眠れぬ夜に読むコント

コントのような、短編小説のような読み物。毎夜ベッドで一話づつ。 ご連絡はTwitter…

眠れぬ夜に読むコント

コントのような、短編小説のような読み物。毎夜ベッドで一話づつ。 ご連絡はTwitterDMにてお願い致します。

最近の記事

会津の馬刺し

物心つく前から当たり前のように食べていたので、子どもだった私でも、馬がかわいそうなど、微塵も思ったことはない。 東京から母方の実家、福島県会津若松に帰省すると、祖父が奮発して必ず食卓に出してくれた真っ赤な馬刺しは、筋を全く感じない柔らかい肉質で、くせがなくあっさりしている。それを辛味噌や生姜醤油なんかで食べる。 カレーやハンバーグではなく私の一番の大好物は馬刺しだった。 ある年。その年も帰省して馬刺しを食べるのを楽しみにしていた小生意気な舌を持つ少年の私に、突然、母から

    • ミステリークレイフィッシュの女

      17才の私は、ミステリークレイフィッシュと同じ性質を持っているらしい。 ミステリークレイフィッシュとは、2003年に新種であると発表された、メスのみで単為生殖し、自らのクローンを増やし続ける突然変異のザリガニである。 そのザリガニと同じく、私も、単為生殖ができることが判明したのだ。 この事実が発覚するまで、私は苦しみの中にいた。 ある日、体調不良が続き、病院に行って、妊娠していることを告げられた。 言葉を失った。 性交渉など全く身に覚えがなかったからだ。 そんなはず

      • 三峯神社を訪ねた、徒歩で。

        疫病が蔓延し、外界との隔離生活を強いられている202X年の日本。 私も御多分に洩れず、出社勤務ではなく在宅でのリモートワークをしている。 はじめのうちは新しい文化のオンラインミーティングにもワクワクしたものだが、この頃、もうそんな気持ちもおきない。 私は吉祥寺のワンルームマンションで一人暮らしをしていて、住宅の構造上、仕事場としきりなくベッドがある。 作業が煮詰まると、テーブルのパソコンはそのままに、ベッドでゴロゴロしながらソシャゲをしてしまう。 最初は、集中力の欠如か

        • 毛羽立つ明朝体

          それは、光学顕微鏡と電子顕微鏡を連携させて解析し、ようやく発覚した。 「痒」という文字のやまいだれの払いに小さな先割れが見つかったのだ。 明朝体が使われ始めてから、約1600年。 さすがに老朽化が進み、先が毛羽立ち始めたようだ。 この緊急字体に漢文学者や書道家など有識者たちが集まり、毛羽立ちを修復すべきか、味として残すか、侃侃諤諤の議論を交わした。 ただでさえ若者の明朝体離れが叫ばれている昨今の風潮に拍車をかけるように、ほとんどの世論は、ゴシック体への変換を推奨しは

          法廷にシークレットブーツを履いてきてしまった証人

          背中にじっとりとかいた汗が、グレーのTシャツに沁みていくのを感じた。 背後の傍聴席には、私の焦りが伝わっているだろう。 ワイドショーを賑わしているあのバニーコスプレおじさん通り魔事件の現場を目撃してしまった私は、微塵もない正義感にもかかわらず、日当8000円につられ、証人として法廷に召喚された。 そんな私が、いま、脂汗をかいているのには、理由がある。 それは、裁判官が告げた一言。 「法廷で嘘をつけば偽証罪に問われる可能性もあります。」 狼狽した。 何を隠そう、い

          法廷にシークレットブーツを履いてきてしまった証人

          大斧の女

          チカコといる時間こそ、幸福そのものだ。 よく笑い、時に拗ねて、コロコロ機嫌が変わる彼女が好きだ。 そんな、彼女にも、唯一にして最大の欠点がある。いや、欠点というより、不可解な点か。 それは、いつも超巨大な斧を持ち歩いていることだ。 長さ3メートル、刃幅が1メートルほどある、一振りで屋久杉をなぎ倒せそうな大斧を、いつもデートに持参している。 旅行者がキャリーケースを引きずるように、地面にカラカラ大斧を引きずらせながら、彼女は待ち合わせ場所に現れる。 幽遊白書の武威が

          干支の食べ方

          妻は、結婚前、料理を全くしなかったらしい。 二十八歳の春まで、ずっと実家暮らしで、料理好きな母がいつも腕を振るってくれていたので、台所に立つ打順が回ってこなかったそうだ。 それでも、母譲りの料理の素質は徐々に開花し、結婚して、三年ほど経つ頃には、手の込んだ料理が食卓に並ぶようになっていった。 とある日曜の昼下がり。 妻が出かけていて、小腹がすいた私は、カップ麺でも食べようと、キッチンの上の収納棚をあけた。すると、そこには、横積みされた十数冊の料理本を見つけた。 妻の

          いつかの名前欄

          アイアトン・ウィリアム・ステングスティンくんは、出席番号1番の座を譲ることはなかった。 四年間、不動のNo.1に君臨していた相内さんも、五年生のクラス替えで、2番に都落ちした。 相内さんの挫折はいざ知らず、僕は新しい担任が、優しいマーヤンコ佐知子先生になったのが嬉しかった。 マーヤンコ先生は、僕らが三年生の時に国際結婚をして“柳岡”から“マーヤンコ”に名字が変わったが、僕たちはその珍しい響きにも、すぐ慣れた。 僕の学校には、高学年になるまで環七を一人で渡ってはいけない

