毛羽立つ明朝体
それは、光学顕微鏡と電子顕微鏡を連携させて解析し、ようやく発覚した。
「痒」という文字のやまいだれの払いに小さな先割れが見つかったのだ。
明朝体が使われ始めてから、約1600年。
さすがに老朽化が進み、先が毛羽立ち始めたようだ。
この緊急字体に漢文学者や書道家など有識者たちが集まり、毛羽立ちを修復すべきか、味として残すか、侃侃諤諤の議論を交わした。
ただでさえ若者の明朝体離れが叫ばれている昨今の風潮に拍車をかけるように、ほとんどの世論は、ゴシック体への変換を推奨しはじめた。
そして、瞬く間に、少なくとも私にはそう感じるほどあっという間に、世論に流されるかたちで、明朝体廃止案は可決された。
「痒」の先っちょが少し欠けたくらいで、我が国は、フォントを一つ、放り捨てた。
ゴシックにはノスタルジィがないという、戦争を経験した私たち世代の嘆きは飛散し、時代はゴシックへと突き進む。
明朝体を置き去りにして、向かう明日に、我々は何を見るのだろうか。
明朝体の払いの部分で指を切ったあの痛みを忘れて、角丸のゴシックを常用する日本人よ。
どうしても、老いぼれの私のことばを聞いてはくれまいか。
そんな願いも虚しく、今日も孫から来るメールを開くと、とめ・はねのない文字で、小遣いの催促をされてしまった。
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