン演じるドタバタ劇そのものよりも、むしろ映画のバックに流れる音楽でした。音楽の印象があまりに強かったため、今でもどの音楽が、どの映画のどのシーンで・・というのがすぐに結びつくぐらいです

そして、自身の主演作品の音楽を「作曲」していたのもまた、チャップリン本人でした。
つまり幼少時の自分は「作曲家・チャップリン」の虜になっていたのです!

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↑ チェロを演奏する、若き日のチャップリン。
写真が左右反転しているのではなく、チャップリンは左利きのまま弾いていました。

チャップリンの音楽の才能は幼少期から非凡なもので、チェロの他にもヴァイオリンやピアノを弾き、即興演奏が得意でした。
その見事な腕前のほどを、時おり出演作の中でさりげなく披露しています。

作曲家としてのチャップリンの代表作品といえば、例えば、もとは『モダン・タイムス 』の器楽挿入曲だったものに、第三者が歌詞を付けた『スマイル Smile』があります。これなどはもはや、ポップスのスタンダード・ナンバーですが、その他にも『黄金狂時代 The Gold Rush』『サーカス Circus』『ライムライト Limelight』などの主題曲は、20世紀の映画音楽でも特に人気の高いものです。

私はそうした「メインテーマ」群の他にも、何気ない場面で流れるごく短い曲にも、言いようのない魅力を感じました。例えばこの曲。

以前、NHKFMの番組「リサイタル・ノヴァ」(後継番組はリサイタル・パッシオ)に出演させていただいたとき、番組の最後で思い出の一曲として、リュートに編曲して弾いたのが、この曲です。
本番での演技を失敗したお仕置きとして食事を与えてもらえず、空腹に耐えかねているサーカスの少女に遭遇し、初対面のチャップリンが自分のために用意していた食べ物を分けてあげるという、心温まるシーンで流れる曲。
その他にも『サーカス』では、随所に印象的な場面で登場します。

チャップリンのメロディー・メーカーとしての才能には、いつ聞いてもほれぼれします。ただしチャップリン自身は楽譜の読み書きは苦手で、思いついたフレーズをその場で採譜係に書き取らせたり、オーケストラへのアレンジも、基本的な指示だけ出してあとはアレンジャーに任せていたようですね。まあそうでなくても、ものすごい仕事量なわけですが。

↑ 『独裁者』での、ユダヤ人の床屋役を演じるチャップリン。
この「リズムに合わせてお仕事を!」の名シーンは、チャップリン自身のクラシック音楽への造詣と、直観の鋭さを示すものです。
子どもの頃の自分はてっきり、この曲もまた彼のアクションに合わせて作曲されたのかと思っていましたが、もちろん実際はそうではありません。
このシーンのおかげで、いまだに自分にとってブラームスとチャップリンは半ば一時結合のようになってしまっています。
ところでブラームスが死んだとき、チャップリンはもうすぐ8歳という頃。意外と重なっているのですね。

「サイレント映画の王様」から脱して、トーキーでも名作を生んだチャップリンの晩年の傑作が、自伝的要素も含む『ライムライト Limelight』(1952)です。
曲がりなりに自分も、一種の表現者として生きる道を選んでしまった今、人生の節目節目でこの作品に触れると、その時その時で受ける印象が違うのです。

『ライムライト』の終わり近くでの、自身と同じくかつてのサイレント映画のスターであるバスター・キートンとの夢のコラボが実現します。
ここも有名なシーンなので、既にご存知の方も多いと思います。
チャップリンが子どもの頃から培ったパントマイム芸に加えて、その音楽的才能も存分に堪能できる名場面ではないでしょうか。

傑作『ライムライト』を録ったあと、ほとんど追われるようにして米国を離れ、スイスに移り住んだチャップリン。

そして、次回作は結果として最後の主演映画となる『ニューヨークの王様 A King in New York』(1957)でした。
この映画の挿入曲を、オーケストラを前にチャップリン自身が指揮する映像が残されています。

この頃になるとだいぶ恰幅も良くなり、あの放浪者のイメージからはだいぶ離れたものになりますが、何気ない動きの中に、コメディの感覚は衰えていないのが分かります。
楽器演奏と同じく、指揮も左利き

さて、初期から晩年までの一通りの作品を見た後で、私はチャップリンの伝記や研究書なども結構読みました。
そして最近になって、一段とチャップリンが身近に感じられるきっかけになったのは、スイス移住後没するまで住んだヴヴェイ(Vevey)郊外の邸宅が、チャップリンズ・ワールド(Chaplin's World)として一般に公開されるようになったことです。

そこには、チャップリン自身の遺品やゆかりの品々が多く展示され、映画に関連するアトラクションもあると知り、幸い自分が住んでいるバーゼルから楽勝で日帰りできるので、オープンしてから間もない時期に、早速行ってみました!
せっかくなので、そのときの画像をいくつか載せておきます。

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↑ とにかく広大な敷地です。チャップリン晩年のホーム・ビデオでも度々、子どもたちと遊んだり、夫人と散歩する姿がしばしば出てきます。

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どの映画の場面かは、改めて書くまでもないでしょう。

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いやあ、一ファンとして、こういうものを直接見るのは素直に感激です。

チャップリン財団が運営する公式Youtubeチャンネルでは、過去の映画の名場面に加え、サウンド・トラックをフルで公開していして、これまた有難い限り。まさに隔世の感があります。

チャップリン邸訪問から遡ること5年ほど前、夏のバーゼルでのオープンエア・シネマにて『サーカス』が上映されました。
なんと豪華にもバーゼル交響楽団(Symphonieorchester Basel)による生演奏付きでした。

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もちろん先ほどご紹介した、私の大好きなあの曲も演奏されて、終始大満足!
最近はこうして、オーケストラの生演奏付きでのチャップリン映画の上演も着実に増えてきているようで、とても良いことだと思います。
チャップリン映画は、やはりあの味わい深い音楽があってこそ、さらに魅力が増す!と信じて疑わないのは、おそらく私だけではないでしょう。

いつか自分たちの弾く楽器を使って、チャップリンの映画音楽だけの演奏会がしたい、というのがささやかな夢です!


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