          鉢合わせた空き巣が初恋の人でした

          部屋を暗くして、掛け布団を頭まで被り、タブレットで映画を観る。 私は、いつも布団の中に小さな映画館を作り、作品に没頭している。 今夜も、お気に入りの映画を鑑賞中、突然、玄関の方から物音がした。人の気配も。 そして、部屋の電気がパチとついた。 恐怖より反射で、布団から飛び出すと、侵入者と目が合った。 初恋の相手、安西くんだった。 上下黒い服に皮手袋をはめ、ニット帽を目深に被っている空き巣常習コーディネート。 お互いに、お互いを、すぐに認識し、驚き、言葉を失った。

          鉢合わせた空き巣が初恋の人でした

          聴診器がながい

          医師は、かれこれ8分ほど聴診器を私の胸に当て続けている。 服をまくしあげた状態での、8分間は驚くほどながく、苦痛だ。 2分を過ぎたあたりで、「どこか悪いのでしょうか」と聞いた。5分を超えたところで、「精密検査が必要なのですかね」と尋ねた。 だが、医師は無言のまま、瞼を閉じ、私の体内音に耳を澄ましている。 6分くらいで恐怖を感じ、7分ぐらいで少し笑った。 診察室に時計があったことは、幸いだった。 この部屋にもしも、時間を計るものが無ければもう発狂しているかもしれない

          紫ばかり減るクレヨン

          娘は絵を描くことに、熱を上げている。 スマホゲームもやらず、タブレットで動画を観ることもなく、ひたすらに絵を描いている。 もっぱら、私の母、つまり娘にとっては祖母の似顔絵を描いている。 私の母は、白髪が生えだしてから、髪を紫に染めた。 常々、紫髪のおばあさんを見かける度に、なぜあえてそんな髪色にしてるのか、疑問を抱いていたのだが、まさか実母がそうなるとは。 そうして、いつも母の似顔絵を描いている娘のクレヨンは、紫ばかりが減っていくのだ。 それにしても、ここまで極端に

          紫ばかり減るクレヨン

          ノルウェイの鯖

          僕は二十七歳で、そのとき定食屋のカウンターに座っていた。 いつも頼むメニューは決まっている。 それはこのお店で一番人気の「ノルウェイの鯖」だ。 女将さん曰く、ノルウェイ産の鯖は、脂がのっているのに身が締まっていて火を通してもパサつかないらしい。 そんな女将さんがすすめる鯖の塩焼きと、白米、シジミの味噌汁、季節のお漬物。 それだけでも充分なのに、卓上にあるイカの塩辛、ほぐした明太子、ちりめんじゃこが食べ放題なので、僕は結局、大盛茶碗飯3杯をたいらげた。 この定食屋は

          正しい座席の譲り方

          まあ乗ってきたら譲れば良いだろうと高を括って座った優先席。次の駅ですぐおじいさんが乗ってきた。 席を譲ろうとした、おじいさんの服装を見ると、どうみても登山帰りだった。 こんなハツラツとした足と腰に覚えありのご老台に席を譲るのは逆に失礼なんじゃないかと自問をしている間に、隣に座っていた中年女性が、そのおじいさんに席を譲った。 笑顔でお礼をするおじいさんに笑顔で応える中年女性。 前に立っていた若い男性が、私を一瞬睨んだような気がした。 どうも、配慮は速度が大事らしい。い

          正しい座席の譲り方

          秋の不倫バスツアー

          不倫相手から温泉旅行に行こうと誘われた。 彼女と付き合いはじめて1年が経つが、温泉旅行とは、いよいよ不倫カップルらしくなってきた。 私たちの密会は、もはやルーティン化していて、いきつけの焼鳥屋で食事をし、近くのコンビニでビールやお菓子を買って、そのまま彼女の家で過ごし、終電に乗って帰る。 それが、月に2回。 そんな決まりきったデートに飽きが来たのか、二人ではじめての旅行に行きたいとねだられた。 しかも、驚いたことに彼女が提案してきたのは団体でのバスツアーだった。

          秋の不倫バスツアー

          メロスは捻挫した

          メロスは捻挫した。 自分の身代わりに暴君ディオニスの元に置いてきた無二の友人セリヌンティウスが囚われている形場へ戻っている最中の出来事だった。 メロスは思索した。 自分の命なんて全く惜しくないし、セリヌンティウスを身代わりにするつもりなんて毛頭なかったが、捻挫した足は下手したら骨までいってる感じもするし、この足でいくら走っても現実的に間に合わないし、やる気だけでは乗り越えられないことはある。 自分可愛さにわざと捻挫したわけではないし、これはもう運命なのだ。と自分に言い

          メロスは捻挫した

          夜の自動販売機

          小さい頃、家の近くの自動販売機まで父と炭酸ジュースを買いに行くのが好きだった。 上京した今は、夜の自動販売機が大嫌いだ。 一人暮らししている家を出るとすぐ目の前に自動販売機があるのだが、なぜか夜になるとその自動販売機の前に白いワンピースを着た長い髪の女性がいつも立っているのだ。 その女性が、いつも決まってそこにいる不審な点を差し置いても、どうもこの世の者とは思えず、その自動販売機に行くのを躊躇してしまう。 しかし、この夏の猛暑で熱帯夜はつらく、せっかく家の近くにある自